第93話 名家の子
アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、ナポリ王国、アブルツィ山系に在るキエティ市に生まれた。二千五百メートル級の山岳地帯の裾に位置する丘にへばりつくように広がっている、旧石器時代にも遡る歴史を誇る、古い街である。麓に流れるペスカーラ川はやがて、紺碧のアドリア海に達する。
ヴァリニャーニ家は北欧の貴族に由来する名門で、彼の生家は現在、市庁舎になっている。
名家の子として一族の期待を一身に背負った彼は、ヴェネツィア領のパドヴァ大学に留学した。そしてそこで、彼の『運命』と出会った。
「故郷から遠く離れて一人暮らすのは、淋しくもあり又、気楽でもあった。故郷では、教皇とも親しい、枢機卿・大司教も出した、堅苦しい名家の一員だったが、パドヴァに来れば一学生だ。箍が外れた。」
ヴァリニャーノは、関白との謁見も済ませ、肩の荷が下りたのだろう、部屋に用意された椅子に腰を掛け、くつろいだ様子で、自分の半生を振り返った。
「そうは言っても、田舎のいいとこの坊っちゃまだった私は、何処か摑まるところが欲しかった。そして、のめりこんだ。」
そのひとはパドヴァの名家トゥローナ家の奥方だった。
年の離れた夫の後妻に入り、年はヴァリニャーノと一つか二つしか違わなかった。
「彼女は私と同じキエティの出だった。故郷を離れ、気の合わない年取った夫との暮らしを淋しく思っていた。私たちが恋に落ちるのに時間はかからなかった。」
でもお定まりの時がやってきた。
最初に抜けようとしたのはやはり、しがらみの多い彼女のほうだった。
「私はしがみついた。彼女に、いや、捨てられてしまう自分の自尊心に、だったかもしれない。」
そして、あの夜がやってきた。
一五六二年十一月二八日の夜、午前二時。
何が起こったかは、一五六四年三月十八日、ヴェネツィアのリアルト橋に掲示された宣告にある。
『ナポリ{王国}生まれのアレッサンドロ・ヴァリニャーニは、フランチェスキーナ・トゥローナと口論した挙句、彼女の顔に十四針も縫うような重傷を負わせ、拘禁されるに至った』
彼は一年半投獄され、治療費及び賠償金二百エスクードを被害者に支払った。
ヴァリニャーノは席を立つと縁に寄り、外を見やった。
しばらく黙って庭を眺めていたが、又、静かに話を続けた。
「イエズス会に入ることを決めたのは獄中においてだ。何よりも、何処よりも、厳しい場所に自分を置きたかった。」
苗字も変えた。
イタリア語でヴァリニャーニの語尾のNiは複数形、つまり『一族・家族』を表す。でも入会後、彼はヴァリニャーノ、Noという語尾で単数形を表した。一族から離れ、家族を捨て、一人生きることを、その苗字によって世に示したのである。
「醜聞の上塗りを恐れたトゥローナ家の計らいにより、離婚こそしませんでしたが、事件の後、母はパドヴァを去り、故郷のキエティに戻りました。そこで、ひっそりと私を産んだのです。私は庶子として扱われました。ニッコロというのは、祖母の実家の姓です。私は、隠されるべき存在でしたから。母が亡くなった後、ローマに行きましたが、華やかに見えて実際は空っぽの、貴族の生活に疑問を抱きました。身分を捨て、あなたと同じ、イエズス会に入りました。そこで絵を習ったのです。」
「知らなかった、そなたが生まれたことを。知っていたら……又、別の責任の取り方があったかもしれない。」
「母は生涯、ベールを被って過ごしました。部屋の内に、いや、自分の心に鍵を掛けて、籠っていたのです、あなたのように。」
ジョヴァンニは言った。
「あなたが毎日、鞭打ちの苦行を行い、苦行用のシャツを身に纏っているのを知っています。」
キリスト教は、精神的・肉体的苦しみを介さなければ神に近づくことはできないということを教義の根本にしている。とはいうものの巡察師の苦行の厳しさは、会の中でも一際、目立つものだったのである。
「私はそれが当然だと思っていた、母を苦しめた報いだと。日本に来たのも、あなたに言ってやるつもりだった、私はあなたの罪の果実であると。でもあなたの敷いた路線に沿って仕事をしてみて、考えが変わりました。」
ヴァリニャーノはゆっくりと振り返って、ジョヴァンニを見つめた。
「ここで私は、良い仕事が出来たと思っています。確かに我々と彼らは全く違う、相互理解がいかに困難であるか。でも少しずつでも、歩み寄っていく道はある。互いのあり方を認め、互いを尊重しあうこと。それはあなたが、母と理解しあうことが出来なかったから、考え付いたことなんですね。」
ジョヴァンニは言った。
「あなたが経験したことは、無残な、許されぬことだった、けれどあなたは、そこから学ぶべきことを学んだと思います。あなたにそう言ってあげるために、神は、私を遣わされたのではないかという気がします。私はここ日本で、友人と、弟子を得ることが出来ました。」
そして恋も、とジョヴァンニは心の中で付け加えた。
ヴァリニャーノは何も言わなかったが、勘のいい彼のことだ、きっとわかっていたに違いない。
「何でこんな人生なんだろうって、ずっと思っていました。でも今では、生きてて良かった、と思っています。」
父に言った。
「あなたのやり方を色々言う人たちがいるのは、知っています。でも、あなたの進む道は決して間違っていません。あなたのおかげで私は……教えることが上手になりました。」
ヴァリニャーノは、ぽつりと言った。
「今度私に、日本語を教えてくれんかね。」
ジョヴァンニが厩に行くと、ジョアンに指導されながら、菊と達丸が白象に、桃や真桑瓜をやっていた。
「皆さま、ドン・ペドロを御紹介いたしまーす。」
ジョアンはもったいぶって言うと、黄色い三日月のような果物を高く掲げたまま、優雅に腰をかがめた。
すると白象も、前足をぐっと伸ばして、重心を後ろに持っていった。
「わあ、お辞儀した、お辞儀した!」
達丸が手を打って喜んだ。
少し離れて見ていた慶次郎が言った。
「俺はあんたに『あれ』を返しに来たんだ。」
ジョヴァンニは言った。
「もう少し持っていてください。」
顔を見て、つけ加えた。
「あげませんから。」
慶次郎は真面目な口調で言った。
「じゃ、あれ、使ってもいいか?」
ジョヴァンニはじっと慶次郎を見つめた。
「何か、使わなきゃいけないことになりそうな気がする。」
慶次郎は独り言のように言った。
「俺の勘はよく当たる。」
「いいですよ。」
ジョヴァンニは言った。
手にした本を、彼に渡した。
「約束の本です。」
「おお。」
開いた。
「……。」
「宣教師の日本語教育用に作った本なので、ローマ字ばかり、ですけど。」
ジョヴァンニがきまり悪そうに言った。
「あちらでは子供が読む本です。」
菊が近づいてきて言った。
「慶次郎はローマ字も少し読めるんですよ。大丈夫、後は私が訳します。」
「ウ・サ・ギ・ト・カ・メ」
慶次郎が声に出して読んだ。
伊曾保物語、いわゆるイソップ物語である。
日本人に親しまれたこの童話は、西洋古典文学の本邦初訳であり、かつ日本最初の活版印刷本として名高い。
それから二ヶ月ほどして、ヴァリニャーノ一行は九州へと帰っていった。




