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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
襲撃
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 新年度が始まる。

 騎士寮は相変わらず慌ただしい。夏の休暇ほど時間はないから、大抵が寮内の

整備に駆り出される。

 今年もタビーは部屋替えを見送った。というよりは、許されるなら卒業までこ

こにいたい。部屋に愛着が出て来たし、食事以外は全て自室内で済ませられるの

は楽だ。自習時間でも鍵をかけていられるし、内職をしていても咎められない。

 フリッツというかなり厄介な先輩はいるが、それ以外は皆気の良い、裏表のな

い人達だ。


「タビー、ベッドの入れ替え終わった」

「ありがとうございます。ええと、次は窓の修復と屋根ですね」

「屋根先だな。用意してくるわ」

 タビーは寮内整備の管理を任されていた。こういう仕事をするのはライナーが

主だが、アロイスと共に新入生の受け入れで他寮に出向いている。

「タビー、補修材どこ?」

「はい、裏庭です。釘や小物は寮の入口に」

「タビー、わりィ。失敗したわ。替わり運んで来たいんだけど」

「あ、じゃこれ持っていってください」

 設備管理用の所定用紙を手渡す。これを持って行けば、替わりのものと交換が

可能だ。

「あとどこだ?」

「屋根は今、始めたんで……窓と、ああ、床ですね」

「風呂場は?」

「それは学院手配の業者が」

 個室形式で区切られている小浴室で、湯が出なくなった場所があるという。

 水場などは流石にギルド所属の業者任せだ。

「タビー」

 声をかけられて、振り向けば。

「これ、今日の分ね」

 にこやかに手紙を渡してくるフリッツ。

 この忙しい時に何をと思うが、怒鳴りつける訳にもいかない。

「先輩は、お時間がありそうですね」

 嫌味混じりに愚痴を言えば、彼は首を横に振る。あくまで、優雅に。

「ラーラが買い出しに行ってしまう。暇な訳ないよ」

 確かにラーラは買い出しに行く予定だ。だがそれはつい5分前に決まったこと

なのだが。

「……盗聴ですか?」

「は?なにそれ?」

 そういう言葉はないのだろうか、フリッツは首を傾げる。

「なんでもないです……」

「そう?じゃあね」

 いそいそと出て行く彼は、きっとラーラの買い出しに同行するのだろう。

 同行、とは正しくない。正確にはついていくのだろう。文字通り、後をついて

いくのだ。

 不思議な事に、フリッツはラーラへの感情を隠さないが、直接の接触はしてい

ない。話しかける機会があっても、声すらかけないのだ。ただ、見守っているだ

けである。それが余計に怖いといえば怖い。

「タビー、2階の補修終わった。次は?」

「今、屋根と床が残っていて……」

「お、じゃぁ屋根行ってくるわ」

 雪の時期には毎日雪下ろしをしている。高所恐怖症でも1年過ごせば慣れてし

まうものだ。だから誰も躊躇しない。

 他の寮とは違って、ある程度の補修や修理も自分たちで出来るのは、騎士寮な

らではだ。

「あとは部屋割りと、荷物運びだけか」

 新年度から騎士専攻課程に進む者達が入寮してくる。それに伴って部屋割りも

変わり、既存の寮生は全て移動を終えていた。後は受け入れだけだ。


(そういえば)

 貼り出された掲示板に自分の名前が無かったこと、そしてアロイスに担がれて

ここまで連れてこられた事を思い出す。あれから2年が過ぎていた。

(あの時は、びっくりしたなぁ)

 タビーも成長したが、アロイスもまた成長している。身長も高く、体つきもか

なりがっしりとしていた。差が縮まらないのは、気のせいでは無いだろう。

 不安だった寮生活も、今は問題ない。

 新年度が待ち遠しいと、生まれて初めて思った。



 専攻課程に進むと学舎が変わる。

 基礎課程で使っていた学舎よりも広く、階数も多い。その分、寮からは更に遠

くなった。

 入口に貼り出されている組分けの先頭にタビーの名前はある。例年より多くな

ると言われていた組分けは、蓋を開けてみれば成績順に分けられただけだった。

 貴族だけの組を作ると、それはそれでやりづらいのだろう。教官は貴族でない

事も多い。

 組分けと併せて教室の位置も描かれている。場所を頭の中に入れて、タビーは

掲示から離れた。

 長く艶がない銀の杖は、目立つ。大抵の者は杖を仕舞っているが、タビーはし

まえない。エルトの袋に入ればいいのだが、どうやっても入らなかった。ほぼ何

でも収納できる筈なのに、先端すら入らない。となると、持ち歩く以外に方法は

なかった。魔術応用課程に進んだものは、常に杖を携行する義務がある。

 冷たさは手袋で対策することにした。講義を受けるときには煩わしいが、これ

も仕方が無い。

 

 専攻課程1年目の為、今日と明日の2日間は講義の説明や選択講義の登録を

する。選択講義が多いため、ここでの選び方を誤ると後々響くらしい。『出世払

いに追加しとくよ』と言ったフリッツからいくつかの助言は貰っているが、出来

るだけ色々なものを取りたいと思う。

 何でも出来る魔術師と有能な魔術師はイコールではない。何かしらに秀でた方

がいい魔術師と言われる。だが、広い大陸を旅するのであれば、攻撃魔術以外も

取得した方がいい筈だ――――器用貧乏になる可能性もあるが。

 教室に入ると、まだ誰もいなかった。

 前の方に席順が貼り付けられている。タビーの席は基礎課程と変わらず、一番

後ろの窓際だ。日差しが少々気になるが、風通りはいい。窓から見下ろせば、広

い中庭が目に入る。木が殆どなく、草が生えているだけの場所だ。実習に使うの

だろうか、と考えつつ席についた。

 杖は窓際に立てかける。エルトの袋に入らなかった様に、また何か起こるかと

思ったが、特に何も無かった。自分の杖だが、本当に不思議だ。

 教室には同期生が次々に入ってくる。見た顔は少ない。前の席には同じ組でト

ビアス派だった男子が座った。座る際に蔑む様な眼差しを向けられたが、タビー

は気にも留めない。こういう輩には反応する方が喜ばれてしまう。

 席は徐々に埋まっていき、顔なじみ同士で話す者もいる。これから一年、この

組で過ごすのだ。昨年度より居心地がいい事を祈るしかない。

 隣の席に、誰かが座る。ちらりとそちらを見れば、黒髪の女子だった。見覚え

はない。

 程なくして、教官が入ってくる。こちらも見た事がなかった。鷲鼻で、ぎょろ

りとした目をしている。髭はないが、後ろで結んだ髪の毛はぼさぼさだ。

「この組を受け持つディールだ」

 声は少し低いが聞き取れない程ではない。

「ようこそ、兄弟よ。深淵の縁に集う者達よ」

 教官はぐるりと教室を見回しながら続ける。合言葉なのだろうか、フリッツは

どこか軽んじた様な言い方をしていたが。

「今より、我らは兄弟となる。共に魔術の道を過ごし、歩む者である」

 試験の時もいわれた『兄弟』というのは、魔術応用課程では良く使われる言葉

なのだろうか。

 教官は最後にタビーをじっと見つめた。タビーが見返すと、その瞳はぎょろり

と回って、それからゆっくりと離れていく。

「では、講義の説明を始めよう」


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