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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
襲撃
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 魔獣討伐は、タビーの予想以上に難航を極めていた。

 北の谷からやってきた筈の魔獣は、西から来た旅人や行商人を襲っている。北

には被害が無く、今は西から南にかけて探索されている状況だ。


 騎士団も無能ではない。


 だが探索範囲を広げれば広げる程対応が後手に回る。人を翻弄するかの様な魔

獣の動きに、騎士も民も疲弊していた。長期化しそうな事もあり、防御壁回りで

待機している民のうち、女、子どもを優先して少しずつ王都へ収容を始めている。


 騎士団本部に近いタビーには、様々な報告が漏れ聞こえた。

 群れは大きくはないが複数であること、ベアルとラヴィの混合であること、一

部のラヴィの腹が大きいこと。


「子持ちか」

 その報告を聞いた瞬間、指揮官である騎士は呻いた。魔獣に限らず、子持ちの

獣はいつも以上に攻撃性が増す。ラヴィの成長は2年がかり、生まれていない今

のうちに討伐すれば、未来の脅威も失せる。一番困るのは、子持ちのラヴィを取

り逃がすことだ。


 5日間、風呂も入らず雑務に明け暮れたタビーは、一時的に寮へ帰還していた。

 学院は臨時休校、学院全体で騎士団に協力することになっている。

 教養専攻は花嫁修業をしている貴族や富裕層の娘達ばかりのため、一時的に家

へ戻された。地方領主の娘等で戻れない子女だけが残っている。

 財政課程は兵站準備を、魔術応用は騎士専攻と一緒に前線での支援を行ってい

た。魔術応用は後方支援、と言っても、実際は前線に近い部分である。

 人気がない寮の部屋へ戻る。閉めっぱなしだった部屋の窓を開け、エルトの袋

から筆記用具や試験に必要だった実習道具を取り出す。

 薬術基礎試験で使わないから、と置いていった杖は、出て行った時と同じく机

の側に立てかけられていた。


 『休養は半日、持ってるなら杖を持ってこい』


 騎士団付の薬師にそう言われている。夜明けには再び南門の本部へ行くのだ。

 取りあえず風呂を使う。時間が惜しかったが、体をほぐすために浴槽に入り、

溜息をついた。


「魔獣か……」

 一日あたり一頭と一羽くらいは倒している。それでも減らない魔獣の群れ。

 さらに魔獣は共食いをする。魔獣の死体を放置すれば更に魔獣を招く。だから

といって王都に持ってくれば、魔獣が王都を襲う可能性が高い。基本は討伐した

場所で解体し、焼却するのだが、その間も生き残った魔獣への警戒が必要だ。

「どーん!と、魔術をぶち込むとか、無理なのかな」

 タビーが大怪我をしたあの魔術。炎の塊が直撃すれば、魔獣も痛手ではないの

か。学院の魔術応用でなくとも、騎士団付きの魔術師がいる筈だ。もしくは、出

仕している魔術師が。

「罠とか……無理か」

 ベアルは大人を縦に3人分程並べたくらい、ラヴィは牛ほどの大きさ。落とし

穴を掘るのも一苦労だろう。

 そもそも、素人のタビーが思いつく様な事はもう試している筈だ。

 であれば、タビーは今できることをするしかない。


 体を揉みほぐし、浴槽から出る。

 大きめの布で髪と体を拭う。


「持って行けるもの……」


 タビーの私物は思った以上に少ない。教本や実習の道具を除けば、せいぜい服

や布、果物の砂糖漬け、裁縫道具位だ。

 道具入れにしているエルトの袋に、砂糖漬けや裁縫道具、体や手を拭く布を入

れておく。役に立つかは判らないが、荷物になるものでもない。エルトの袋に入

れてしまえば、重さも大きさも新鮮さも意味を成さなくなる。

 5日間着たままだった制服代わりのワンピースとシャツは、あちらこちらが汚

れていた。薬術基礎の試験だったため、古めのものを着ていて良かった。これら

はもう使えない。今度は訓練に使う練習着を着ていくことにする。予備も一組、

エルトの袋へ入れた。

