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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
踏み出した一歩
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30

 本格的な冬を前に、タビーは私服をいくつか買い足した。

 防寒具代わりに羽織れる厚手のローブ、制服代わりのワンピースから覗かない

丈のズボン、長い靴下に新しいブーツ。

 ブーツは、滑り止めのついた少し重めのものにした。


 長期間静養をしたタビーは、全体的に筋肉、体力が落ちてしまっている。

 いくら基礎課程といっても、これでは授業を受けるだけで精一杯だ。校舎まで

歩いて行く時間も、今までの倍近くになっている。

 時間は早めに出ることで対応できるが、授業についていけるだけの体力がない

のはまずい。

 だが、いきなり厳しい運動をしても倒れてしまうだけだろう。


 ――――まずは、ゆっくりと歩こう。


 タビーはアロイスに許可を取り、授業の後、騎士専攻課程の訓練場を使って歩

くことにした。

 

 もうすぐ、冬が来る。


 雪が積もるダーフィトでは、滑り止めのついた重いブーツは必須だ。

 訓練場はそれなりに整備されるが、凍らない訳ではない。雪が降ったから休み、

と決めてしまったら、更に体力は落ちてしまう。

 まずは短くていいので、毎日歩こうと決めたのだ。


「それでね、この前ラーラがね……」


 驚いたことに、タビーのこの日課には初日からフリッツが同伴した。

 何のことはない、訓練場を周回していればラーラの訓練が堂々と見られるから

だとタビーは思っている。


「ラーラが騎士になったらね、僕も……」


 冬が近くても、フリッツの頭の中は春らしい。口を開けばラーラ、ラーラと、

相も変わらず変態街道まっしぐらだ。


 アロイス達も訓練があるから、タビーを見続けている訳にはいかない。

 フリッツの同伴はむしろ歓迎された。魔法応用専攻の1年とはいえ、首席で貴

族だ。大抵の難問は押し切れる。


 フリッツは魔術師志望の割りに体力がある様だった。

 以前には程遠い状態のタビーに根気よくつきあえるし、息切れもしない。

 これでラーラ語りがなければ、もっといいのだが。


 ちなみにラーラは同じ寮になった事を嫌がるかと思ったが、騎士になること以

外に興味がないらしく、自分の邪魔をしない限りはどうでもいいそうだ。

 不思議なことに、空いた時間でもフリッツはラーラに接触しない。同じ寮なの

だからつきまとったり、食事の時に同席したり、と行動にでるかと思ったが、そ

れは全くなかった。

 但し、ラーラがしっかり見える席や位置を確保していたが。



 訓練場は広い。内壁沿いに一周歩くだけでも今のタビーにはきつかった。


 息切れをしながら座り込んだタビーに、フリッツは水袋を差し出す。


「ありがとうございます……」

「気にしなくていいよ、今は」


 そうきたか、とタビーは内心溜息をついた。

 同じ寮になったのに、フリッツの手紙はまだ止まない。自分で渡せばいい、と

口にしてみたが『それではだめ』だという。


 体温と同じくらいのぬるい水を、タビーは少しずつ口にした。

 フリッツの方は体力に余裕があるせいか、遠目にラーラの姿をみつけて眺めて

いる。表情はいつもより緩めだ。いっそのこと、変態的にニヤニヤしていてくれ

ればもっと強く出られるのだが――――。


 水袋の口を閉じ、足を伸ばす。

 ズボンに覆われて見えないが、足の筋肉も相当落ちていた。太腿が太腿ではな

いのがどれほど怖いか、初めて知った気がしている。

 華奢な方が女性としてはいいのかもしれないが、タビー自身は健康的な方がい

い。太いとか筋肉質とかではなく、均整のとれた体がいい。


 足の上に手を伸ばし、腰から折り曲げる。体全体が伸びる感触が気持ちいい。

 次に足を膝で折って筋肉を伸ばす。本当は開脚して前に伸びてみたいが、いく

らズボンでもはしたない、とフリッツに指摘され、訓練場ではやっていない。

 ラーラやイルマ達は開脚しての柔軟等をしているが、彼女達は騎士専攻課程だ

からいいという。それでもあまり褒められた事ではないが、彼女達は怪我をしな

いことが第一だから、いいらしい――――タビーには、よく判らない理屈だ。


 体を伸ばせるだけ伸ばしたら、もう一周だ。

 フリッツは何も言わずについてくる。

 タビーはさっきよりは少し早足で、訓練場を回り始めた。






 ヒジャの仔は、しばらく見ない間に母親と同じ位の大きさになっていた。

 馬は既にいない。気性が落ち着いたところで、教官が訓練用に回したからだ。

 母親が木壁に頭をこすりつけていて、仔がその真似をしているのが微笑ましい。


 ヒジャの乳は癖がある。

 タビーは問題ないが、他の寮生には全く受け付けない者もいた。そもそも乳を

出すヒジャは1頭なので、寮生全員に行き渡るだけの量はない。


「ほらよ」

「ありがとうございます」


 カッシラー教官もタビーと同じくヒジャの乳が好きだ。毎朝、自分で乳搾りに

くる。

 彼女はその時間に合わせて裏庭で待つことになっていた。

 ヒジャの乳が体にいい、と聞いたアロイスの提案だ。

 朝食前に一杯のヒジャ乳を飲む、これがタビーの新しい習慣になった。


「しかし、冷えるなぁ」


 外は雪のため、乳搾りは小屋で行われる。カッシラー教官はアロイスをもう少

し饒舌にした様な人物で、例外的に騎士寮に回されたタビーには甘い。


「そうですね」


 コート代わりのローブと厚手のブーツ、首には毛糸で編んだマフラー。皮の手

袋はライナーのお下がりをもらった。下も着込んでいる、寒さ対策は万全だ。


「どうだ、体調は」

「まぁまぁです」

「そりゃそうか。あんだけ休んだからなぁ」


 カッシラーもヒジャ乳をぐいっと飲み干し、軽く息をつく。

 残った乳は、料理に使われる。最初は寮生達で希望する者が飲んでいたのだが

人数が多く、全員へ行き渡らないので厨房で使う事になった。

 タビーはアロイスの計らいで、特別に許可されたのだ。


「厄介な事になる前に、相談しろよ」


 それだけ言うと、カッシラーは乳を入れた桶を持って出ていく。

 乳を飲みきった後、前の日から準備されていた飼い葉をほぐして、ヒジャに与

える。時間はかかるが、それ程苦ではない。これが今のタビーに与えられた唯一

の仕事だ。


 ヒジャ達が飼い葉を食べ始めるのを確認し、自分の器を取ると外に出た。


 雪は今日も深い。雪かきをしても直ぐに積もってしまうが、放置すると屋根が

落ちることもあり、交代で雪かきをする。

 これも騎士寮だけは自分たちで行うことになっていた。卒業後、騎士団に入れ

ば雪かきの仕事もある。高所作業も含め訓練の一環だ。


 冬でも気の抜ける様な、『べぇぇ』『めぇぇぇ』というヒジャの鳴き声がする。

 寮の屋根では、朝番の寮生達が雪かきを始めていた。命綱はついているが、高

さはそれなりにある。屋根の上に立つ事が出来ず、這い蹲ったまま必死で雪を落

としている者もいた。重い音が、朝の静かな空気に響いている。


 タビーはそれに暫し耳を傾けてから、寮へと戻る道を辿り始めた。


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