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杖が冷たい。
タビーは手袋越しに感じる冷たさを、強く握りしめる。
「民を誘導する」
指揮を執る騎士が、王都の地図を指さした。
「北門が一番安全だろう」
今までの魔獣出没は、殆ど西と南だ。北は唯一、魔獣がでていない。
「北門から、ここへ誘導する」
地図上の王都内、空き地の様な場所が示された。
「荷物は?」
「最低限にしろ。荷馬車やそれに準じるものは駄目だ」
「南門の展開を」
「南から西にかけて、こう、柵を」
門から少し離れた所を指が辿る。
「どのくらいで出来る?」
「予備騎士団もいるので、それ程かかりません」
「すぐ取りかかれ」
「魔術師は」
「南門本部で待機」
次々に交わされる言葉に体が震えた。
「アロイス」
「はい!」
隣にいたアロイスが返事をする。
「お前は予備騎士団の一部と一緒に、民の誘導に当たれ」
「判りました」
「北門担当者は受け入れの準備を」
「手配します」
魔獣の討伐はなかなか進まず、ついに騎士団付きの魔術師を投入することに
なった。だが、彼らが使う馬はそれほど早くない。魔術の発動前に襲われては
意味がなくなる。その為、王都近くへ魔獣を引き寄せる案が採択された。防御
壁の周囲に柵をつくり、そこから魔獣へ攻撃を行う方法だ。
無論、民への被害を考えて反対する者もいたが、魔獣に対抗できる魔術師達
は砦や駐屯地に駐在しており、呼び戻すには時間がかかる。何よりその途中で
襲撃される可能性が高い。これ以上の長期化を避けるための選択だ。
「全員、持ち場につけ」
『はっ!』
騎士達はそれぞれの役割を果たすため散っていく。
「タビー、大丈夫か」
アロイスが心配そうに問いかける。
「な、なんとか。人の誘導なら」
「よし、行こう」
後方支援のタビーが何故指名されたのかは判らない。だが、南門に詰めてい
る予備騎士団――――学院生達は、全員が民の誘導へ回された。
東門の学院生達は柵作りに駆り出されているし、北門は受け入れ準備が忙し
いだろう。西門は唯一、何の役目も与えられなかったが、これは魔獣が現れる
可能性が一番高いため、敢えて現状のままにしているそうだ。
アロイスが南門を出る。タビーもそれに続いた。
既に女、子どもは優先的に王都内に入っている。残っているのは老人と男達
だ。馬に乗った騎士が北門への移動を促し、アロイスやタビー達はその誘導に
当たる。
「大丈夫ですか」
長い間、冷え込む外に待機していた民の中には病を発症し、歩けない、動け
ない者も多い。北門への移動が困難なため、学院生が荷車を使い、病人を乗せ
ていく。
また一人、病人を支えてタビーは荷車へと押し上げた。幸い、流行病を患っ
ている者はおらず、疲労による発熱や体調不良が大半だ。
「東から、はいれんのか」
「さっさと中にいれろ!」
歩ける者達も気が立っている。学院生の中には殴られそうになったり、因縁
をつけられている者もいた。最も、力であれば学院生が上だ。上手くいなして
誘導していく。
南門から東門へ向かう途中で荷車は満員になった。学院生達が先行し、後で
戻ってくることになる。タビーやアロイスは病人達を支えつつ、直ぐに荷車へ
乗せる事が出来る様に、一ヶ所へ誘導した。荷車と言っても簡易椅子がついて
いる。補助席を使えばぎりぎりまで乗せられるが、人力なのでそこまで詰め込
むと進めない。
「馬とか、借りられないんでしょうか」
「運搬用の馬は足が遅い。作戦までに撤収できなければ被害が出る」
「人力よりマシな気がしますけど……」
アロイスは首を横に振った。騎士団の事情なのだろう。どんな事情かは判ら
ないが。
「東門だ」
いつの間にか、東門が見えていた。王都は巨大で、南門から東門もそれなり
の距離がある。王都内を歩くのであればまた別だが、舗装されていない外周で
民を誘導しながらだと時間がかかる。
「作戦開始まで間に合いますかね……」
「柵の設置と、民の避難が出来てからだから、大丈夫だと思うが」
アロイスも浮かんだ汗を拭い、門を見上げる。動ける者達は既に移動を始め
ているため、門の回りは閑散としていた。ただ、病人やその家族らしい者達だ
けが残っている。
「親父、もう少しだ、頑張れ」
父親らしき老人を支える男性の顔も、疲れ切っていた。疲労からの体調不良
も老人には堪えるのだろう。アロイスが申し出て、老人を背負った。
「タビー、大丈夫か?」
「はい!」
他の病人を誘導しながら、彼女は頷く。同じく誘導に当たっていた学院生達
もアロイスに倣った。
「もう少しです、もう少しですから」
タビーの体格では老人と言えども背負う事はできない。だが、肩を貸す事く
らいは出来る。そうやって北門へ誘導しているところで、荷車が戻ってきた。
一ヶ所で待機していた病人達を荷車に載せていく。簡易椅子に座らせた所で
意識を失う病人もいた。いつ、魔獣に襲われるか判らない日々は、体力以上に
気力を削っている。騎士ですら疲弊しており、民であれば尚更だ。
荷車が出発する。南門から東門にかけては無人になった。
東門から北門にかけて、同じく誘導していく。そこ、ここに置かれた荷物が
