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タビーの席は、首席特典で窓際、一番後ろの席である。
次席であるヒューゴ・ギルベルトはその前、トビアス・ディターレは更にそ
の前だ。
前世の様に席替えというものはない。月末の試験で場所が入れ替わる
だけだ。
タビーは今のところ首席の座を守っており、席は替わらない。
いつもと変わらない講義風景、の筈だったが、今日は欠席者がいた。
トビアスとその取り巻き達の席だ。
教官の話では一身上の都合ということだった、と、ヒューゴが教えてくれた
が不安が募る。
「タビー、これ」
同期生の一人がメモを差し出した。半分しか出られなかった最初の講義のも
のだ。
「ありがとう。凄く助かる」
「じゃ、今度地理学教えてよ」
「うん、いつでも声かけて」
最近では一部の同期生と普通のやり取りが出来る様になり、学院生活も楽し
くなってきた。昨年よりも声をかけてくれる人は少ないが、派閥の事を考えれ
ば仕方ないと諦めもつく。
派閥、と考えたところで、タビーの気分は重くなる。
タビーを馬鹿にするトビアス達が、今日はいない。
資料室にタビーを閉じ込めたのは彼らではないか、と思うが、魔術を使えな
い状況であれだけの置物を移動できるものだろうか。
力技で動かせなくもないが、全員貴族のあの面々で誰がやりたがるだろう。
それに、物音一つしなかった。声がすればタビーとて気づく筈だ。
次の講義が始まる。何とか講義に集中しようとするが、やはり不安が増すば
かりだ。
どうにか教官の話を書き留める事だけはできたが、きちんとした解説は耳か
ら流れてしまっている。少しも無駄に出来ないというのに、なんという為体だ
ろう。
午前中の講義をどうにかこなしたタビーは、溜息をついて教本を片付ける。
午後の講義までに立て直したいが、トビアス達の事が気になった。そして、
自分の今後についても。
(今のままじゃ、ダメだ)
何か起こったとき、直ぐ誰かに頼ろうとする癖をまず無くさなければいけな
い。
独り暮らしの時は何でも自分でやっていた筈なのに、寮に入って居心地が良
すぎたのだろう、甘え癖が出来ている気がする。
頼るにしても、自分である程度頑張ってからでなければ迷惑をかけ続けるこ
とになってしまう。
今回の事だって、寝ずに起きていれば助けを求められた筈だ。少なくとも、
上級生達を失神させたり、怖がらせてしまう事はなかっただろう。
相手がもっと暴力的な行為に出てくる事も考えられる。
足を引っかけられる、わざとぶつかられるという行動もエスカレートする可
能性があるだろう。
例えば、階段で足を引っかけられる、とか。
そこまで考えてぞっとした。
下手をすれば大怪我だけでは済まないだろう。
だが、彼らは貴族だ。タビーが勝手に転んだ、と複数人で主張すれば通って
しまうこともありえる。
これを避けるには、タビー自身もどこかの派閥に属せればいいのだろうが、
この組はトビアス派とヒューゴ派しかない。
ヒューゴはそれ程悪い人ではなさそうだが、派閥に属することを考えると二
の足を踏む。進級直後、彼女は『いないもの』扱いされていたが、ヒューゴも
そこに加わっていたのだ。
謝罪はされているが、それとこれとは別である。
来年からは専門課程になり、今ほど派閥はできないだろう。貴族の子息は大
抵が騎士専攻か、文官を目指す財政専攻へ進む。合同実習で顔を合わせる事は
あるだろうが、今年ほどではない筈だ。
この一年を、どうやって乗り切るか。
その行動で、来年度以降も波風立てずに進む事が出来るかに繋がる。
まずは、精神も肉体も鍛えること。
自分の手に余るのであれば、助言を貰って試す。
全面的に甘えるのではなく、自分でどうすればいいかきちんと考えること。
どうしても駄目なら誰かを頼るのもいいが、その前に出来る事は全部してお
く癖をつけないといけない。
アロイス達は先輩で、先に卒業する。カッシラー教官はタビーに甘いが、そ
こに依存するのはまた違うだろう。
気がつけば、教室には彼女が一人だけだった。
皆、昼に行ったのだろう。廊下も静かだ。
「……」
悩んでいても、空腹はやってくる。
不安をどうにか押さえ込み、タビーはようやく席から立ち上がった。
■
講義が終わると、アロイスがやってくる。
朝出来なかった話をするのだ。教本や道具をまとめ、同期の挨拶に応じなが
らタビーは教室をでた。
指導室に向かいながら、アロイスととりとめもない話をする。
騎士専攻課程は講義後も訓練がある筈だった。わざわざ立ち会ってもらうの
も申し訳ない。
「今日は、大丈夫だったか?」
「はい、あの……休みだったので」
誰が、と言わずとも察したのだろう。アロイスも少し訝しげな顔をしつつ頷
いた。
指導室のあたりは、学院生も少ない。ノックをして扉を開けたが、朝と同じ
く誰もいなかった。
朝と同じ席に座り、二人で教官を待つ。
学院内で出自の差は問わず、と言われているが、実際には貴族が庶民を無視
したり、馬鹿にしたりすることは当たり前の様にある。
入学試験で貴族は優先され、学院生活では家格での上下関係や、派閥が出来、
それに刃向かうのも難しい。貴族以外の者達で固まって、とにかくやり過ごす
のが利口なのだろう。
専門課程は基礎課程以上にシビアで、席次や能力が占める割合が多くなる。
