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独り暮らしの時、タビーは専らスープを作っていた。
置いておかれる食事にスープは無かったし、多めに作っても次の日に回すこと
が出来る、ある意味万能なものだという考えからだ。
料理に関して、前世の記憶は殆ど無い。
ポテトチップスが美味しかった、とか、プリンやチョコレートケーキが好きだっ
たとか、そんな記憶は色々あるが、作り方や材料は記憶に無かった。
その点、スープは出汁になるものと野菜や豆があればよかったし、味付けも塩
胡椒等で充分である。
大鍋を引っ張り出し、よく洗った大麦と水を入れた。踏み台を買ったのは正解
だ。もし無かったら大鍋のふちギリギリに覗きこむ羽目になっただろう。
火の調節はこちらも簡単だ。家と同じ様に魔力を込めた板を差し込むだけであ
る。
煮込んでいる間に野菜を切りそろえていく。だてに15時間も芋の皮むきをし
ていた訳ではない。切るのは得意だ。
「トマトの方が美味しいと思うけど……」
野菜を大鍋に投入しながら、タビーは呟く。トマトの様な食材はあるが、少
々予算オーバーだったので諦めた。その為、味付けは塩と胡椒である。
とろ火に調節して鍋を覗き込む。
野菜の匂いが強いが、もう少し煮込めば消えていくだろう。野菜が苦手でも食
べられる筈だ。
火が弱いことを再度確認して、今度は食器を用意すべくタビーは食堂へ向かっ
た。
夏の夜は短い。
夕食前であれば、まだ明るいくらいだった。
ヒジャの柵を避けて裏庭に集合した、タビーを除く全寮生は微動だにせず、教
官であるカッシラーへ視線を向けている。
「ちっと狭いな」
柵を見ながら、カッシラーは呟く。その言葉に返す者は当然いない。
「まぁいい。班毎に分かれろ」
並んでいた寮生達は素早く10程の班に分かれる。
「アロイスとライナーは5班ずつまとめて指揮下に置け」
前に進み出た二人の後ろに、5班分の寮生がまとまった。
「10人ずつ、打ち合え。負けた奴は下がる、勝った奴は引き続き相手をする」
教官の指示に、寮生達は逆らわない。
「はじめ!」
鋭い声と同時に、左右から10人ずつ出ていく。訓練用の剣を持って、打ちあ
いが始まった。
刃が潰してあっても、それなりの重さがある訓練用の剣は、打ち所が悪ければ
怪我をする。誰もが手加減をしないため、例え剣が体に当たっても、怪我をしな
い様な当たり方をしなければならない。
今年、騎士専攻に来たばかりの寮生は経験値が少ない。何度か打ち合ったが、
上級生に打ち倒されて終わりである。立ち上がれない者は、先に試合を終えた者
達が引っ張り出す。どんなに持久力があっても、新手と何度も打ち合えば消耗は
激しい。
「相手は牽制をかけてくる、乗るなよ」
ライナーは次に出て行く寮生に助言をしながら空を見た。
日が暮れる。
他の季節に比べれば遅いが、そろそろだろう。周囲が薄暗くなってくる。こう
なると訓練用の剣は非常に見づらい。剣筋を読みながらの戦いは緊張が大きい。
打ちかかるにしても、相手の気配を探りつつのため時間がかかる。
疲れて倒れている寮生に、カッシラーは水をぶっかけた。
「おら、起きろ!後ろへ並べ!」
ふらふらしながら立ち上がった寮生達は、最後尾に付く。そして順番が回って
くれば、力が入らないながらも打ちかかる。
騎士は体力と同じ位持久力が必要だ。
持久力が無いのであれば、死ぬ確率が高い。どうしても持たないのであれば、
それを補う何かが必要である。
タビーが見ればまた悲鳴をあげかねない、と思いつつ、アロイスは剣を持っ
た。普段の大剣から見れば軽すぎる位だ。長さも短い。これを考えずに動けばす
ぐに負けるだろう。
「お願いします!」
並び直した後輩が打ちかかってくるのを、剣で受けた。
――――力が全く入っていない。
既に限界なのだろう、騎士専攻課程に入って半年弱ではこの位だ。成長と同時
に体ができあがっていく途中なのであれば、仕方あるまい。
二、三撃を受け止めて剣を払えば、後輩は地面に転がった。
「次!」
アロイスの鋭い声に、今度は上級生が出てくる。何も言わずに打ちかかってき
たそれを交わし、対峙した。
相手はそれ程間を置かず、再度打ちかかってくる。剣の腹で受け止め、押し返
す。
それでも直ぐに押し込んでくる相手に、何度か剣を合わせる。
だが、何人かと対戦した相手とアロイスでは余裕が違いすぎた。やはり剣で押
されて倒れた相手は悔しそうに後ろへと下がる。
間を置かず、次々と対戦相手をのしていく彼に、ライナーは溜息をついた。
「結局こうなるんだよなぁ」
寮長と副寮長。
騎士課程の首席と次席。
同い年だというのに、追いつこうとすれば引き離される。座学ではライナーが
抜き出ているが、それ以外は叶わない。
悔しいという気持ちはある。
負かしたいという気持ちも。
嫉妬しないではいられない。
だが、それすら凌駕されてしまえば、ただただ追いかけるしかないのだ。
そもそも、自分とアロイスは違いすぎる事をライナーは理解している。
だとしても、諦める必要はない。
何回倒れても、立ち上がればいいだけだ。その結果は、今際の際に判るだろう
が。
訓練用の剣を構えてライナーが出る。
裏庭は既に暗い。
寮生達の気迫に、ヒジャの仔が怯えた様に啼く。
ライナーは夜目が利く方だ。アロイスも同じく。
全く打ち合っていないライナーの方が有利とも言えるが、アロイスの持久力は
驚異的だ。
すっと動いたのは、ライナー。
素早い動きでアロイスの懐に入り、下から斬りつける。
訓練用の剣とは思えない鈍い音、胸の手前でアロイスが受け止めた。返す剣で
胴を薙ぐが、それも躱される。
時間をおかない、素早さはライナーの長所だ。
首筋、腕、頬、脛、次々と打ち込む。いつの間にか周囲の対決は止み、二人の
打ち合う音が響くだけだ。
右手を打ってきたアロイスを咄嗟に防ぐ。
じりじりとした重さ、受け流すには位置が悪い。
ライナーは剣を持つ手に力を込めた。弾くのが上策だが、押し返すだけの力が
勿体なかった。
膝下に力を込める。少し押し返した所で後ろへ飛んだ。
腹立たしいことに、アロイスは動じていない。構え直した彼に苦笑する。
ライナーも剣を構え直した。じりじりと左へ動く。相手も、同様に。
再度懐に入ると見せかけて、右腕を攻める。
渾身の一撃だったが、アロイスは若干揺らいだだけで直ぐに打ち返してきた。
普通なら剣を取り落としてもおかしくない。
――――剣を放したら、負けだ。
何時だったか、アロイスが言っていた事を思い出す。
騎士は武器がなくても戦う術を持っている。体術――――拳や蹴りを使う方法
だ。だが、それは本当に最後の最後である。
「はぁぁぁぁッ!」
アロイスが剣を手放すことはあるまい。ならば、使えなくするしかないだろう。
横薙ぎで右手を狙った。受け止められる、が、直ぐに引いて再度。
「ぐっ」
剣の腹がアロイスの右腕を直撃した。
だが、ほぼ同時にライナーの首元へも剣が当てられる。
「そこまで」
真っ暗になった裏庭に、カッシラー教官の声が響いた。




