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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
踏み出した一歩
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23


 タビーは市場を巡っていた。

 一人で暮らしていたときにある程度の自炊はしていたから、どこに何が売って

いるか判る。


(情けない)


 頭の中で買う物を考えつつ市場を歩く。


(えええええ!しか言っていないじゃない、私)


 なんとかの一つ覚えの様に、ただただ混乱して喚いていただけだった。

 よく見れば、ヒジャの子どもがいることは判っただろうに。


 そのせいで、寮生達は夕食前に訓練だ。

 タビーのせいではない、とアロイスとライナーは口を揃えて言っていたが、ど

う考えても自分のせいだと思う。

 あそこで無闇に叫んだりしなければ、と、後悔するものの既に遅い。


 前世の記憶と経験があっても、全く役に立っていないのは辛かった。


「すみません、大麦ください」

「はいよ、どのくらい?」

「大袋で」


 タビーが銅棒貨を何枚か差し出すと、店の主が大きな袋を出してくる。


「持って行けるかい?運ぼうか?」

「あ、これがあるんで」


 彼女は腰の袋を叩いてみせる。ベルトに通して身につけているのは、エルトの

袋だ。

 商人に取っては必須のもので、大きな物もある程度圧縮し、腐らずに持ち運べ

る。魔術ギルド謹製のこの袋は、様々な魔術を組み合わせているらしいが、詳細

はギルドの秘密とされていた。


「おう、じゃこれな」


 タビーが袋の口を少し開けると大麦は袋のまま吸い込まれる。

「まいど!」

「ありがとう」


 袋の口を閉じれば終わりだ。

 商業ギルドと冒険者ギルドが販売しているこの袋は少々高めではあるが、ある程

度の量を持ち運べる便利なものだ。

 商人や冒険者になったら、まず買う物は馬とエルトの袋、と言われている。ただ

しそれなりに高いため、資金が無ければ買えない。ギルドはそういう者達の為に袋

の貸し出しもしている。


 違うのは、自分で購入した袋であれば自分以外に開けられないが、貸し出される

袋は誰でも開けられる、ということだ。


 この袋を持っていれば物を運ぶのは容易いが、問題も起こりやすい。特に集団で

動いているにも関わらず、一人が利益を独占しようと自身の袋に入れる、という事

は、商人でも冒険者でも頻発する。

 今のところ、問題を起こした場合にはギルドへの出入りを禁止する、ということ

で収まっているが、表沙汰にならないものはいくらでもあった。



 タビーの買い出しは、そろそろ終わりに近づいている。

 必要なものを買いそろえ、最後に小さな踏み台を一つ買った。食料と一緒にした

くないので、これは手で持っていく。


「もう一つくらい欲しいかな」


 彼女のもつエルトの袋は2つ、1つは食料品等を入れるもの、もう1つはお金や

物を入れるものである。

 今はまだいいが、魔術応用専攻に入れたらもう一つは欲しい。実習中の採集に使

いたい。

 と言っても、今持っている2つですら節約に節約を重ねて買ったもの。学院生に

なり、授業があるときは仕事が出来ないタビーに、3つめの袋は手が届かない。


「外に出ないと駄目かなぁ」


 代筆屋や計算仕事の給金はそれなりだが、王都外に出ての薬草採取等は短時間で

効率よく稼げる。授業が終わった後の時間だけでもずいぶんと違う筈だ。


「何かいい内職があればなぁ」


 前世には封筒を作ったり、音声を書き起こしたりと色々な在宅仕事があったが、

こちらでは見かけない。そもそも封筒を使うのは、特別な手紙だけだ。紙を丸めて

封印するのが常である。

 最も、前世の封筒内職は何かで見ただけで、本当にあったのかは判らないが。


 タビーは踏み台を抱えて溜息をつくと、学院への道を歩き出した。






 学院にある4つの寮は、それぞれ食堂を持っている。

 学院生は朝夕を寮で、昼を学院の食堂で食べるのが普通だ。

 寮や学院の食堂にいる調理担当は通いで、夏期休暇中は交代で休みつつ希望があ

れば昼も作る。

 味的にはどの寮も差が無い様に作られているが、学費以外に食事代を別途支払う

貴族専用の寮だけは内容も材料も他とは違っていた。

 違うという意味では、騎士寮も同様である。こちらは肉中心で量多め、濃いめの

味付けだ。


「本当に一人で大丈夫かい?」

 その騎士寮の食事を作る厨房に、タビーはいた。

「はい。あの、これを置いてもいいでしょうか」

 腕に抱えた踏み台を見せると、厨房にいる面々は顔を見合わせる。

「そりゃ構わないけど」

「一人で大丈夫か?俺たちでも大変なんだぞ」

 騎士寮の厨房を担当するのは男女合わせて6人。片付けを寮生が手伝ってくれる

からこれで回しているが、実習等で弁当が必要だったりすると他から応援を呼ぶ程

だ。

「大丈夫です。あの、鍋とか道具は……」

「そりゃ構わんよ」

「片付けだけは頼むよ。明日の朝、使えないとかは困るからね」

「はい、ちゃんと片付けます」

 タビーの申し出に厨房の面々は頷く。

「じゃ、構わないけど。怪我なんかしない様にね」

 今日は夕食前に訓練があるため、作り置きの食事となる。

 パンに良く火を通した肉、味付け用のソースと小さな果物が一つずつだ。


 時間になったため、厨房の面々は気にしつつも帰っていく。

 全員が訓練に出てしまった騎士寮は静かだ。


「よし、やるか」


 両手でパンと頬を叩き、タビーは前掛けを取り出した。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] こちらでは見かけない。そもそも封筒を使うのは、特別な手紙だけだ。紙を丸めて 封印するのが常である。  最(尤)も、前世の封筒内職は何かで見ただけで、本当にあったのかは判らないが。 強…
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