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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
タビーと決闘
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 幽霊が、出た。


 その噂は瞬く間に学院内に広がる。

 幽霊ではなく魔人だ、という者もいれば、誰かの悪戯ではないかと噂する者も

いた。

 一番多いのは『ビショフ家の悲劇』の子爵令嬢が、結ばれなかった相手を想い

彷徨っている、というものである。

 学院側はその噂を否定も肯定もせず、ただ『学院生として些末事にとらわれず

日々を送る様に』との通達を出しただけだった。それが余計に噂を煽る。


 もっとも、その噂がどうして出て来たか知っている当事者はいたたまれない。

 いずれ新しい学院の不思議な話として後輩達に伝えられるのだろう。


 もう少しすれば、夏期休暇だ。


 休暇が終われば噂も終息するだろう。今はそれだけが頼りである。



「はい、では手拍子から」


 色々な思惑に巻き込まれるタビーの、唯一の癒やしが音楽の講義だった。

 少し年配の教官は穏やかで、心が安まる。それに、この講義に貴族は一人もい

ない。貴族たるもの、音楽等の教養は幼年から修めているので、学院では敢えて

取らないという。


 教官に言われた通り、タビーたち生徒は手拍子を打つ。驚く事に、音楽の講義

は立ったまま行われ、椅子や机は用意さえされていなかった。

 教本もなく、教官の言う通りに手拍子や足拍子、壁に貼った歌を歌う、という

ことが中心である。


「はい、もう少し早く」


 教官も座らない。背筋をまっすぐ伸ばし、大きな竪琴の弦を鳴らす。タビー達

はそれに合わせて手拍子を打つ。

 一定の速度からはじめて早くし、拍子を変えていく。講義の最初に行われるこ

れは、案外難しい。最後の方では足まで鳴らすのだ。手足を同時に違う拍子で動

かすのはタビーにとって至難の業だった。

 それでも気を遣わなくていい講義は楽しい。教官が貴族の間でよく歌われる歌

や音楽を教えてくれるのも面白かった。

 発声の練習もある。フリッツが『魔術応用にくるなら音楽』と勧めてきた理由

は判らないが、お腹の底から声を出すのはすっきりした。


「では順番に」


 指された順に歌を歌う。少々気恥ずかしいが、これも楽しい。長い歌ではない

ので、一巡してもまだ講義の時間は余る。

 最初の頃は始まりから終わりまで立ちっぱなしというのが大変だったが、今で

は慣れた。


「もうすぐ夏期休暇ですね」


 講義も終盤に近づいた頃、教官はにこやかに微笑む。


「私の講義では、特に課題を出しませんが……教えておいた歌は、必ず暗記をし

ておいてください。練習も忘れずに」


 課題がないのは幸運だ。音楽の様な実技系の講義だと作文の様なものを書かさ

れる事が多い。歌の暗記は課題と言えなくもないが、講義で何度も歌っているか

ら覚えている。

 ただ休暇の間、この楽しい講義がないことだけが残念だった。



■ 

 

 騎士寮の面々は、今年も帰省しない者が多い。驚いた事にフリッツも残るとい

う。貴族の中には親元に戻る者が大半のため、タビーは意外に感じた。


「だって、ラーラは寮に残るし」


 理由を聞いて脱力し、そういえばこういう人だった、と思うまで数秒。


「それに、両親も王都にいるから」

「領地、ではなく?」

「父は王都での仕事が多いから」


 貴族には珍しく、彼は家族について多くを語らない。理由は判らないが、彼の

家の事を知っても碌な事にならないだろう、ということで、タビーは好奇心を封

印する。


「え、本気?」

 そんな話も含め、夏の予定を談話室で話したところ、ライナーは目を丸くした。

「本気です」

「え?だって、タビー魔術師目指してるんだよね?特別講義でも受けたらいいん

じゃないの?」

「魔術師でも必要だと思って……」


 ライナーは周囲の寮生達と顔を見合わせる。


「個人的にお勧めできないなぁ」

「そうなんですか?」

「うん、体力別にはなると思うけど……」


 タビーが今年の休暇に取ろうとしているのは、騎士専攻課程希望の生徒に対し

て開かれる『基礎養成補講』だ。

 騎士専攻課程を志望するなら必ず取るべき補講で、座学ではなく体力作りや武

器取扱の基礎が中心である。

 補講を受けるほぼ全員が男で、相当に厳しいと言われていた。

 それでも、体力別の組分けなら付いていけるのではないか、とタビーは思う。


「元々基礎はできあがってる貴族だったり、体力や体術に自信がある連中が集ま

るから、一番下の組でもタビーにはちょっと厳しいというか、無理な気が」

「うーん」


 今度はタビーが悩む番だ。

 