 タビーは寝巻きではなく練習着を着込み、杖を抱き込んでベッドに入る。

 目を閉じた瞬間、睡魔が訪れた。



 騎士団はダーフィトの軍事全てを司っている。

 当然人員も多く、大陸の四方八方に砦や駐屯地があった。さらに騎士団付きの

魔術師や薬師もおり、様々な任務に同行する。


「話になりませんな」


 騎士団を率いるのは三公の一角を占めるシュタイン公爵。

 その彼は、王の御前会議で呆れた様に言い放つ。


「シュタイン公、どういう意味だ!」

 顔を真っ赤にした男が腰を浮かせる。

「言葉の通りです」

 年の頃は三十過ぎだろうか、黒い髪と瞳に、だが貴族特有の傲慢さは見られな

い。

「騎士団付きの薬師と魔術師を、なぜ貴族の警備に回さなければならないのか。

私にはまったく!理解ができませんな」

 シュタイン公の言葉に、数名の貴族達が顔を見合わせる。

「し、しかし。王都の出入りが出来ない今、経済的にも非常に厳しい状況だ」

「だからといって、なぜ商人の保護を騎士団が請け負わなければならないのか。

しかも、あなた方の御用聞きを」

「シュタイン公!」

「止めよ」

 玉座に座った王が手で制す。

「公の言い分はもっともである。そもそも王都の出入りが禁じられている今、そ

なたたちの商人だけを優遇する訳にはいかない」

「陛下!」

「だがシュタイン公、騎士団は未だ魔獣の討伐を終えていないのも事実」

 シュタイン公は頷く。

「王都の出入りが禁じられたが故に、商人や民が困っているのは理解しておりま

す」

「では、早急に対応を」

「御意」

 彼は立ち上がると、王に対して深く頭を下げた。



 タビーは必死に薬を練っている。

 正直、作り方をしらない薬を練るのは怖い。だが、在庫が底をつきかけている

今、学院生に頼らなければいけない現実がある、という事も理解している。

「ふざけやがって」

 同じくタビーの横で薬を練っている薬師は、苛々した様に吐き捨てた。

「何人も揃って『身内の具合が悪くなって』だ!コレが終わったら、降格してや

る」

 呟きながら力任せに練っている薬師の名はジーモン。タビーがここに戻った時

にやっと自己紹介があった。

 彼女がいない間に、騎士団付きの一部の薬師達が様々な理由を付けて休暇を申

し出たという。

「薬師は魔術師でもあるからな。護衛用に買収されたんだろ」

 理由を問えば、そんな答えが返ってきて絶句した。騎士団は宮仕えと同じだ。

 貴族から高額の報酬をちらつかされて、本来の仕事から逃げるというのはあり

得ない。そもそも薬師は魔術応用専攻で薬術を学んだ者がなれる職だ。攻撃魔術

も使えるだろうが――――。

「おい、タビー。それはそろそろいいぞ。缶に入れてくれ」

「はい」

 本部は夜が明けたばかりだ。馬の嘶きが聞こえる。騎馬軍団が主体の騎士団は

今日も西から南にかけて探査を行う。

 薬を缶に入れながら、タビーは解放された窓から見える騎士達に視線を向けた。

 皆、緊張した面持ちだ。彼女は無事を祈ることしかできない。

「どうした?」

「いえ……その」

 タビーは口ごもり、それから声を抑えてジーモンに問いかける。

「騎士団付きの魔術師はいないのでしょうか」

「いるぞ。だが今回は出られないな」

「え?」

「魔獣の性質的にな……逃げ足が速くないと、ラヴィに喰われる」

 自分の薬を缶に詰めたジーモンは溜息をつく。

「今出ている騎士の連中は、馬の扱いが上手い。騎士に比べるとやはり魔術師は

ちょっとな……ラヴィから逃げ切れる馬が少ないってのもある。それが出来る連

中がいないこともないんだが、地方の駐屯地や砦に駐在してる」

 一人で魔獣を片付ける事が出来る魔術師は貴重なんだ、と告げ、ジーモンは話

を締めくくった。

「よし、タビー。表の連中の傷口を見てこい。大丈夫なら戻らせろ」

「はい!」

 薬を詰め終えたタビーは立ち上がる。

 正門の開く鈍い音、そして駆け出す多くの馬の蹄音。


 長い一日が、また始まる。



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