物悲しい。
季節は秋だが、タビーの額にも汗が浮かんでいる。アロイスは先行したから
最後尾は彼女と数人の学院生だ。
「あと少しだ」
「はい」
誘導しながら周囲を警戒する。
王都の周囲に家はない。四方すべてが草原だ。これは万が一王都が攻められ
たとき、野戦になることを想定している。
ダーフィトは広い大陸だが、内戦や海を越えた他国との戦争、そして何より
魔獣や魔人と戦う可能性が高い。ダーフィトの騎馬騎士を生かすには、遮蔽物
のない草原が一番だ。そのため、王都から一定の距離は家や畑、店を作る事を
禁じられている。
「北門だ……」
のろのろと歩いていた男達が声を上げた。
「助かったぞ!」
民の瞳に力強さが戻ってくる。皆、心なしか早足になっていた。北門は大き
く開かれている。
どうにか歩ける病人を支えながら、タビーは北門を目指した。距離はまだあ
るが、開門されているのを見れば誰もがほっとする。
瞬間、高い鐘の音が響く。
「ラヴィだ!」
タビーは振り向いた。遠目に数頭の馬、それに乗る騎士たち。
そして、彼らを追う牛ほどの大きさもある兎。
「急いで!」
タビーは支えてる病人を促す。恐怖に引きつった相手は頷き、歩く速度をあ
げた。
「待避!早くしろ!」
防御壁の方から声がかかる。
「タビー!」
他より少し高めの呼び声。
「ら、ラーラ先輩……!」
「今行く!」
防御壁からロープが下ろされた。腰に幅広のベルトを巻き付けたラーラがお
りてくる。
「タビー!」
「先輩」
ラーラまでの距離がもどかしい。彼女が降下した位置に辿り着き、支えてい
る病人を手渡す。
「ごめん、タビー。すぐ戻るから」
持っていたロープで病人を自らの体に結びつけ、ラーラは合図をする。ロー
プが引き上げられ始めた。それを確認してタビーは走る。
ほぼ大半の学院生が病人を背負っていた。歩けるが遅れがちな数人の直ぐ後
ろにつき、魔獣との距離を確認しながら急がせる。
「も、もう駄目だ……」
「駄目じゃないです!もう少し、もう少しだけ!」
防御壁から次々にロープが下ろされた。騎士や学院生、彼らが逃げ遅れた
民を引き上げる。
「うわっ!」
恐怖に混乱した病人が、降下途中のロープにしがみついた。降りる途中の学
院生が体勢を崩す。
「だ、大丈夫です。大丈夫ですから!」
タビーが慌てて引き剥がす。学院生は幸い落下せずに降りられた。
「助けてくれ!お願いだ、助けてくれ!」
「この人はあなたを助けに来たんです。大丈夫です!」
混乱する民にタビーが声をかけ続け、学院生がその間に素早くロープを巻い
た。
「引き上げろ!」
しがみついた民を足と腕で抱え、学院生が声をかける。ロープが引き上げら
れた事を確認し、タビーは足を速めた。取り残されている民はいないか確認し
つつ北門へ向かう。
遠目に見えた騎士達とラヴィは徐々に近づいてきている。王都から引き離そ
うとしている様だが、ラヴィは誘導されない。
「もう、駄目じゃ……」
座り込んでいる民を立たせ、防御壁上の学院生や騎士に声をかける。直ぐに
ロープと学院生が降りてきて、民を引き上げていく。
それを繰り返しながら、タビーは北門へ進んでいた。
「閉門!閉門!」
声が響く。愕然として、タビーは顔を上げた。防御壁の上で学院生が騎士に
何か言っている様だが、門はゆっくりと閉じていく。
(取り残されている)
タビーは走り出した。防御壁の上から引き上げて貰えばいい、と思いつつも、
焦りで走らずにはいられない。
「タビー!」
遠くから聞こえたのは、ラーラの声。止まろう、そう思うが足は言う事を利
かない。
門が、重い音をたてて閉まる。
「あけて、開けてくれ!」
門を叩く取り残された民たち。次々に下ろされるロープ。
「大丈夫です、ロープを掴まないで!」
タビーはロープに縋ろうとする民を制した。学院生や騎士達が次々に降下し
民を引き上げていく。
その間もタビーは、ラヴィとの距離を測っていた。先程よりも近くなった様
に見えるが、王都方面の方向を騎士が塞いでいる。恐らく、少しは時間が稼げ
るだろう。
「順番に。大丈夫です!」
ロープに殺到する民を宥める。申し訳ないと思ったが、民とロープの間に杖
を差し込んだ。タビー以外に持てない杖は、静電気の様に民を弾く。ロープか
ら手が離れた瞬間に、その場を確保する。
「タビー!大丈夫か!」
アロイスの声。病人を背負った彼は間に合ったのだ。こんな状況であるにも
関わらず、タビーはほっとする。
「大丈夫です、ロープを!」
「判った!」
数本のロープが追加された。引き上げる人員も必要だから、それ以上は無理
なのだろう。
力自慢の学生は、引き上げられる前に壁に足をかけ、ロープを支えに壁を昇
り出す。
もう少しだ、あと数人。
浮かんだ汗を拭い、タビーはラヴィを見る。先程からあまり動いていない様
に見えた。騎士が止めを刺したのかもしれない。
全身の力が抜けてしまい、立てなくなった民を抱える。
あと、一人だ。
学院生が駆け寄り、民を己に縛り付ける。
「すぐ来る!」
「はいっ!」
あと、少し。
――――鐘が、激しく鳴った。
「ラヴィが来るぞ!!」




