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戻ってきたタビーを見たライナーは、どこか辛そうな顔をして彼女を迎え入れ
た。
「おかえり、タビー」
頭を軽く撫でられて、彼女は笑う。うまく笑えてるか自信はなかったが。
「もどりました」
「ライナー、救護室に何人か行かせてくれ」
静養している間に差し入れとして持ち込まれた本、同期生から言付けられた授
業のメモ、寮生達からの差し入れ――――救護室にあるタビーの荷物は、あの家
を出た時よりも多かった。
「わかった」
アロイスの指示に頷き、そしてライナーは思い出した様にタビーの前に屈んだ。
視線を合わせられ、何事かと目を白黒させる彼女の前で、彼はたったひとこと。
「ごめんね」
何が、と思う前に、ライナーは行ってしまった。
タビーの怪我は見学中のものであって、彼が原因ではない。
静養も教官の指示だったし、何よりタビーが退屈しない様に本を積極的に持ち
込んでくれたのも、面会に一番来てくれたのもライナーだ。
「……なんででしょう」
「さぁ」
アロイスは首を傾げる。本当に知らない様だった。
「部屋に戻るか?」
「あ、その前に談話室に顔をだしてもいいですか?」
寮生達にも心配をかけただろう。差し入れも沢山貰ってしまった。
全員はいないだろうが、今いる人たちにだけでもお礼を言いたい。
「体は大丈夫か?」
「はい」
アロイスは頷いた。
久しぶりの寮は懐かしい気さえする。談話室の騒ぎもいつも通りで、なにやら
話している声が漏れ聞こえてきた。
アロイスが扉を開ける。促されて、タビーは中へと一歩踏み入れた。
扉を入って直ぐに視界に入る中央の席。そこの周りだけ何故か誰もいなかった。
「やぁ、タビー」
否。その席を独り占めしている男。
「回復、おめでとう」
彼は、座ってても、くねくねしている。
タビーの頭の中が真っ白になった。
「フリッツ・ヘス。魔術応用専攻1年だ」
アロイスの紹介で、ようやくタビーは己を取り戻した。
家名は初めて聞いた気がする。貴族らしくない、と考えたところで彼が成り上
がりを自称していたことを思い出す。
「あ、あの……」
引きつったタビーに、アロイスは不思議そうな顔をする。
「あの、ここ、騎士寮では……」
「本人の強い希望でな」
強い希望でここまで話が通るのだろうか。
そもそも男爵家といえば、格下だが歴とした貴族である。
いくら首席でも出来る事と出来ない事があるだろう。更に魔術応用専攻であれ
ば、この騎士寮に組み込まれる事すらない筈だった。
「あと、いろいろな政治的事情で」
フリッツはあくまで穏やかにくねくねしていた。
「政治的って……」
「言ってもいいかな。伯爵家と揉めそうだから」
「伯爵家?って」
何となく嫌な予感がする。
「あれ、聞いてないの?」
首を傾げてもくねくねして見えた。これは錯覚なのか、本当に揺れてるのか。
「君を助けたのは、僕だから」
「え……」
炎に巻かれてからの記憶はタビーにはない。教官か誰かが助けてくれたのだと
思っていたが、違う様だ。
「人助けしたのに、お坊ちゃまが色々うるさくて。煩わしいから、ここに移った
んだよね」
「……そのお坊ちゃまって」
アロイスの顔を見上げると頷かれる。保健室に取り巻きと揃ってやってきた、
あの貴族の男なのだろう。
「あ」
「ん?」
「ありがとうございます……」
タビーは頭を下げた。命を落としたかもしれない怪我だ、助けてくれたことに
感謝をする。どこか、腑に落ちないが。
「いい子だねぇ」
指先を組み合わせたフリッツは、平常通りのくねくねさだ。
「貴族寮での揉め事は、親を巻き込むからね。まぁ、格下のウチが身を退いたっ
てことで」
「はぁ……」
半分本当で半分嘘だろう。
嘘、というよりは、間違いなくフリッツの個人的希望で転寮してきたに違いな
い。
ここには、ラーラがいる。
フリッツが一方的に手紙を送り続けるラーラが。
「これからも、どうぞよろしくね。タビー」
彼はあくまでにこやかだった。
今ならわかる、ライナーの謝罪は間違いなくコレだ。
タビーが手紙を押しつけられているのを、どこかで聞いたのだろう。
もしくは、彼女が静養中に既に何かやらかしたのか。
「……」
何故、と言いたい。勘弁して欲しいと思う。これからも、は、遠慮したい。
寮が一緒なら、手紙くらい自分で渡せばいいだろう。
「よ、ろしくお願いします……」
――――長いものには巻かれろ。
自分に残る、どこか日本人的な気質に、タビーは盛大な溜息をついた。




