第45話 扇
十月には秀吉の主催で、大徳寺で故主・信長の葬儀が盛大に執り行われた。
だが古参の武将たちは憤懣やるかたなく、明けて天正十一年閏正月、滝川一益がまず兵を上げた。しかし秀吉は、雪深い北陸にいる宿敵・柴田勝家に援軍を動かす隙を与えず、あっという間に一益を降伏させてしまった。四月、賤ケ岳で合戦が行われた。だが、勢いに乗る秀吉には抗すべくもなかった。合戦から僅か四日後、勝家は北ノ庄城にて、信長の妹と共に果てた。
天下の趨勢にはかかわらず、菊たちの日々は平穏無事に過ぎていった、先日の御所での公演のご褒美を、信虎に持っていかれたことを除けば。
「当たり前じゃ。」
さすがに菊が抗議すると、信虎はけろりとして言った。
「わしが紹介してやらねば、御所なんぞ、とてもじゃないが、上がることは出来なかったじゃろう。仲介料、じゃ。」
それで、はいそうですかって引き下がって来たの、呆れてものが言えないわ、と松にさんざん難詰めされて、凹んでいる菊に、揚羽がそっと言った。
「あの方も台所事情が苦しいようですわ。駿河に追い出された後、先代がずっとあの方の生活費を送っていらっしゃったのです。それは兄上に代替わりしても続きました。都の周辺に小さな領地をいくつか持っていらして、そこからあがる収入で細々暮らしていらっしゃるのですが、武田が滅んだことで大本の収入源を失った今、ほんとは心細く思っていらっしゃることと思います。」
「私たちが新しい金づるというわけね。」
菊はため息をついた。
「道理で、いろんな話を持ってくるわけだ。」
京に来て一年たつ、そろそろ布袋屋から独立したらどうじゃ、と彼女を焚き付けたのも信虎だ。
何、いくらか金を納めればよい。暫くは暖簾分けの代価として何がしかの金を払い続ければならんが、自分の店を持つのはいいことだぞ。
「今度は何をたくらんでいるのかしらん?」
技術的には心もとなく、手持ちの金も乏しかったものの、一刻も早く自分の店を持ちたいのは菊とて同じだった。子供たちが心配だったからだ。
昼間、大人たちが仕事に出かけてしまうと、子供たちは近所で野良犬や野良猫のように勝手気ままに過ごしていた。日に焼けて庶民の言葉を使って裸足で走り回っているさまは、その辺の職人や物売りの子供たちとあまり変わらなかった。
暢気な菊もさすがに、これはまずいと思い始めた。彼らはいずれも死んだ兄たちの忘れ形見だ。今までは大人たちも生きていくのがやっとの有様だった。でも曲がりなりにも屋根のついた家に住み、どうにか暮らしていく目処が付いた今、子供たちを監督する者も無く放りっぱなしにしておくのは、死者に対して申し訳がたたないように思われた。
菊が方々無理をして自分の店を持つようになったのは、布袋屋に勤めて一年半たった頃だった。具体的には、今住んでいる家の正面に新たに、通りに張り出した棚を作った。今でいうショーウインドーで、そこに商品を置いて道行く人が手に取って見ることが出来るようになっている。あちらこちらに頭を下げ、繋ぎをつけ、材料の仕入先や加工をしてくれる職人を確保した。かなり無理をしたので借金がかさみ、『自分』の店を持ったとは言い難い有様だったものの、新兵衛には扇の柄を作る仕事、揚羽には仕上げの仕事を任せ、自分は絵を描いていると、心が晴れ晴れとしてくるのだった。
とはいうものの、商売はあがったりだった。
家内工業的に商われている扇の売れ行きはたいしたものではなかった。大きな商売を牛耳っているのは、元の勤め先の布袋屋や同じく小川に店を構える大黒屋などの大商人、そしてその頂点に君臨する狩野の家だった。
信長御用達、そしてその後を襲った秀吉の御用を務める旭日上る勢いの狩野家は、元々は扇を商う家だった。京の扇座を牛耳ることによってその地位を確固たるものにし、それが今の世の御用絵師としての隆盛を招いたのだった。
地方では戦乱が続いていたが、もう京に戦火が及ぶことはなかった。平和が続くと、人々は少しずつ生活を豊かにすることに目を向けるようになった。挨拶代わりに贈ったり贈られたり、いつも身近にあって携帯することの多い扇は、人々のささやかな贅沢の格好の対象となった。天下人の御用を務める狩野の扇は、ちょっと奮発すれば誰でも手に入れることの出来る自慢の種になった。菊の作る、何のいわれもない、他とあまり変わらず目立たない扇を、わざわざ買い求めに来る人はいなかった。最初から大もうけをたくらんでいたわけではなかったが、一本も扇が売れない日が続くと、さすがの菊も気がめいった。




