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タビーは特待生であるが、教官達の扱いは変わらない。
むしろ特待生であるが故に、何でも出来ると思われている節がある。
そのせいか、同期生に馴染むのに多少時間がかかった。最近、ようやく勉強
会やお昼に誘われる事が増えて来た位だ。
こうなるまでに2ヶ月もかかっている。
多少同情的なのは、フリッツの事があるからだろう。特待生だからと色眼鏡
で見る同期生は、幸いいなかった。
「ペーター、今の部分を訳しなさい」
「はい」
立ち上がって教本を訳す声に、タビーは耳を傾ける。共通語ではなく、ダー
フィトに伝わる古い言語だ。今でも儀礼に使われる事があり、基礎教育で必須
となっている。
この言語は前世で学んだ英語に近い文法で、タビーに取っては共通語よりも
取っつきやすい言語でもある。魔術では特に重要とされる為、これはタビーの
将来にとって有利だ。
『馬鹿らしい』
昨日ラーラに渡した手紙は、開封されることなく握りつぶされた。今日はゴ
ミ回収の日だから、おそらく燃やされておしまいだろう。
名前の件についても恐る恐る聞いてみたが、鼻であしらわれた。
『タビー、こういうのは断っていいんだよ』
気をつかったのか、同席していたイルマが声をかけてくれたのが救いだ。
ラーラはフリッツをどうでもいい存在と思っている様だった。
少なくとも今は、騎士になる事しか頭にないのだろう。
「次、タビー。訳しなさい」
「はい」
昨日の事を考えつつ、タビーは立ち上がった。幸い、予習はしてあるから訳
文だけであれば問題ない。淀みなく答えていく。
「結構。では次に……」
席に座り、少し溜息をついた。
この世界は1ヶ月が29日、1年が13ヶ月である。
1週間は7日、月末最終週だけ1日多く、各種試験や実習はその日に当てら
れる事が多い。
試験まであと2日だ。特待生であり続けるためにも、勉強は欠かせない。
「その為、この文章はここにかかっ……ヒッ!」
教壇で目を丸くした教官に、生徒全員が視線の先を振り向く。
「……」
ドアの隙間から、中をじっと覗いている生徒が一人――――フリッツだ。
教室内にいる全員が固まったまま見つめる中で、終業の鐘が鳴った。
いつもくねくねしているフリッツは、今日もくねくねしていた。
くねくね、としか表現できないのだが、何と言えばいいのだろう。女性的な動
きとでも言えばいいのか。
否、くねくねはやはりくねくねでしかない。
どこか達観した様な心持ちで、タビーはフリッツを見上げた。
教官は授業終了を口に出していなかったが、終業の鐘が鳴った瞬間、彼は何も
言わずに入ってきたのだ。
「タビー、返事を聞かせてほしいな」
傍目から聞けば、フリッツが彼女に告白している様に見えるだろう。幸い、こ
の組にはそんな解釈をする間抜けはいない。
「ダメでした」
実際にはいいともダメとも言われていないが、ラーラのあの態度を見れば、了
承する訳が無い。
「やっぱり」
だが断られたというのに、フリッツはどこか嬉しげだ。
「断られると思ってたんだ。彼女の特別になっていないのに、名前を呼ぶなんて、
ありえないよね」
「はぁ」
だったら聞くなと言いたいが言えない。
「仕方ないから、結婚するまでの楽しみにしておこう」
「へ?」
間抜けな声が出てしまったのは、許されるだろう。
例え相手がお貴族様であったとしても。
「今は、僕の手紙を読んでくれるだけで幸せなんだ」
「……読んでないかもしれないですよ」
実際には『かもしれない』ではなく『読んでいない』だが。
「そう?でも渡してくれたんだよね」
「ええ、まぁ……」
渡した事は渡したが、開封はされていない。それを口にするのは憚られた。
「じゃぁ、大丈夫」
満面の笑みを浮かべたフリッツに、タビーは思わず立ち上がる。
これは、間違いなく、来る――――。
「ラーラが触ってくれるだけでも、満足なんだから」
逃げられなかった。背中を悪寒が走り、体中に鳥肌が浮かんだ気がする。
やはり逃げ損ねた同期生達も、顔を引きつらせていた。10歳の新入生とはい
え、彼がどれだけ吹っ飛んでいる思考か位は判る。
「この前の手紙はね、枕の下に三日三晩いれてたんだ」
どこか嬉しそうな顔をしているフリッツは、どう見ても危険人物だ。
「今度は一週間入れてみようと思うんだ、どうかな」
やめた方がいいです、と、言いたい。
というよりも、そんな重すぎる手紙は自分で渡して欲しい。
「ふ、普通が一番、いいと……」
絞り出す様にタビーは呟く。
「そう?便せん1枚ごとにキスするくらいでいいのかな?」
もう無理だ、と彼女は天井を見上げる。
救いようが無い人間というのは、実際にいるのだ。
だから。
「……封筒には、何もしない方がいいと思います」
タビーはそう呟くしか出来なかった。




