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「しまった……」
寮生達が戻ってくる気配を感じたタビーは、前掛けを外して呟いた。
スープは出来た。味も問題ない。タビーはもう少し薄い方が好きだが、訓練後
だからこの位が丁度いいだろう。
しかし、作った鍋が大きすぎた。
これを運ぶのは難しい。別の鍋を使って小分けにすべきか悩むが、既に寮生達
は戻りだしている。
エルトの袋に前掛けを突っ込み食堂に駆け込めば、丁度最初に戻ってきた寮生
達と行き会う。
「お、お疲れ様でした」
先頭にいたアロイスに頭を下げる。少し目を丸くした彼は表情を緩め、タビー
の頭に軽く手を置いて応じた。
「あ、あの」
「どうした?」
「夕食は、パンと肉とスープだそうです」
「スープ?珍しいな」
アロイスの言葉に冷や汗が流れる。だが、些末事をあまり深く考えない彼は後
ろを振り向いて、寮生達に鍋を運ぶ様に告げた。
他の寮は区分けされた一つの皿に、決められた分量を入れて渡されるが、騎士
寮は自分自身で盛りつける。
汁物ならお玉で一杯分、肉は3切れ、パンだけは卓上にある分を食べていい。
余れば先着順でおかわりが出来る。
大鍋は3人がかりで運ばれ、肉の隣に置かれた。その間に他の寮生が皿を出し
て積んでいく。
どれだけの訓練をしたのか、全員が泥と汗にまみれていた。手だけは洗った様
だが、中には水を被った者もいるらしく、ぽたぽたと床に水滴が垂れている。
「タビー」
アロイスが手招き、スープ皿を手渡した。そこにはタビーが作ったスープがき
ちんと入っているが、肝心の大麦が全く見えない。
「先輩、スープはかき混ぜてから入れるといいらしいですよ」
「そうか。すまん」
「いえ、私こそ……すみません」
やり直そうとしたアロイスに首を振って彼女は答える。
アロイスはお玉を次の者に渡すと、鍋の傍らに立った。並んだ寮生が肉とスー
プを次々に持って行く。
「先輩は、食べないんですか?」
両手でスープ皿を抱えたタビーは、その大柄な体を見上げる。
「俺は後でいい」
ふらふらして危ない寮生達に声をかけ、場合によっては手伝う。タビーも自分
の皿を傍らの台に置いて、スープをよそう手伝いをした。台所よりは位置が低い
ので、踏み台がなくてもよそえる。
ラーラとイルマもいた。顔は拭った様だが、服のあちらこちらが汚れている。
軽口を叩く気力もないらしく、タビーからスープを受け取ると、危なっかしい
足取りでテーブルについた。
最後はライナーだ。彼もそれなりに疲れてる様だったが、アロイスと並んで汚
れていない方である。お玉一杯分のスープをよそって手渡すと、ライナーはまる
で何か大事なものを受け取るかの様に、恭しい態度で一礼をした。
「早くしろ」
「感謝の気持ちを表してるんだけど」
急かされつつ笑う彼は微笑んでから席につく。
最後にアロイスの分のスープをよそって渡してから、タビーは自分の皿を持っ
た。
「こっちだ」
アロイスに手招かれ、少し離れた所に座る。先に座っていたライナーは、卓上
のパンをちぎってスープに浸していた。
軽く手をあわせてからパンを取る。ライナーの真似をしてスープに浸すと、柔
らかくなって食べやすい。胡椒を利かせたから、疲れていても食は進むだろう。
最初に食事を始めた者達の中には、おかわりをしている者もいた。
疲れているのか、どうにか片付けだけして食堂を出て行く者もいる。それでも
残す者はおらず、タビーのスープも全部無くなった。
通常であれば交代で風呂を使いつつ、勉強時間となるのだが、今日は無理だろ
う。風呂場で寝てしまう者もいそうだ。
「さて、やっちゃおうか」
同じく食べ終えたライナーが腕まくりをする。
「え?」
「片付け。今日は時間外だから、自分たちでやんなきゃね」
「て、手伝います」
タビーは慌てて立ち上がる。自分が勝手にしたことだから、自分で片付けをす
ればいい、と思っていたが、こんな風に遅くなった時には寮生達が片付けをする
らしい。
疲れている所に、自分のした事で余計な負担を増やしてしまった。タビーはそ
んな感情をどうにか押し込める。
「そうしてくれると助かるよ。ありがとう」
食べ終えた皿は、全員が所定の場所で軽く漱いでから出していた。だが、中に
は落としきれない汚れもあるため、きちんと皿洗いをする必要がある。
今日は食器以外に大鍋と、肉を並べていた皿やソースを入れていた器だ。
若干余裕が残っていた者達も手伝いながら、全てを片付けて行く。厨房にはき
れいな水の出る水道もあり、タビーは任された皿洗いをどんどん進めた。
隣にいる寮生が布巾で水を拭き取り、積んでいく皿を他の者が片付ける。
ライナーとアロイスは大鍋を洗い、元の位置に戻した。
(手間を増やしちゃった……)
肉とパンだけだったら、ここまで時間は掛からなかっただろう。スープが増え
た分、アロイス達に面倒をかけてしまったのだ。
(今度何かする時は、ちゃんと考えないと……)
最後の皿を洗い終え、タビーは密かに決意を新たにした。




