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「付与魔術基礎応用を担当する、フローンです」
他と比べて若い教官は、にこにこしながら自己紹介をした。
「これから一年、皆さんと付与魔術を学んでいきます。さて、その付与魔術です
が……」
熱の籠もった教官の話も耳に入らない。
タビーは何度目かになる溜息を呑み込んだ。付与魔術はこの時間しかない講義
である。教官も見た事がない、新任なのだろうか。
そうやって気を逸らそうとしても、逸らせない原因が隣にいる。
フリッツだ。
何事かメモを取っている様に見えるが、ちらりと見たそれはどう見ても手紙だ。
つまり、ラーラ宛への恋文である。
そもそも一学年上のフリッツがなぜ一緒なのか、と言えば、昨年度には付与魔
術の講義が無かった為なのだ。だから、この組には魔術応用の1年~4年までが
入り混じっている。
フリッツ自身は全く問題なく進級していた。講義をさぼり、騎士専攻の実習を
見学に行き、それでも首席である。さぞかし同期生は理不尽な思いだろう。正直
タビーもそう感じる。
「付与魔術はあくまでも補助ですので、単体で使う事はできません」
どうにか教官の話に集中しようとするが、隣が気になって仕方が無い。
「主に武器や道具へ付与……属性を与えるものです。逆にこれは武器や道具が元
々持つ属性や適性を抑え込むため――――」
教官の話を書き留めるのは諦めた。とにかく話に集中する。
若い教官の声はよく通る。大まかな話だから、今日はまだいい。だが次回以降
はどうにか離れた席に座るしかないだろう。
(最前列にしよう)
今まで窓際、一番後ろの席だったせいか、タビーは後ろ側に座る事が多い。
だが、その習慣を今こそ変えればいいだけだ。流石に最前列では内職はできな
いだろうし、フリッツも隣に来ないだろう。後ろに座ったとしても、タビーの視
界には入らない。入らなければ気にならない筈だ。
視線をちらりと隣に流すと、手紙は2枚目に入っている。その手紙もタビーが
渡すことになるのだろう。
ふと、フリッツが顔を上げた。視線が合う。
首を傾げた彼は頷き、懐から封筒を取り出した。そしてそれを堂々とタビーに
差し出す。
「……」
どうすればいいのか迷ったが、このままだと教官に怒られるかもしれない。素
早く受け取り、教本の間に挟む。教官は気づかない。
フリッツは再び手紙を書き出した。
■
ボン!という音がして、目の前の木材が爆ぜた。
「素晴らしい!流石ですね、タビー」
教官から手放しで褒められ、赤面しつつタビーは列に戻る。
攻撃系の魔術を学ぶこの講義は、必須ではないが人気が高い。前世も今世も魔
術師と言えば、杖を振るい強力な攻撃魔術を使うもの、という考えがあるのだろ
う。
魔術は主にルーフス、フルウム、リディス、ルレウム、アーテルに分かれてい
る。ルーフスといえば赤の魔術だし、フルウムは茶の魔術。
この世界で、魔術は色で呼ばれている。
赤・茶・緑・青・黒。四大元素+1だ。色は扱える魔術に近い。
赤であれば炎系の魔術、青であれば水系の魔術。だが、青にも炎系の魔術はあ
るし、風系である緑の魔術に水系の攻撃魔術もある。
基本は自分の魔力を指定された大きさの塊として抽出しつつ呪文を唱え、魔術
を発動させるというものだ。
その流れを短時間で行えるのが魔術師である。
魔力を常に感じ、体内を巡らせることを『内的循環』。
正確な発音と呪で発動条件を満たす事を『外的循環』。
この2つがきちんと揃ってこそ、魔術は強大な力を発揮することが可能だ。
フリッツが去年、タビーに音楽の選択講義を勧めた理由がここにある。魔術師
は正確な発音、発声が大事だ。短い呪でも長い呪でもきちんとした発声、発音が
出来ることが重要である。音楽の講義では最初に発声の練習があったし、歌詞の
明瞭さは大事とされた。それが魔術に繋がっている。
心配していたが、攻撃魔術を行使することに抵抗はなかった。だがそれはあく
まで講義の中で、相手が丸太や藁だから。実際人に今の魔術を行使する様に要求
された時、同じ様に使えるかは判らない。
「では、次に同じルーフスの呪から……防御の魔術を」
色毎に分かれているが、どの色が攻撃でどの色が防御、という概念はない。赤
系のルーフスにも、青系のルレウムにも攻撃と防御の魔術はそれぞれある。また
赤が青に弱い、という様な法則もない。あくまで魔術そのものの威力が重要だ。
内的循環、外的循環を両立させる事によって、同じ魔術を少ない魔力で、だが
最大の威力で行使できる。逆に外的循環である呪や発音の一部を省略することに
より、魔術を調整して使う事も可能だ。種火を灯す為に、最大級の攻撃魔術を使
う愚者はいない。
これが更に洗練されると、魔術応用のベック教官長の様に呪を唱えずとも魔術
