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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
襲撃
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 1日目の説明が終わった。


(これは難しい)


 タビーは配布された書類を見ながら唸る。取りたい講義が重なっている事もあ

るが、漠然とした内容で取るべきか否か判断が出来ない。


(『民間伝承講義』の説明が『民間伝承を考察します』じゃ……)


 担任のディールは説明下手という訳ではなさそうだ。もっと訳の分からない名

の講義についての説明は判りやすいし、魔術応用専攻で適用する決まり事などは

いっそ感心する程丁寧だった。

 だが、全ての講義を説明していたら日が暮れてしまう。その為か、いくつかの

講義は講義名そのまま、という様な説明だった。


(どうしようかな)


 必須講義も同じ講義名で教官が違うものがある。前世にあった予備校の様だ。

 『魔術理論基礎』は5人の教官が担当しているし、『民間伝承講義』は1人の

教官だけで、週に1時間しかない。必須講義も教官によっては進度も解釈も違う

だろう。だが、重複して同じ講義は取れない。それぞれの教官を知っていれば選

択も楽だろうが。

 悩みつつ立ち上がり、杖を持つ。こうなったら、更なる出世払いを追加してフ

リッツに助言を仰ぐか、取りたい講義優先で全部埋めていくかのどちらかしかな

い。もしくは、個人的に教官に聞くか。


(……教官だな)


 これ以上フリッツに借りを作りたくない。手紙配達人の役目は日課の様になっ

ているが、来年ラーラが卒業すれば無くなるだろう。流石の彼も、騎士団へ手紙

を持って行けとは言うまい――――たぶん。


 教官室は同じ学舎の1階にある。歩きながら、タビーはすれ違う生徒がちらち

らと杖を見てくるのに気づいた。彼女が通り過ぎると、何事かひそひそと話して

いる気配がある。


(仕方ない、か)


