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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
襲撃
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 魔術応用専攻を選択した生徒の講義には『ギルド利用講義』なるものがある。

 魔術師になった後は、王宮に出仕し研究や実地調査に当たる者、騎士団の魔術

師となる者、自分の店を開く者が殆どだ。兼業も多く、冒険者ギルドに傷薬や解

毒剤を卸したり、採取を依頼することもある。

 故に、冒険者ギルドや商業ギルドと密接な関係をもつ様になるため、ギルドの

利用方法や登録方法、使い方を学ぶ講義である。

 

 タビーは既に商業ギルドを利用しているため、敢えてこの講義は取っていない。


 この講義を取らない者は、自分自身でギルドに登録する必要がある。冒険者ギ

ルドか商業ギルド、もしくは両方だ。

 冒険者ギルドではある程度の経験以上になった場合、商業ギルドは店を構える

事にした場合、もう一方の登録を破棄しなければならない。

 

 いずれそんな日が来るのだろう、と考えつつ、タビーは冒険者ギルドに登録を

した。ついでに商業ギルドでは物品の売買を個人で行える登録をする。


 これにより、自分で作った傷薬や包帯等の売買が可能、更に冒険者ギルドで採

取等の依頼を受けることが出来る様になった。

 今までは夜の自習時間にしか出来なかった内職の幅が広がる。但し、学院では

学院の道具を使って商売をすることは禁じられていた。薬を売るなら、道具を揃

えるのが先だろう。

 乳鉢や乳棒、混ぜるためのへら、秤、できあがった薬を詰める金属缶。揃える

ものは沢山ある。

 

 そして『ギルド利用講義』を取らない代わりに、タビーが取った講義は――。





「はい、そのまま膝を折りましょう」


 ピンと背を伸ばした教官が手を叩く。その音に従って、タビー達は膝を曲げて

いる。


 『礼儀作法基礎』は、貴族以外の者に基本的なマナーを教える選択科目だ。

 貴族は幼少の頃から叩き込まれているが、それ以外はせいぜい礼の仕方や会釈、

挨拶程度しかわからない。魔術師や騎士になった後、王宮出仕を希望するのであ

れば、最低限のものは必要だ。

 

 主に騎士専攻、魔術応用、財政専攻の女生徒が取る。それでも初年度のせいか

人数は多くない。3つの専攻課程合同の数少ない講義だ。


「急がない、ゆっくりと!」


 教官の指示通りに膝を曲げ、腰を折る。

 貴婦人の挨拶と言っても一つではない。貴族に対するもの、王宮出仕で使うも

の、一般的なものと多種多様だ。

 講義は、床に付くほど長い練習用のドレスと、高い踵の靴を履いて行う。最初

の頃は、礼をするだけで裾を踏んでいたが、最近どうにか形になってきた。それ

でも教官は可、と言ってはくれないが。


 礼儀作法を知っていれば、貴族や富裕層へ食い込める。家庭教師や侍女への道

が開けるのだ。タビーは将来、長い旅をしたいと思っている。地方へも行くこと

があるだろう。冬、豪雪の中を旅するより、住み込みで短期間の子守や家庭教師

をする方が安全だ。その時に、この講義は役に立つ。


 女性として美しい立ち方、座り方、歩き方、話し方、ダンスは夜会で行われる

ものから、祭りで行われる庶民的なものまで。

 常に動くせいか、講義が行われる教室では椅子も机もない。床に座ることは勿

論、壁に寄りかかれば教官の静かな怒りが飛ぶ。講義のメモを取ることよりも体

で覚える事を優先される。


 貴族がいないだけ気分は楽だが、細く高い踵の靴で姿勢を維持し、立ち続ける

のはかなりの体力と気力を消耗した。最初のうちは、しょっちゅう転んだり足の

皮が剥けたりと悲惨だったが、今はその様な事も少ない。


「もう一度、初めから」


 体勢を立位に戻す。その戻し方にも順番があった。最初の頃よりは楽に戻せる

が、以前は脇腹や背中が攣った事もある。


「タビー、早い!」


 指摘され、動きを更に遅くした。

 軸足を前に、逆の足は後方へ、そしてゆっくりと両膝を折り曲げて礼の型を維

持していく。その体勢のまま、何分も耐えなければならない。教官は練習着の裾

を少しめくり、全員がきちんと出来るまで型を取らせ続ける。


「踵を浮かせない」


 足下を見られ、頷きながらタビーは指導された通りに足を戻す。膝に負担もか

かるが、太腿、脹ら脛まで足全体が緊張している状態だった。それでも、きちん

とした姿勢や体勢が取れていれば体を痛める事はない。どこか痛くなる場合、体

重を分散出来ていないか、姿勢がおかしいため、と講義の最初に言われたが、そ

の言葉を今になって実感している。


「結構です」


 パン、と手が鳴らされた。全員がゆっくりと足を戻す。


「礼は急いではいけません。どんなに時間がなくとも、ゆっくりと。相手が何ら

かの事情で急かすので無い限り、礼はきちんとしましょう」


 脹ら脛が緊張しているのがわかる。前世で履いたことの記憶がない位、夜会用

靴の踵は高い。


「では、一人ずつ前へ出て、今の礼をしてみせてください」


 こんな時もタビーは大抵一番だ。緊張しながらも、前に出る。この時も動きに

気をつけなければならない。


 もう一度軸足を前に、逆の足を後方へ、両膝を曲げて礼を取る。


「タビー、踵に気をつけなさい。浮いています」

 わざわざ足を覗き込まなくても教官には判るらしい。だが、体が硬いのかどう

も踵が上がってしまう。だからといって膝を深く曲げるとバランスを崩す。これ

をさらりとやってみせる貴族の子女は、どれだけ鍛えられてるのか、とすら思う。


「はい、次」


 礼から立位まで戻してからさがる。このさがり方も正面をみたまま行うため、

非常に怖い。足下がぐらつくのだ。


 どうにか倒れず、所定の位置に戻ったタビーはほっと息を吐いた。見学してい

る間も立位は崩せない。教官の言う『美しく優雅な立ち方』を実践しなければな

らないのだ。教官は見ていない様で見ている。

 さらに『淑女の微笑み』も出来れば完璧だ。タビーはまだ上手く出来ないが。


 この講義が終わった翌日は、思いもしない部分が筋肉痛になる。

 慣れない頃は、背中の筋肉痛が酷かった。今は、それ程でもないが。


 一通り全員が終わった後、教官は頷く。


「ではもう一度、最初から」


 足の裏や爪先が痛い。だがそれを顔にだしてはならないのだ。

 教官に嘆かれる『淑女の微笑み』を浮かべ、タビーは本日何回目になるか判ら

ない礼を始めたのだった。


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