行使できる。そこに至るまでは、何千回、何万回も魔術を使う事が必要だという
が、外的循環である呪文や発音が大事とされるのに、それが無くても魔術が同じ
様に発動される理由は明かされなかった。
無言のまま杖を構え、短時間で魔術を発動させる。
少々恥ずかしいが、タビーの憧れだ。
「防御の魔術は、そのまま展開すると巨大になります。まずは自分の前に盾とし
て出す方法から」
教官が呪を唱え杖を上げると、薄い赤色の膜が出現する。
「ルーフスの防御は比較的簡単で、汎用性があります。魔獣の攻撃も一撃程度な
ら防げるでしょう。では皆さん、やってみてください」
教官に促され、それぞれが魔術を展開し始めた。一番最初に必要な、己の魔力
を取り出す部分については、タビーが得意としている部分だ。大きくも小さくも
己の思うがままに抽出できる。その分、外的循環である発音や発声に集中できる
ので成功率も高い。
「はい、いいですよ。そのまま維持してみましょう」
魔術を維持する方法としては、そのまま何もしない方法と別に抽出した魔力を
追加していく方法がある。前者は外部から別の干渉・攻撃があった場合、術が消
滅もしくは効果が低くなっていく。今回は特に指定がないため、そのまま何もせ
ずに維持をした。
周囲の同期生達も次々と防御魔法を展開している。
「この講義は攻撃魔法が主ですが、攻めるには守り方を知っていなければなりま
せん」
教官は全員が展開した防御魔術を見渡し、満足そうに頷く。
「皆さんが今展開している防御魔術は、先程教えた攻撃魔術1回で消える可能性
が高いものです。ここから攻撃につなげるためには……」
教本の理論より実習が中心のこの講義は楽しい。同期生の間でも人気がある。
「では、試してみましょう。タビー、こちらへ」
「は、はい」
防御魔術を消し、タビーは教官に招かれるまま側によった。
「タビー、あの防御魔術に向けて攻撃をしてみなさい」
同期生の一人が展開している防御魔術を、教官が指し示す。
「え……?」
「ルーフスの攻撃魔術であれば、問題はありません。さぁ」
促されて、タビーは恐る恐る同期生と対面する。相手もやや緊張した表情だが
彼女はそれ以上だ。
(もし、防御を破ってしまったら?)
制御を誤ったり、何かの拍子に吹き飛ばしてしまった場合、恐らく同期生は酷
い怪我をする。赤という色に代表される様に、ルーフス系の魔術は炎や爆発を伴
うものが多かった。
(怪我を、させてしまったら……)
「どうしたのです?タビー」
「は……はい」
タビーは躊躇いがちに杖を構える。
最近は無意識下でも出来ている筈の内的循環が滞っているのが判った。唇も震
えている。
「いきます……」
無言で促す教官の眼差しに、タビーは呪を口にした。どうにか切り出した魔力
に外的循環の呪を重ねていく。だが、それは先程と同じ様に上手くはいかない。
魔術が発動した。
赤い光が炸裂するが、先程木材を爆ぜさせた程の威力はない。それでも音は大
きく火が立ち上る。
駆け寄りたくなるのを、ぐっと堪えた。煙が消え、同期生が見える。
「……」
同期生は無事だった。だが、相手がほっとした瞬間、その防御魔術は硝子の様
に粉々に飛び散る。見ていた同期生達から感嘆の声があがった。
「結構です。では、今度は交代して。皆さんも二人一組で、一組ずつ試してみま
しょう」
タビーは動悸を抑えつつ防御魔術を展開する。先程受けた同期生が、タビーの
防御に攻撃を加えた。少し揺らぐが、幸い割れはしない。同期生は残念な顔をし
つつも、教官に褒められて嬉しそうだった。
端っこに待機して、他の同期生が交互に試すのを眺める。
(怖かった)
教官には判ったかもしれない。あの時、タビーの攻撃魔術は不完全だった。
内的循環が滞った中での魔力抽出と、震える声での呪。あの程度で済んで幸運
だった。
一歩間違えれば、相手を傷つけたかもしれない。講義では事故が起こらない様
に教官が細心の注意を払うが、だからといって事故はゼロではないのだ。
不完全に発動した魔術は、攻撃力の強さも計りきれない。
攻撃力が弱ければいい。だが強かったら?先程の魔術はまさにそれだ。不完全
なものが強い力を持った。
(人に使うのは、怖い)
タビーは将来、大陸を巡る魔術師になりたい。
その場合、魔獣や山野の獣、そして時には人に襲われる事もある。その時に、
今の様な不完全さでは間違いなく負けるだろう。旅の最中に負けるということは
死と直結する。この甘さを克服していかねばならない。
同期生達の中でも、やはり防御壁を粉々にしてしまう者がいた。だが、彼らは
特に気負っていない。きちんと攻撃力の調整ができているのだろう。
咄嗟の時、相手が何であれ魔術を発動できるか。
己を守りきれるか。
不安を押さえ込み、タビーは強く杖を握りしめた。




