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基礎課程の1年目が終わろうとしている。
タビーは特待生の査定を免除されたが、それでも首席を守り切った。
基礎課程2年目からは、成績別に組分けされる。彼女以外の特待生は全員貴族
のため、不安はあるがしかたない。
1年より実習が多く、それぞれの志望も考慮された講義が始まる。
中にはこの基礎課程だけで学院を出る者もいるし、成績が振るわず留年もしく
は自主的に退学する者もいた。
タビーは前世の記憶をうっすらと持っているが、それだけで首席が取れるのは
今年までだと思っている。計算や予習復習の習慣を覚えているからこそ、今まで
たいした苦労もなく首席が取れたのだ。
来年度からは、講義の難易度も高くなる。組分け毎に試験の内容も変わり、特
待生査定も厳しくなるだろう。
「これと、これと、これは押さえておいた方がいいよ」
談話室でタビーは来年度の講義について、ライナーに相談していた。
明日、来年度に取る講義を申請すれば今年度は終わり、休暇に入る。
主要講義は同じだが、選択制の講義は幅広い。選択制と言っても、組分け次第
で取れる講義と取れない講義がある。
主要講義以外に選択講義を5つ。
基礎課程修了後に行く専門課程を見越して取る方が将来的には楽だが、万が一
その専門課程に行けなかった場合の事を考えて、満遍なく取るのが普通だという。
「今のタビーだったら、体力的にはこっちがおすすめだね」
「ついていけますか?」
「うん、大丈夫」
ライナーが指さした講義に印をつけた。
「基礎訓練の方が楽そうに見えるけど、これは騎士志望とか一定以上の体力もち
じゃないときついんだよね」
講義の名前だけでは判断できない、とライナーは付け加える。
「ええと、それじゃ運動1と、瞑想実習と魔術基礎理論と……」
忘れないうちに申請用紙に書き込む。
「薬術基礎と、あと一つか」
魔術師志望のタビーとしては、もう一つくらい魔術系の講義を取りたい所だが
心惹かれるものはない。
「どんなのがいいの?体を使うのと、頭を使うの」
「ついていければ、どっちでも」
タビーの体つきは徐々に怪我をする前の状態に戻ってきている。訓練場を何周
かしても息は切れなくなったし、1周であれば問題なく走れた。
それでもまだ、同世代の平均には劣るだろうが。
「魔術応用に来るなら、音楽とっておきなよ」
背後から声がかかる。フリッツだ。
毎度のごとく、左手には封筒を携えている。
「あ、あの……」
「魔術師は発声も大事だし、内的循環は瞑想でいけるけど、外的循環は声に頼る
から」
「こ、声、ですか」
「ただ唱えるだけじゃ、魔術の利きが悪いってこと。はい」
フリッツはそれだけ言うと手紙を差し出す。
引きつりつつ受け取ると、よろしく、とだけ告げてさっと身を翻した。
「……どうするの?」
「どっちですか」
手紙と、講義と。
「両方」
タビーは溜息をついた。
■
春の休暇に入った。
タビーは帰省する必要もないため、寮への居残り組である。
新年度に向けて騎士寮も慌ただしく、卒業した上級生の部屋をきれいにする作
業や、部屋の振り分けし直しなど、やることは山積みだ。
他の2寮に空きが出来たが、タビーは移動を断った。
食事はともかく、1人部屋の居心地は良かったし、引っ越すのが煩わしいとい
うのもある。何より、他寮の1人部屋は今の部屋よりも狭く、風呂等の水場もつ
いていないのだ。
ほぼ男所帯で気を遣う事もあるが、風呂場で洗濯も出来るし騒音も気にしなく
ていい。1年過ごし、思った以上に居心地がよくて、騎士寮を選択した。
「ええと、これでいいかな」
そんな彼女は、アロイスからの依頼で空いた部屋の掃除をしている。
部屋替えの場合は当事者たちで掃除をするが、卒業してしまった上級生の部屋
の場合、備品の交換や破損の確認も必要だ。騎士寮の面々だけでは流石に手が回
らず、タビーの出番となった。
「ベッドと、床の補修……」
あらかじめ渡されている紙に、部屋番号と必要なものを書き留める。
「あ、窓もか」
力を入れれば開くが、軋み音が酷い。油を差すか、窓の蝶番を交換する必要が
あるだろう。
ベッドは足下ががたついていて、このまま使うのは危険だ。
「よし、次は……」
空の桶と箒、ちりとり、いくつかの雑巾を携えてタビーは次の部屋へと移る。
明日は、新入生が入寮する日だ。
騎士寮は騎士専攻課程の者が入るため、基本的に新入生は入らない。
その代わり騎士専攻課程に入った他寮生が移動してくる。
移動は明日の午前中だから、補修が必要な場所は早めに済ませなければならな
い。
「ベッドは大丈夫、窓は開く……」
多少埃っぽいが、部屋そのものは綺麗だ。床のがたつきや破損がないか、箒で
掃きながら確認する。ここは2人部屋だから多少広いが、備品の数は少ない。
全ての確認を終えた後、床を拭く。モップの様なものもあるが、他の寮生達に
譲った。雑巾で拭く方が『きれいにした』という感じがして、タビーは好きだ。
拭き掃除を一通り終えたタビーは立ち上がる。
換気用に開けていた窓を閉めると、部屋をぐるりと見回した。
「あと……3つか」
ぼけっとしている暇はない。
タビーは次の部屋へ向かうため、掃除道具をまとめる。
「よし、次行こう」




