覚悟しましたとさ
ていうか、露骨に炎を回避したな。何かあるのか?
「まぁ、普通に風属性に有利な属性っすからね、炎って」
「どんなに吹いても火は消えず。むしろ勢いを増しますから」
「ってことは実はメルヴィがヴァーユ討伐の鍵だったりする?」
「実はも何も、それが一番手っ取り早いを思いますぜ?」
思い付きで言った言葉はトゥオンに肯定され、だったら『降魔』してくれたら手っ取り早いとは思うが。
まぁ、本人? が乗り気じゃないなら構いやしないさ。
持ってる手札でやれるだけやるだけだ。
「これ、くらいなら……手伝える」
しかし、そうしてメルヴィを極力頼らないようにと考えた時、メルヴィが人型で具現化した。
久方ぶりに見る具現化したメルヴィは、俺の記憶が正しければ服装が変わっている。
前は何と言うか、ゴロツキちっくな布装備だったはずだ。
それが今じゃあ深紅の鎧を着こんだお姫様……ではないな。流石に見た目の年齢が幼過ぎる。
とはいえ、深紅の鎧に青い髪。髪の間から覗く黒い瞳は高貴な雰囲気を纏っている。
身長小さいし幼いけど。
「いきなり具現化してどうしたんだ?」
「だから、兄さまの、手伝い」
そう言ってメルヴィはヴァーユを見据えると――、
「あ、それは勘弁」
瞬時に風へと溶け込んだヴァーユに一歩足りず。
それまでヴァーユの居た空間を炎が焦がす。
「お前、カウンター以外で炎出せたのか」
「これ、凄く……疲れる。けど、やる」
鎧に打撃を受けた時だけ炎で反撃。これがメルヴィの普段だったはずだが、どうやら具現化すれば任意で炎を出せるらしい。
……いや、出せるってか発生だな。手とかから放ってるわけじゃないし。
「助かる。じゃあメルヴィはトゥオンと合わせてヴァーユを追い詰めてくれ。んで、どうせこの辺からヴァーユがなんかしてくるから全員注意な!」
「一番注意しなきゃいけないのは旦那っすけどね。あっしらは基本的に消滅しないんで」
「相棒ー、そろそろ『降魔』重ねろよー。疎外感が凄いんだよー」
「風そのもののヴァーユ様に打撃は効きませんので我慢しててくださいね」
まぁ賑やかな事この上ないが、当のヴァーユはどこに消えたか。
シズがデバフの乗った風を撒いて索敵兼けん制兼嫌がらせをしてくれているが、どうにも引っかからないみたいだし。
滅茶苦茶に遠くまで逃げたか、あるいはシズにすら探知できない何かを行ったか……。
なんて考えていた時である。
「――っ!!? ご主人様!! 避けて!!」
いきなりの体の操作権奪取。からの横っ飛びして風に溶けて上へと退避。
あまりの突然さに何事かと思ったが、直後にそれまで俺の居た空間を薙ぎ払った突風の大砲とでも言うべき剛砲で、ぼんやりと理解する。
ヴァーユが超長距離から風を弾丸に俺たちを狙撃してきたのだ。
不可視の風を、どれほどの威力かは知らないが、そよ風程度で呼吸が止まる寸前の打撃に等しい威力だったことを加味すれば、四肢が千切れ飛んでも不思議ではない威力で。
しかも範囲は俺一人とかそんな生易しいものじゃなく、冗談抜きで森とかを覆える程度の範囲があった。
シズの能力で風に溶け込めていなければ回避すら出来ていない。
そして――、
「まだ来ます!!」
当然の権利というか、風を司るのだから風に関しては縛りが無いというか。
無慈悲な連射をこちらに向けて撃ってくるわけで。
大きく避けたその先に――というか恐らく全方位にやたらめったらにぶっ放してるのだろう。
息をつく暇も与えられず、ただひたすらに回避へと全行動を強制され。
背筋に走った悪寒と、最悪のイメージが合わさった瞬間……。
「ハロー。元気ー?」
自らの放った剛砲に乗って、俺の目の前へと現れたヴァーユは、余裕綽々に手を振り振り。
しかもそれが俺が――というかシズが回避を決めた方向の先に出てきたのだからどうしようもなく。
出来た事は、刹那ほどの時間に可能な限りのデバフを撒く事。
これで生存確率が僅かでも上がれば……なんて淡い思いを胸に抱き。
「《神風》『神が下す結末』」
頭上から直下する剛砲の直撃を――受けざるを得なかった。
*
「にしても、ケイスはどこに行ったのよ~」
「あ~……知らんのじゃ。急に消えおったからの」
正気に戻った五人はどうやら操られていた時の記憶があるらしく。
本気で自分を殺そうとしていたケイスをぶん殴ると息巻くアイナであったが、当のケイス本人がヴァーユに呼ばれて精神世界に行ったのは知らぬらしい。
妾的にはそのことを教えたところでこやつらが精神世界に向かう術など持たぬし、構わんのじゃが。
ケイスはこやつらをなるべく自分のことに巻き込まぬようにと動いておったのは理解しておるから、こうしてしらを切る。
にしても長いの。精神世界とここの世界とは流れる時間も違うから、もうそろそろ出てきてもおかしくないと思うのじゃがな。
……見に行ってやってもよいが、全力を出す四大に巻き込まれるのだけは勘弁じゃ。
流石に食らえば妾とて無事では済まぬし。
なんて思っていた時じゃ。
「きゃっ!? 何? 凄い風なんだけど!?」
足元をふらつかせる程の強風が突如として吹いて。
妾と母上とで目を合わせて頷く。
どう考えてもヴァーユが精神世界ではしゃいでおるのじゃろう。
にしても、こっちにこれほどまでの影響を与えるとは精神世界ではどのような威力の風を発生させているのやら。
その強風に耐えているとやがて治まり。
「何だったのよ……」
思わず風の吹いた方向を見ながらそう呟いたアイナの真横に、今度は下降気流が発生し。
どう考えても自然の力ではないその下降気流は――あまりの威力に大地を穿った。