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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 宿舎から出たタビーと王女は周囲を見回した。

 宿舎周りは特に何も無い。だが、外にいると何かが焦げる臭いがする。

「どこかで、火を焚いてるだけかもしれませんが」

「……」

 王女は心細いのか、タビーの腕を掴んでいた。大人びて見えてもまだ12歳だ

という事を思い出す。

「殿下、大丈夫です」

 無言で頷く王女に、タビーは注意深く進むことにした。

 シュタイン公は将軍でもある。何かあっても最前線に行く事はないだろう。普

通なら、後方待機で指示をしている筈だ。

 中庭を抜けると、放牧場が見えてくる。今は馬が一頭もいない。


 騎士団の入口や様々な建物があるのは東側だ。ここからは少し歩く。

「殿下、大丈夫ですか?」

「ええ」

 何かが起こっているのだろう。ただの火事なのか、それ以外なのか。

 時折聞こえる大きな音に、不安をかきたてられる。


 タビーは杖を構えたまま、少しずつ前に進み始めた。



「門を崩せ!」


 近衛の指揮に応じて丸太を運んで来たのは傭兵達だった。

 近衛騎士達は何もせず、馬に乗ったまま門を開けるのを待つだけだ。汚れ仕事

や負担の大きい戦いはしない。そういうものは傭兵や冒険者達に依頼するのが普

通だ。


『せーのッ!!』


 傭兵達は高額な報酬で雇われている。強奪等は禁止されているが、それを補っ

て余りあるほどの報酬だ。目の色が違う。


 大きな音が響く。だが、門はびくともしない。


「馬鹿ですか、あの人達は」

 戦いの場にそぐわない穏やかな表情をした男が、呆れた様に下を見下ろしてい

る。

「馬鹿が斬れる剣を持っていても面倒だろう」

「はぁ、だからって丸太で開けられる様な門じゃないって、判ると思うんですけ

どねぇ」

 暢気そうな声音で、男は呟く。

「それより、どうします?閣下」

「何がだ、アプト」

「小さい門、塞いじゃったんで。また新しくしないといけませんねぇ」

 巨大な門の側に、小さい出入口がある。騎士が業務で出入りするときに使うが

外部からの攻撃には弱いため、既に固められていた。煉瓦を重ねる時に使う接着

剤を隙間に埋め込んだ後、更に木材が打ち付けられている。それを強固にすべく

騎士達が作業をしていた。

「近衛に出させる」

「出してくれますかねぇ」

 暢気そうな声に、シュタイン公は応えなかった。相変わらず何度も門に丸太を

打ち付けている傭兵達を見下ろす。

「……閣下、火矢です」

 一部の傭兵達が弓矢を構えていた。松脂の焦げる臭いがする。

「消化準備、急げ!」

 急かしてはいるものの、どこか暢気に聞こえる声。


 シュタイン公は何も言わずに近衛を見下ろしたままだ。ディヴァイン公と王子

は後ろに下がっている。その二人の姿を捜すかの様に、彼は微動だにしない。

 撃ち込まれた火矢は直ぐに消し止められる。攻められた時の事を考えて、門や

外壁の側は全て剥き出しの土だ。素早く踏み、土をかけて消していく。

「近衛に魔術師がいなくてよかったですねぇ」

 魔術を使われれば、戦況は一気に変わる。攻撃魔術を奥に撃ち込まれれば、騎

士団の被害は甚大だ。騎士団所属の魔術師はいるが、今はまだ使う時ではないと

判断されている。彼らは後方支援や他の出入口を防御していた。


「ヘスがいてくれれば、もうちょっと効果的にやれたと思うんですが」

「……籤引き」

「よくご存知で」

 アプトと呼ばれた男は笑う。今が戦いの場だとはとても思えない物言いだ。

 丸太を抱えた傭兵達が一旦さがる。弓矢を持った傭兵達が門に向かって火矢を

放ち始めた。

「……燃えると思ってるんですかね」

 騎士団の門は巨大なだけではない。その材質は騎士団領の限られた場所で採掘

される金属で出来ている。火にも衝撃にも強い。案の定、火矢は刺さることもな

