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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
タビーと決闘
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36


 少女達は寄り添い、時折嗚咽を漏らしていた。

 その横を何人かの侍女が行き来し、ベッドでは急遽呼ばれた薬師が手当てを

している。


「お嬢様、これを……」


 しゃくり上げる少女に、侍女の一人が毛布をかけた。頷く少女の目は赤く、

目元全体が腫れぼったい。


 共に泣きじゃくっている生徒にも毛布がかけられ、少女達は少し落ち着いた

様だった。


 そんな少女達を視界に収めつつ、タビーは救護室の片隅で小さくなっている。


 彼女の目覚めは、悲鳴だった。慌てて起きれば、失神した少女達と悲鳴を上

げ続けている少女達。


 落ち着かせようとタビーが声を掛ければ、悲鳴はますます大きくなった。

 どうしようかと慌てている所に、悲鳴を聞きつけた他の生徒や教官達がやっ

て来て、今の様な状況になっている。


「失礼します」


 聞き慣れた低い声に顔を上げれば、アロイスがいた。


「先輩」

「大丈夫か」


 目の前に膝をつかれ、顔を覗き込まれる。タビーがこくり、と頷くと、ほっ

とした様な表情を見せた。


「すみません、迷惑を……」

「お前が悪いとは聞いていない」


 確かにそうだが、果報は寝て待てを実践した挙げ句にこの状況を引き起こし

たのはタビーだ。失神し、いまだ意識を取り戻さない二人の上級生のことも心

配である。


「教官、一旦寮にもどってもいいでしょうか」


 アロイスの問いかけに、駆けつけた教官の一人が頷く。


「構わない。タビー、君は明日の朝一番に指導室へ来ること。わかったね?」

「はい、申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げ、促されて彼女は救護室を出る。


「……」


 寮へ向かう道すがら、アロイスは何も言わなかった。

 その後ろを小走りでついていきながら、タビーの胸は申し訳なさで一杯にな

る。


 寮長は、寮生達を取りまとめる役目だ。学院内で問題が起これば、寮長の責

任も問われる。だからこそ、人望がある者が就くことが多い。

 大けがをしたときも、決闘騒ぎのときも、アロイスは決してタビーを責めな

かった。


 瞼が熱くなる。


 悔しさと情けなさの入り混じった感情は、口にできない。何か言おうとすれ

ば涙が零れそうになる。


(泣くな)


 タビーは己を叱咤した。


(泣いてもどうにもならない)


 不幸な偶然で起こってしまったことだ。泣くより先に、被害者である上級生

達へ謝罪するべきだし、どの様な理由であれタビーが引き起こした事に変わり

はないのだ。


 長期静養から数ヶ月、徐々に体力も筋力も戻ってきているタビーだが、アロ

イスについていくのはなかなか難しい。苦しくなった所で、思い出した様に彼

が振り向いた。


「すまん」

「い、いえ……」


 息切れしつつ答えた彼女を、アロイスはいつかの時の様に担ぎ上げる。


「……重くなったな」

「……微妙に、胸に刺さります」


 静養していたから、体重もそこそこ落ちた筈だったが。

 いずれにしても、女性としては胸に来る言葉だ。


「だが、まだ軽い」

「はぁ」


 筋肉がついた騎士寮の面々から見れば、確かに軽いのだろう。


「ちゃんと食べろ」

「……はい」


 いつもと変わらないアロイスに、今度こそ涙が溢れそうだった。






 部屋にある、古びた鏡をタビーは見る。


「髪型、よし。服、よし。靴、よし」


 寮に入ってから貰ったこの鏡は、全身が映る優れものだ。前世で見ていた鏡

ほどではないが、ある程度のものは映るこの鏡をタビーは気に入っている。


 制服代わりのワンピースが問題ないことをもう一度確認し、ローブを羽織っ

た。


「……」


 頬にかかった毛先を、指先で払う。

 

