表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/125

第46話 子供の四季

 商いのほうはさっぱりだったが、菊の望みどおり、子供たちと過ごす時間は劇的に増えた。客の来ない菊の店先は、近所の子供たちにとって格好のたまり場になったからだ。世が世なら帯解おびときを済ませ、一段と大人っぽく姫君らしくなる年頃の督姫とくひめ明姫あきひめも真黒に日焼けして、男の子のように竹馬に乗ったり高足たかあしに乗ったりしていた。達丸も二人の従姉妹いとこたちの後を必死に追いかけて走り回っていたが、こちらは色白く、せて身体も弱く、熱を出しては市中の武田法印(ほういん){医師}のところで世話になり、菊の小さな巾着きんちゃく{財布}もますますせていくのだった。



挿絵(By みてみん)



 庶民しょみんの子は、子供といえども立派なかせだった。だがやっぱり子供は子供で、仕事の合間に、遊びに遊ぶ。独楽こまをしたり、小弓で鳥を射たり、蛇をいじめたり、吠える犬に石を投げたり、はたまた闘鶏とうけいを見物して、時には参加したりもしていた。

 菊も子らに混じって夏の祭り見物に行ったりしていたが、端午たんご印地打いんじうちだけは達丸の参加を許さなかった。大人も参加して容赦なく石飛礫いしつぶてを投げてくるので、こんなことで怪我をしたり、下手すると命にかかわるのは、まっぴらごめんだったからだ。

 ともあれ、子供に混じって遊んでくれる暇人ひまじんはそうそういない。おまけにこの年はたびたび洪水が起きるほど雨が多く、達丸たちに風邪かぜをひかせるのが嫌なばかりに皆を家の中に入れて遊ばせたりしていたものだから、菊はすっかりなつかれてしまった。

「あのおばさん、子供好きなんだよ。」

というわけで店先は、揚羽が、

「これが皆、巾着持ってる客ならばね。」

とため息をつくような大盛況だった。

 最初、よそから来た得体えたいの知れない一行に用心していた近所の者たちも、子供たちが入り浸っている様子を見て警戒を解いたようだった。そういえば最近は子供の相手をしてくれる大人が少なくなり、赤ん坊の世話は小さな女の子たちの仕事になったようだった。

「いえね、昔は工事っていうと、いつまでに作れなんていうのは無かったんですけどね。」

 赤ん坊の母親が言う。

「織田さまの工事はいつまでに作れって期限を切るようになさるんでねえ。それからっていうもの、期日どおりに仕上げるのが当たり前になっちまいました。皆、忙しくて子供の相手をしてる暇が無くなっちまいましてね。可哀相かわいそうだけど、上の子に面倒見させるしかありませんのさ。」

 菊の店先を託児所がわりにするのはさすがに悪いと思ったのか、そのうち、手土産てみやげ代わりに、饅頭まんじゅううりなどを持ってくる者がぽつりぽつりと現れ始めた。

「これ、母ちゃんがどうぞってさ。」

「有難う。何もお返ししないっていうのもね。」

 菊は、一向いっこう人気にんきが無い商売物の扇を差し出した。だが子供は首を振って、もじもじして受け取らない。

「あら、御代おだいはいいのよ。お返しだから。」

「違うよお。そんなお上品な絵は、おいらんちに合わねえよ。」

「え?」

 菊は扇をぱちりと開いて、絵柄えがらをつくづくとながめた。

 なだらかな山のにかかる月、そのふもとに立つ三重塔の黒々とした影。

 我ながら、なかなかの出来栄できばえだと思ったのだが。

 そういえば、扇の絵柄はこんなものだと思い込んでいた。客が何を思ってその扇を買い求めるのか、思い及ばなかった。

 この子たちのような市井しせいに住む人々が、扇に求めているものは何だろう。

「じゃあ、どういうのが合うっていうの?」

 子供はもじもじしながら思い切って言う。

「あのさあ、好きなもの、描いてくれる?」

「いいわよ。あなたにあげるんだから。」

「じゃあさ、シロとブチ、描いておくれよ。」

「うえっ、あの、ばっちい犬、描くの?」

 横で地紙じがみを折っていた揚羽が頓狂とんきょうな声を上げた。

 呼び名どおり、シロは白犬、ブチはまだら犬だ。もっともあんまり汚れて、両方とも色もさだかでなくなりつつある。

 躑躅つつじ()さきに居たときには、犬を見ても、別にどうとも思わなかった。だが戦場を通ったとき、犬が屍骸しがいを食らっているのを見てからは、あまりいい感情を抱けなくなっていた。でも都にいる犬たちは、躑躅ケ崎にいた犬たちと同じ、のんびりした日々を送っている。都から戦火が消えて長いんだな、と思ったものである。

 誰の飼い犬というわけでもないみすぼらしい野犬だが、どういうわけだか子供たちに懐いて、一緒に駆け回って遊んでいる。序列があるらしく、シロのほうが強くて、吠え掛かると、ブチは腹を地面にくっつけて背を低くして首をじ曲げるようにしてワンワン吠える。しかし、その尻尾はシロの機嫌をとるように地面をぴたぴたと叩くのだ。そのさまがおかしいと、子供たちは何かとシロをブチにけしかけていた。

 菊は言われるままに犬を描いてやることにした。左に身体を伸ばしてうなるシロ、真ん中の下部にこんもりと岩を描き、右に首をじ曲げて吠えるブチ、右の上部に土坡(盛り土)を置いた。子供は喜んで何度も礼を言って、扇を大事に抱いて帰っていった。それを見た他の子たちのうらやましがることといったら無かった。

 翌日から菊の元には、餅だの野菜だの果物だのが、ひっきりなしに届けられるようになった。それと同時に店先には、蛇だの蛙だの亀だのカブトムシだの犬だの猫だのを抱いた子供が列を作るようになった。

 菊は頼まれたものは何でも描いてやったが、ある子がうちで飼っているという御自慢ごじまんの、艶々した立派な角を持つ大きな黒い牡牛を引っ張ってきたときには、さすがに腰が引けた。自分の祖父母が住む家を描いてほしいと頼まれて、半日かけて太秦うずまさまで行き、藁葺わらぶきの田舎家を描いてやったこともあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