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試験の結果は上出来だった。
一部で点数を落としたが、総合では首席。4ヶ月後にある特待生の査定に通る
ためには、このままを維持したいところである。
上機嫌で寮に戻ってきたタビーは、久しぶりにざわついている寮の中を歩く。
談話室に顔を出すと、珍しくアロイスがいた。
「おかえり、タビー」
誰かがいれば声を掛けて貰える。長く一人だったタビーには、それが嬉しい。
「ただいま」
「試験頑張ったな」
成績は学年毎に貼り出される。それを見たのだろう。
「ありがとうございます」
わざわざ空けて貰った一人がけのソファに座る。
「先輩は、実習ですか?」
「ああ、もう少ししたら出る」
アロイスが端的に答えた。
騎士専攻では、実習があり、訓練場で打ちあいをしたり、体力作りをする他に
王都外へ行ったりもする。
様々な実習があり、今日はそのうちの一つである夜間教練の実習だ。
「まぁ、明日の朝には帰ってくるから。大丈夫だよ」
同じく学院から戻ってきたライナーが会話に加わった。
「でも、今回はちょいしんどいかも」
「そうなんですか?」
「一晩中、隊列組んで歩いて走って這い回って、の繰り返しだから」
「……」
騎士と言えば、馬に颯爽と乗っている印象しかない。以前王都で見かけた騎士
も基本的には馬に乗っていた。祭り等の混み合う時は徒歩だったが、それもあま
り見かけなかった気がする。
「戸締まりだけはしっかりしておけ」
「はい」
今回の教練は、騎士専攻全員で行うらしい。ということは、騎士寮にはタビー
一人となる。
「あの」
「ん?」
「這い回ったり、って、貴族の方もするんですか?」
「するんじゃないの?」
ライナーはにんまりと笑う。
「どんなに嫌でも、やらなきゃ成績にはならないしね」
「欠席とか、見学とか……」
「骨折くらいすれば見学になるかな」
「いや、ないな。カイの奴、腕の骨がいってる状態で参加してたぞ」
「あいつはちょっと痛みに鈍いから」
笑い声が響く。
「とにかく、あまり外に出ない様に。物騒だからな」
「はい」
小さな子どもに言い聞かせる様なアロイスの言葉に神妙に頷く。
「あ、そうだ」
ライナーが思い出した様に袋を取り出した。
「タビー、これ夕食ね」
「え?」
「だって今日は食堂開かないから」
「あ……」
タビーを除く全員がいないのだから、確かに食堂は開かない。試験で頭が一杯
だったせいか、思いつかなかった。
「ありがとうございます」
「うん、良い子でお留守番しててね」
こちらもまた子どもに聞かせる様な物言いだ。思わず笑ってしまう。
「はい、部屋から出ません」
「うん、そうしてね……さて、行こうか」
ライナーの声に、その場にいた全員が立ち上がる。
「いってらっしゃい」
かたん、と音がした。
耳を澄ますが、それ以上の音は聞こえない。念のため、窓の鍵を確認して日よ
け代わりの布を降ろす。入口は鎖付きの錠前だが、これも改めてしまっているこ
とを確かめた。
騎士寮の夜は早い。
一日中しごかれた彼らは、寮に戻れば食事、風呂、寝る、だけだ。今日の様に
談話室に集まる事も珍しい。
そのため元々夜は静かだが、今日は何時にもまして静かな気がする。
外に出るな、と言われたが、頼まれても出たくない。寮内ですら歩きたくない
と思う。
返された試験の見直しをしてから全て片付ける。今日はもう終わりにしよう、
そう思いながらベッドに入った。




