ようやくですとさ
全身に走るのは、痛みとか言う概念ではなく乖離感。
肉体と精神が、精神と意識が。それぞれから離れようとする、一種の自衛。
そうしなければ平常を保てない、と。手放さなければ発狂するぞ、という、本能からの信号。
けれども、ここで手を離せば後に待つのはヴァーユによる蹂躙。
抵抗しない俺をいいように弄び、絶命させるだろう。
だから……意識を手放さない。
(ツキ……可能な限り回復を)
(やってるの!! けど、完全には回復出来ないの!)
(シズ! 何とかして風の威力削げねぇか!?)
(それもやっています! ですが、私ではヴァーユ様に対抗することは難しくて……)
(トゥオン!)
(可能な限り喰ってますって!! けど、流石に無理っす!!)
『降魔』中の三体はそれぞれが出来うる限りの手を施しており。
それでも一向に軽減できないヴァーユの風魔法を前に、膝が折れる。
やっぱ、無理だったか……?
それはつまり、心が折れたという事で。
俺の持ってる手札では、やはり勝利は出来なかったという事で。
心が折れたことで――かは分からないが、タイミング悪く『降魔』が解除されてしまい。
精神世界に取り残された人間の俺は、身動き一つとれなくなって。
「まぁ、頑張ったんじゃない? ただの人間にしては、大健闘だと思うよ?」
なおも隣に佇むヴァーユから、慰めの言葉を頂いて。
「ん……じゃあね」
次いで、お別れの言葉を受け取って、次なる一撃を甘んじて受け入れた。
「――メルヴィ・フェニックス。汝の内、に、宿りて、我の力を……授ける!」
しかし、俺が感じたのは風によってボコられる感覚ではなく。
温もりに包まれ、気が付けば全身の痛みさえも癒えていて。
驚愕に目を見開くヴァーユの表情を確認すると、その顔面へと火が灯る。
「ちょっ!? フェニックスとか聞いてないんですけど!?」
顔面が燃えた事よりも、メルヴィが明かした精霊としての名前の方を信じられないと口走るヴァーユ。
「なんであんたが鎧なんかに閉じ込められてるのよ!!」
「全部、あの方の、指示」
ヴァーユとメルヴィ。二人にしかわからぬ会話を俺の口を介して発しながら、メルヴィは容赦なくヴァーユの体の至る所に炎を出現させ。
それを回避しようと風に溶け込むヴァーユへと、シズは風の道を作り出し。
その風の道に沿って炎を這わせれば――ついにヴァーユを炎が捕らえた。
「ほんっとに!! 冗談じゃない!!」
明らかな怒りの表情をあらわにし、必殺の風の剛砲を放ってくるが。
(兄さま、任せて)
というメルヴィの言葉を信じて体の操作権を預け身を委ねると、その剛砲の直撃をもらい。
はっきりとした意識の中で、千切れて吹き飛ぶ四肢の行方を見守って。
その千切れた四肢が、突如として燃え、灰になって風に舞う。
そして、事態を認識するよりも早く、俺に新たな四肢が生えてきて。気が付けばいつの間にか五体満足の状態へと元通り。
……何がどうなってるんだ?
(私の、能力。再生と、復活。どんな状態でも、炎の中から、復活、できる。……そして、自身が、炎に、なれる)
メルヴィの今一ピンとこない説明を受け、とりあえず回復というか、自己蘇生の能力なんだとぼんやり把握。
だったら今までに有効な場面ばっかりだっただろうに、どうして『降魔』してくれなかったかと考えてしまうが。
(この、能力、負担、大きすぎ。普通の、人間だと、発動した瞬間、死ぬ)
なんて解説が飛んできて。
(今、兄さま、エリクサー、飲んだ。……普通じゃ、なくなった)
今『降魔』することを認めた理由の一端を、教えてくれる。
まぁ、だったら手合わせし始めた時からやっててくれてよかったはず、とか。
そもそも俺が心折られた時じゃなくてもよかったはず、とか。
言いたいことはあるんだけどさ。ともあれこうして生きているわけで。
だったら先に言うべきは、
(助かった、メルヴィ。ありがとう)
(――ッ!? 別に……死なれたら、困る、だけ)
恐らく選択は間違えてなかった筈だが、それからメルヴィの口数は一気に減ってしまい。
何度も襲ってくるヴァーユの剛砲を、真正面から発射元へと移動を開始。
途中で喰らってもダメージもなく即時復活。ぶっちゃけ、さっきまでの応酬は何だったんだと笑いたくなるほど呆気なく。
ヴァーユのあらゆる攻撃を、面白いように無効化していく。
(旦那、言っときますけど、相手がヴァーユだからこうして楽なんですからね?)
(そうなのか?)
(さっき言ったでしょう、風がどんだけ吹こうが火は消えないんすよ。逆に水属性の攻撃喰らえば、こんな即時回復出来ないはずっすからね?)
(やっぱ露骨に相性あるんだな)
調子に乗っているとでも思われたか、トゥオンから戒めの様な言葉を言われ。
俺が思っている以上に、属性相性が大事なんだと実感する。
そうなると余計になんで最初から『降魔』してくれなかったのかが気になるわけだが……。
(言いたくない。……でも、死なれたら、困る)
との事らしい。
まぁ、こうして死んではいないどころか相性的に優位に立ててるっぽいし。
このままヴァーユを追い詰めようかと考えた時。
俺の視界を、凍るような闇が――覆った。




