エピローグ
「トゥ! トゥルー・ハート。一人で遠くに行くな」
イリスがとある海賊港で大きな声で養女の名前を呼ぶと、一人の海賊らしい男が足をとめて振り返った。
「トゥルー・ハート」
そう呟いて懐かしそうにイリスの養女を見た。
「何か?」
不機嫌にイリスが問い返すと、年のいった海賊は首を横に振った。
「失礼。俺のとてもよく知る、蘭に似た女の名前だったものでね。つい」
その海賊は若い下っ端から手紙を受け取ってその場で中を開いた。中には数枚の紙切れが入っている。
結局、見られたくないものは、紙で伝達することが一番安全なのだ。
イリスは恋人が名前をつけてくれた娘を抱き上げた。相変わらず表情は乏しいが、頬がふっくらとしてきた。大量生産された幼児服が似合う腕や太股の丸みだ。
男は顔を上げて、側にいるイリスを見た。
「ああ、これは息子からの手紙なんだ。毎週くれてね。だから毎週、ここまで取りに来ている」
誇らしそうに言う。
イリスは男の思考の中に恋人の姿を見た。
「あ」
イリスは驚いた。立ち去ろうとした男を捕まえて、今度は自分から喋りかけた。
男は二言三言喋ると、とても驚いた顔をした。
養い親からほったらかしにされたトゥルー・ハートは物陰にいるシルバーブルーの大きな兎を見つけて、それに近づいた。
綺麗な毛皮を撫でようと伸ばした手に、兎は何かを吐き出した。
独特の蒼い輝き。角度によっては透明に、角度によっては深い海の色に変わるそれ。
その兎の愁いた瞳から、檻の中の花が折れたことを、彼女だけは悟った。
おしまいー
これは、「現世の一滴」「風俗枠ですから」の世界観の根底にあります。
月都市シリーズっていうのが、ほぼ紙のノートに書きなぐって存在して、どこにやってしまいましたが。
まあ、こんな20年前の物語にお付き合い、感謝ですー




