5.婚約成立
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翌朝。ラキの『ディートリヒとの婚約は白紙になるんじゃないか』という予想は、見事に外れることとなった。
「ラキィィィッ! カムグロス侯爵家からまた手紙が届いたよぉぉっ!」
慌てた様子でラキの部屋に飛び込んできたマルクの手には、求婚状と同じく豪華絢爛な封筒が握られていた。
ラキが受け取って封を開けると、手紙にはこう記されていた。
『ハネスト男爵家との取り決めに基づき、ラキ・ハネスト男爵令息をディートリヒの正式な婚約者として認める』
「……マジで?」
ラキは目を丸くした。
昨日、あんなに嫌そうな顔をして『貴様を愛するつもりはない』やら『お飾りの正妻でいろ』などと吐き捨てていたディートリヒがラキとの婚約を受け入れたのだ。
(もしかして、ディートリヒ様って父親には逆らえないタイプなのかな? それとも、条件をオッケーした俺を扱いやすい奴とか思ったのかな?)
いずれにせよ、ラキとディートリヒの婚約が成立したことでハネスト男爵家の多額の借金はカムグロス侯爵家によって完済されることが確定した。
ハネスト男爵家は全財産も家名も邸宅も失わずに済み、ラキとマルクが路頭に迷うこともなくなって一安心である。
ラキが手紙を読み進めると、婚約にあたっての細かい特記事項も記載されていた。
一、婚約期間中、ラキ・ハネスト男爵令息は引き続きハネスト男爵邸にて生活することを認める。
一、婚約期間中も、ラキ・ハネスト男爵令息はしかるべき貴族としての義務を果たし、学園へ通学し卒業すること。
一、結婚式はラキ・ハネスト男爵令息が学園を卒業後に執り行う。
「あっ! 退学するの忘れてた!」
「たっ、退学ぅっ!?」
「だってさぁ、うちが没落したら学費なんて払えないし、俺も働かなきゃいけないから退学届出そうと思ってたんだよね。最近、トラブル対応とかで全然行けてなかったし」
「ダメだよっ、退学なんて! ラキがあんまり学園に行けてなかったのは、僕が不甲斐ないせいなんだから! カムグロス侯爵家が借金を完済してくれるから、学費の心配もいらないし退学なんてしなくていいんだからね!?」
マルクが必死にラキを説得する。
「えぇ~……」
ラキはあからさまに嫌そうな顔をした。
マルクや実家が大事なラキにとって、学園は行っても行かなくても良い場所である。
同年代の貴族同士のねちねちした交流を見るのは色々と知れるので嫌いではないが、ラキは実家のトラブルを一つでも多く解決するのが最優先だった。
「学園かぁ……。せっかく“お飾りの正妻”として衣食住が保障されたっていうのに卒業まで通わなきゃいけないのかぁ……」
「贅沢な悩みを言い出さないでくれよ!? ディートリヒ様の婚約者として学園に通うんだよ? ものすごい名誉なんだからね!?」
「名誉ねぇ……。絶対、周りから好奇の目で見られそうだけど」
ラキはため息を吐いた。
「まっ、なんとかなるでしょ」
「本当にラキは動じないねぇ……」
いつも通りのラキを見て、マルクは苦笑する。
「だって、無事に婚約も決まったし、うちの借金も何とかなるし」
ラキは窓の外へ目を向けた。
「それに……ディートリヒ様がなんで俺との婚約を受け入れたのかも気になるし」
そこだけはどう考えても答えは出ず、ラキは腑に落ちなかった。
「学園に行けば、本人に聞けるチャンスがあるかもね」
「聞くの!?」
「うん」
「ちなみになんて聞く気だい?」
「『ディートリヒ様って俺のこと嫌いなんじゃなかったんですか?』って」
「お願いだから、もう少し遠回しに聞いてあげてくれないかなぁ!?」
「えっ、だめ?」
「いや、それはラキに任せるよ……。学園ではちゃんと勉強してくるんだよ?」
「わかったわかった。とりあえず明日から行くとして、久々の登校だし、制服にカビとか生えてないか確認するね。父さん、借金が完済されるからって無茶しないでよ」
「うん、分かったよ」
こうして、実家の没落寸前を免れたラキは、休みがちの学園へ通うことになったのだった。
「はぁ……」
ラキの部屋を出たマルクは深々とため息を吐いた。
「心臓がいくつあっても足りないよ……。でも、これで良かったんだよね……?」
マルクは多額の借金の完済と引き換えに、一人息子であるラキをカムグロス侯爵家へ嫁がせることになった。
借金返済に猶予がなく、ラキもあっけらかんとしているが、もっと他に方法がなかったのかと考えてしまう。
ハネスト男爵家が守られた安堵と、新たな不安が入り混じるマルクだった。
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