 学院で友人を作るのは非常に難しそうだ。貴族は論外だし、だからと言ってそ

れ以外の生徒達と話そうとしても、決闘騒ぎ等、一連の出来事で遠巻きにされて

いる状況である。おまけに杖はいわくつきの金属質。

 騎士寮で親しく話す人はいるが、当然魔術応用専攻の者はいない。

 否、もう一人いるが彼は先輩であり、取扱注意の人物である。除外だ。


「失礼します」

 教官室に来るのは初めてだった。どきどきしながら扉を開けると、何人もの教

官がいる。一番奥、積み上げた本の間から担任の髪の毛が覗いていた。


 教官達の合間を抜け、ディールの所に辿り着く。彼は分厚い本を読んでいたが

タビーの姿を見てそれを閉じた。

「教官、質問があるのですが」

「何だね?」

「講義について判らない事があります。教えていただけますか?」

「聞こう」

 椅子ごとこちらを向いた教官は、タビーを促す。

「ありがとうございます」

 タビーは書類を取り出した。どこかに杖を立てかけたい、と思っていると、教

官が壁を指さしてくる。礼を言って杖を置き、タビーは書類をめくった。

「民間伝承というのは、昔話とか風習とかそういうものの講義ですか?」

「是であり否である」

 その答えに彼女は首を傾げる。

「例えばですが、その講義を取った場合、魔術師として長所となりますか?」

 だが、タビーはへこたれない。続けて質問をしてみた。

「是、だ」

 少し考えたディールは、積み上げた本の中から一冊を引っ張り出す。その上に

載っていた書類が見事に落ちたが、教官は全く気にしていない。

「この薬草は打撲によく効く」

 薬草辞典の様なものなのだろう。開いた頁を指し示して彼は続ける。

「だが、ある地方ではこれは埋葬に使われるため、薬草としての使用は忌避され

ている」

 この広い大陸、風習が違う事もあるだろう。もしも旅をするならこれは有用な

情報だ。

「では、この講義を取れば、地域毎の差や風俗習慣について教えて頂けるのです

か?」

「是である」

 ディールは気難しいのかもしれない。質問は端的な方が良さそうだ。

「『魔術理論基礎』は5人の教官が受け持ちますが、内容や進度に差はあります

か?」

「是、だ」

「教本を使うと思いますが、最終的な到達点は同じでしょうか」

「是であり、否である。教官によって重点を置く部分、講義の進め方、偏りがあ

る。教本を中心にはしているが、その差は生じる」

「では試験なども」

「それぞれの教官が作成する。だが試験結果の調整はしない」

 となると、簡単な問題しか作らない教官と、例えば全て文章で回答させる教官

とでは、得点に差がでることになる。その難易度を調整しないということは、事

前に試験内容のすり合わせが行われているのか、もしくは運次第なのか。

「薬術基礎は基礎課程の時にあった選択と同じ内容でしょうか?」

「否である。だが、昨年基礎を取っていた者は内容が少し重複する」

 タビーは座学中心の講義を思い出す。あれと同じだと思いこんでいたため、薬

術応用からにしようか、と思っていた。だが、こうなるとまた話は違ってくる。

「全体的に、昨年まであった類似の講義と今年の講義は違うものと考えていいの

でしょうか」

「是である」

 となると、全体的に見直さなければならない。来年取れる講義もあるが、その

優先度も検討する必要があるだろう。 

「教官から見て、これは押さえた方がいい、という講義はありますか?」

 タビーが問うと、ディールは頷いた。

「私の講義だ」

「……」

 顔色一つ変えずに言い放った担任に、彼女は絶句した。

「質問はそれだけか」

「え?あ、はい」

 思わず返してしまう。ディールは頷き、再び本を開いて読み始める。

「……ありがとうございます」

 取りあえず礼を言って、タビーは教官室から出た。

「うーん、これは参ったなぁ」



 寮に戻ってきたタビーは、机の上に講義一覧を置いた。登録用の用紙は1枚し

かないので、適当な紙にマス目を引く。

 1時間半程度の講義が午前中に2つ、午後に3つ。これが6日間。基礎課程と

変わらず月末には試験がある。講座以外の全体実習は、その都度日にちが設定

されるため、取りあえず今は考えなくていい。

「さて、と」

 講義の一覧表を見る。

 まずは、週に1度しかない講義に印をつけた。その中で興味のあるものをマス

目にいれていく。

 次に必須講義。

 ディール教官は押さえた方がいい講義を『私の講義だ』と言っていた。それは

恐らく教え方や進め方、内容を系統立てて説明する事が共通しているからなのだ

ろう。

 必須講義はなるべくディール教官のものを、教官が担当していないものは時間

割を優先して組み合わせていく。

 それでも、足りない。実習講義は昼休みの後に入れた方が楽、というフリッツ

の勧めもあり、可能な限り散らしてみたが、それでも足りない。

 聞きに行った『民間伝承講義』は迷ったが取ることにした。風習が違う事を事

前に知っていれば、回避できる問題もあるだろう。

 薬術については最優先として、基礎と応用の両方を選択した。これはディール

教官の講義がないので、他の教官担当で揃える。同じ教官の方がいい筈だ。

 講義が全て終わった後の自主練も考えると、あまり詰め込むのもよくないだろ

う。基本的に必須講座を取っていれば、他の時間は空白でも問題はない。最も、

ただでさえ制限のある時間を空けるなど、タビーの考えには無かった。

 マス目は消したり、書き直したりを繰り返したせいで判りづらくなっている。

 もう一枚マス目を作り、一度書き直した。それでもいくつか入れ替え、変

更したりしているうちに、どうにか収まりがついてくる。

「……これはどうしようかなぁ」

 たった一つ、開いてしまった部分があった。

 昼休み前の時間帯で、空けてしまうのも勿体ない。だが、その時間帯で選択可

能な講座の殆どを他で取ってしまっている。

「残ってるのは、魔道具基礎と付与魔術基礎応用か……」

 後者は付与魔術というものだが、これだけは基礎と応用がまとめられている。

 簡単なものなのか、もしくは種類が少ないものなのか。

「魔道具……」

 基礎課程の休暇中に特別講座を受けた事を思い出した。前世で言う物理の様な

講座で、タビーには訳が分からなかったものだ。道具の開発に興味はあるが、そ

の中であれだけの事をするとしたら気が重い。成績そのものは必須講義のみで判

定されるが、それ以外の選択講義も参考として成績が公開される。残念ながら、

タビーは魔道具の講義で結果を出せる自信がない。


「よし、付与魔術にしよう」


 後に、この選択を後悔することになるとは、タビー自身、思ってもいなかった。


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