 タビーの髪の毛は赤毛だ。どこかの物語の様ににんじん色ではなく、誰が見

ても『赤』というであろう髪の色である。


 昨日の問題を引き起こした原因だ。


 夕暮れの資料室で、この髪の毛はまるで血の様に見えたという。誰だって、

人気のない部屋で血にまみれている者を見れば驚く筈だ。実際には血ではなく

髪の毛なのだが。


 タビー自身はこの毛色を何とも思わない。少々派手だと思うが、緑色の瞳に

似合っていたし、癖毛でもないから手入れも楽だ。

 丁度、肩の辺りで切り揃えている髪を、タビーはもう一度指先で払った。


「タビー、いるか?」

「はい、いま出ます」


 教本や必要なものをまとめて廊下に出る。いつもの通り鎖と大きな錠前をか

けた。


「おはようございます、アロイス先輩」

「おはよう」


 何か言おうとしたタビーを、アロイスはひょいと担ぎ上げる。


「ちょ、先輩!歩けます!」

「そうか」


 だが、彼はタビーを下ろすつもりはないらしい。さっさと寮の入口を出て、

校舎へと向かう。

 同じく校舎へ向かう生徒達が、好奇の視線を投げかけてくる。


「暴れると、落ちるぞ」

「いや、そういう問題では……」


 見ていた上級生らしい少年が、冷やかす様に指笛を吹く。それを意に介さず

アロイスは歩き続けた。


 これはもう諦めるしかない。


 自分が小さいとは思わないし、同期生と比較しても身長は高めだと思う。

 それでも、アロイスには小さく思えるのだから仕方ない。


「昨日は眠れたか」

「はい」

「大丈夫か」

「はい」


 即答する。一晩経って、タビーも随分落ち着いた。落ち込んでいるだけでは

何も解決しない。まずは謝罪して、必要であれば罰も受ける。退学だけは勘弁

して欲しいが、ともかくまずは指導室へ行くべきだ。


 教官室等がある校舎へと入る。基礎課程の生徒は他校舎だから、ここに来る

のは初めてだ。


 指導室らしい前に立ったアロイスは、タビーはそのままでドアをノックする。


 反応がないことを気にもせず彼は中に入り、タビーを備え付けの椅子におろ

した。


「ありがとうございます」

「ああ」


 アロイスもタビーの隣に腰を下ろす。

 教官はまだ来ていない。校舎内はざわめいているが、指導室内はやけに静か

な気がした。


「俺も簡単な事情しか聞いていないが」


 アロイスが呟く。


「資料室に閉じ込められ、助けが来るまで寝ていた、で間違いはないか?」

「はい」

「わかった」


 明らかに嫌がらせだ。そして今、タビーにそんな事をするのは、トビアス・

ディターレ派だろう。

 だが証拠はない。それに嫌がらせをされる様な事を招いたのは自分自身でも

ある。本来ならば、決闘騒ぎの段階で教官に相談すべきだったろう。もしくは

些細な嫌がらせであっても、アロイス達に報告すべきだったかもしれない。


 だが、過ぎてしまった事は取り返しがつかないのだ。


 沈黙したまま、二人は教官がやってくるのを待つ。

 だが、始業の鐘が鳴り終わっても誰も来ないことに、流石のアロイスも心配

になった様だ。


「教官室に行ってこよう」

「はい」


 何となく一人で待つのは心細かったが、我が儘は言えない。タビーは頷く。


 アロイスが指導室を出ようとした所で、廊下側から扉が開いた。


「ああ、すまない。待たせたね」


 教官が申し訳なさそうに二人を見やる。


「すまないが、少し時間がかかる。授業が終わってから、改めて来て貰えない

だろうか」


 忙しない教官の言動に、アロイスは振り向いた。頷くと、彼は教官へ顔を向

ける。


「わかりました。授業後に来ます」

「アロイス」


 教官はアロイスの耳元に口を近づけると、早口で何かを囁いた。彼の眉間に

皺がより、それは直ぐに元に戻る。


「わかりました」


 教官は何度か頷いて、直ぐに立ち去った。


「あの、先輩。何か……」


 アロイスの強い視線に、不安が過ぎる。立ち上がったタビーを、彼は手を上

げることで抑え。


「大丈夫だ」


 そしていつも通りタビーが安心できる一言だけを、アロイスは告げた。


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