貴族達も成長し、大っぴらに貴族以外を馬鹿にすることもなくなると聞く。
なにより、教官達は基本的に貴族とそれ以外という区分けをしない。
それは専門課程に進級すれば、より顕著になる。
とはいえ、大人げない貴族がいないとも限らない。
今回の事が収まっても、余計な恨みを買うことが考えられる。
どの様な罰が与えられるかは判らないが、タビーが有利になる事は考えにく
い。
何より、二次災害的に上級生へ迷惑をかけてしまった事が気に掛かる。
タビーを閉じ込めた首謀者が誰であれ、こちらから頭を下げる気はないが、
失神してしまったり、驚かしてしまった上級生達には謝罪をしたい。
軽いノック音がして、扉が開けられる。音も無くすっと立ち上がったアロイ
スに続き、タビーも倣う。
「待たせてすまなかった」
入ってきた教官は二人。朝会った教官と、見たことのない教官だ。
「早速だが、今回の件について話そう。二人とも座って」
「はい」
「まずタビー、君は条件付きで処分なしとなった」
「え?」
予想外の言葉に、タビーは目を丸くする。
「じょ、条件って……」
「昨日の事を口外しないことだ」
もう一人の教官が告げる。白い髭を生やし厳しい眼差しをした教官は、手元
の紙をめくった。
「君は資料室に資料を返しに行き、閉じ込められた。出られずに寝ていたとこ
ろ上級生達がやってきて、君を発見、今回の騒ぎになった……間違いないな」
「はい」
「その全てを口外しない事で、処分なしとする」
鋭い声。反射的にタビーはアロイスを見た。
この処分なし、は妥当なのだろうか、それとも――――。
「し、質問があります」
教官達の視線に竦みそうになりつつ、彼女は口にする。
「なんだね」
「口外しない事については、勿論同意します。あの、ですが何故でしょうか。
あと、ご迷惑をおかけした上級生の方に謝罪はさせて貰えないのでしょうか」
「それを聞いてどうしたいのかね?」
教官は淡々と応じる。だが、ここで怯む訳にはいかない。
「理由を知らないまま沈黙するということは、今回のことを無かった事にして
しまいます」
「私たちはまさにそれを望んでいる」
「そうではなく。私にも非があります。上級生の皆さんを驚かせてしまったこ
とも。自分を省みる為にも、知りたいと思うのです」
「それは、君の自己満足ではないか」
白い髭を持った教官の言葉は、タビーの胸に突き刺さる。
謝罪したいということも、傍目から見れば確かに自己満足なのだろう。だが
なぜここまで大事になったか、知らずに終わることはできない。
「そう捉えて頂いても構いません。ですが、私は私にこんなことをしたのは何
故かを知りたいのです」
教官達は顔を見合わせる。
暫くして、溜息をつきながら教官がタビーを見やった。
「嫉妬だよ」
「え?」
「嫉妬だ」
強い眼差しを持った教官は、タビーを正面から見据える。
「貴族でない君に勝てない、そのための嫉妬だ」
「嫉妬って……」
「妬み、嫉みは貴族の十八番だ。貴族は何よりも優れていなければならない。
だがどうあがいても勝てない。その感情が歪んで君に向かっただけだ」
「……」
「君は、貴族をどう思うのかね?」
視線を外さずに、教官は問いかけた。
「貴族は……嫌いです」
それ以外に、なんと言えばいいだろう。
「ふむ」
「貴族でないというだけで、態度も言動も違う。同じ人なのに……」
「それは違う」
教官はタビーの言葉を遮った。
「例え体のつくりが同じだったとしても、貴族とそれ以外は違う。それこそ
が、今回の原因でもある」
「わかりません」
「君の理解は求めていない」
相変わらず教官は厳しい。
「貴族であるが故に、他人より勝っていなければならない。君が考えるより
貴族というものは単純だ。貴族でないものに勝てない、それはその者の存在
価値をも揺らがせる」
「……そうだとしたら、今回の事は」
「行為そのものはいただけない。だが、その気持ちは理解できる」
タビーは沈黙した。教官が言うことが是としたら、貴族は勝つために何で
もする、という事ではないのか。
「今回の事に関わった者達は、既に各家に報告している。それが貴族の子に
どれだけの衝撃を与えるか、君には予想もつくまい。だがそれでいい」
理解できない、だが、これ以上は何も聞けそうな雰囲気ではなかった。
「君は特待生で、首席だ。それを誇るべきだろう。その君に勝てない貴族は
また別の存在価値を見出していかねば、貴族の世界で生きていけない」
やや視線を和らげた教官に、タビーはつきかけた溜息を呑み込む。
「……上級生への」
「なんだね?」
「ご迷惑をおかけした上級生への謝罪だけは、お願いできないでしょうか」
「それはこちらもお願いしたいことだ」
もう一人の教官が言葉を挟む。
「彼女達も少々気が高ぶっている。君が生きている、幽霊ではない、という
事が判れば落ち着くだろう」
「お願いします。いつでも構いません、どこにでも行きます」
「早いうちがいいな。後で連絡をする」
「はい」
タビーは立ち上がった。
「このたびは、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
これ以上のことは聞き出せないだろう。タビーはもやもやする気持ちを押
し込めて、頭を下げる。
「謝罪の件、どうかよろしくお願いいたします」