く門に当たって落ちた。


「シュタイン公を狙え!」


 後ろで控えていた近衛が、痺れを切らした様に叫ぶ。

「閣下、狙われています」

 アプトは飛んできた弓を避けつつ、口にする。至近距離からの弓は正確にシュ

タイン公を狙うが、それは全て寸前で弾かれた。

「防御魔術か……ッ!」

 近衛騎士の言葉に、しゃがみ込んで矢を避けているアプトは溜息をつく。

「一番偉い人が無防備とか、あり得ないって」

「火は消えたか」

 しゃがみこんだまま反転したアプトは、周囲を見回す。撃ち込まれた火矢はす

べて消されていた。ただ、焦げくさい臭いがするだけだ。

「消えました」

 取りあえず騎士団正門付近は問題ない。あとは他の門が気になるが、そこでは

参謀格もしくは副将軍格が指揮を執っている。無謀ともヤケとも見える将軍がい

ないだけ、状況はマシだろう。

「……って」

 後ろを見回していたアプトは、絶句した。

「か、か、かかか閣下」

「なんだ」

「殿下が……」

 その言葉に、シュタイン公は振り向く。

 門からそれ程離れていない騎士団の建物の側に、見覚えのある姿があった。

「……馬鹿な」

 シュタイン公の呟きから、アプトは彼女達の行動が公の思惑通りでないことを

察する。

「殿下……」



 将軍という地位は、騎士団の最上位だ。近衛騎士でも同様で、ディヴァイン公

も将軍と呼ばれている。

 その最高位である将軍が、何故最前線の、しかも標的になりやすい見張り台に

などいるのか、タビーには理解できなかった。


「殿下、下がりましょう」

 戦いの場を見て、立ちすくんだ王女にタビーは声をかける。忙しそうに行き来

する騎士の話を漏れ聞いて、シュタイン公が正門にいると判ったが、まさかそれ

が本当だとは思わなかった。代理の誰かがいるだけだと考えていたのだ。

「……」

 見張り台に立っていたシュタイン公は、そこから降りてきた。周囲の騎士達は

彼が来たからといって、行動を止めたりしない。矢や木材が運ばれ、次々と陣地

を構築していく。

「ここで、何をしている」

 立ちすくむ二人に大股で歩み寄ったシュタイン公は、低い声で問う。

「あ、あの、焦げ臭かったので……」

 タビーが王女の前に立った。

「近衛が来ているだけだ、大事ない。戻れ」

「近衛?」

 タビーの後ろから声が上がる。タビーを抑え、王女はゆっくりと一歩を踏み出

す。

「義兄様ですか?」

 彼女の問いかけに、シュタイン公は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「なぜ、こんなことに」

「殿下が知る必要のない事だ」

「シュタイン将軍」

 王女の目が煌めく。

「戦ってはなりません。誤解なのです」

「何の誤解と?」

 彼は王女の言葉を気にも掛けない。

「そ、それは……」

「事は単純、近衛が攻めてきて、我らが応戦している」

 再び、門が巨大な音を立てた。王女の肩がびくりと震える。

 かけ声と、巨大な音の繰り返し。弓矢の攻撃は収まったが、門への攻撃は前よ

りも激しかった。

 王女達の横を、巨大な柵を持った騎士達が走って行く。彼らは門の側にその柵

を並べて固定し始めた。万が一、門が開いた時の防御柵なのだろう。斜めにかけ

られた木は先端が尖っている。さらにその周りへ、槍を持った騎士が集まり始め

た。

「シュタイン将軍、戦いを今すぐやめなさい」

 震えながら告げる王女に、シュタイン公は何も言わない。タビーも沈黙した。

 王女の考えは判るが、戦いを止めるということは戦いを始めるよりも難しいの

だ。

「将軍!」

「防御陣、構え!」

 彼は王女の呼びかけを完全に無視した。

「殿下、ここは危険です。もう少し後ろに……」

 タビーが言いかける。


 その瞬間、王女は駆けだした。


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