 昨年の大怪我から復帰し、今のタビーは怪我の前と同じ位まで戻ってきたと思

う。このまま魔術応用に進む希望は変わらないが、来年以降の事を考えるとある

程度の武器が扱える様になりたい。王都外への実習についていけない様では、自

分自身が困るだろう。

 

 魔術師は基本的に研究職とそれ以外に分かれている。

 研究職は主に王宮へ出仕し魔術の研究をするか、学院の教官になる事が多い。

 それ以外は騎士団に同行したり、小さな店を持ったりすることが主だ。

 タビーとしては、できれば何でも出来る様になりたい。端的に言うと、身一つ

あれば何処でも生活できるだけの力が欲しいのだ。


 しかしその道を目指すなら、人並み以上の体力は必要だろう。魔術が通用しな

い仮想敵を考えれば、武器もある程度扱える方が生き残れる。

 それを考えた上での選択だったのだが。


「多分、アロイスも反対すると思う」

 寡黙な寮長は、案外世話焼きの面がある。彼に取って、タビーは恐らく入学し

たときの小さなタビーのままなのだろう。少しは成長しているのだが。

「そうですか……」

「でも、タビーの考えも判らないでもない。実際戦闘が始まったら、騎士が必ず

しも魔術師を守れる保証はないしね」

「確かに。魔術師を守りながらだと、動きも制限されるな」

 同席していた寮生が頷く。

「騎士的に考えれば、魔術師が魔術を発動するまで、敵を防ぐのと、発動後の無

防備な魔術師を守る、というのが基本なんだけど」

 例えば、魔術師より優先するべき保護対象がいれば、それは叶わない。

「一般人を待避させたり、保護する必要があるとなると、甘くなるよね」

「うーん、出来れば守られるっていうのではなくて、こう……」

 何と言えばいいのだろう、タビーは悩む。

「私が戦闘に参加する、ってのがあまり考えられないんですが。もしも参加する

として、その時に同行者が私の守りを気にしないでいてくれれば、と」

「それを聞いたら、やっぱり魔術の特別講義に出ることを勧めるよ」

「そうなるか……」


 魔術応用課程の先輩であるフリッツにも意見を聞きたい所だが、彼はいない。

 騎士寮の半分が出ている夜間訓練に同行すると言って出て行った。勿論、許可

はでていないが、騎士寮の誰もが心配していない。当たり前だが、ラーラは本日

の訓練に参加している。最近ではアロイスも黙認状態だ。

 夏期休暇中の特別講座については、明日の昼までに提出する必要がある。夜間

訓練開けに相談するのは難しいだろう。

「タビーの気持ちは判らないでもないけどね」

「はぁ」

「あとは教官に相談してみるか」

「カッシラー教官にですか?」

「今回の訓練には同行していないから、明日の朝あたりに捕まえて聞いてみれば

いいんじゃないかな」

 毎朝ヒジャの乳搾りに来るカッシラーは、騎士専攻課程ではないタビーに甘い。

 教官にも反対されれば、タビーの無謀な挑戦は止められるだろう。

「そうですね……」

「教官なら、色々な講義を見てるから。タビーの希望に合った講義を勧めてくれ

るかも」

 そう聞くと、タビーもそんな気がしてくる。教官として多くの生徒を見た彼な

らば、彼女の希望に近い所を教えてくれるだろう。


「そうしてみます」

 タビーは頷いて、ライナーに同意した。

 彼も、同席していた寮生達もほっとした様に頷く。何のかんのと言っても、タ

ビーは騎士寮の面々に可愛がられていたし、そんな後輩にわざわざ自分たちと同

じ様な訓練をさせたいとは思わない。



 ――――だが、その考えは思いも寄らない方向に転がっていった。


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