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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
22/42

ひとつ、ヨロシクお願いします



 タケルは、相変わらずイカめしい軍人のようなオジサンの後ろを静かに通り、波待ちポジションをミドル寄りに下げてから、少しづつ右へ右へと移動して行った。

 そして、そこからまた状況チェック。

 このデカ波の中、波待ちはしているけど、実際には怖気付おじけづいて波に乗ろうとしない人も多い。

 なのでそういった人を見付けて引いていけば、ピークじゃなくても、どこにいれば乗れる確率が増えるかは読めてくる。

 今日、タケルはどうしてもカガミハマのチューブに入りたかった。

 1年ぶりにここの女神に、体ごとスッポリと包まれたかった。

 頭の中で、『もしピークから乗った誰かがしくじって、 仮にあそこからテイクオフして、こんな波だったらあんな波だったら……』と、そんなことをムズムズ想像し、波のパターンを見極めながら、チャンスの到来を辛抱強く待った。

 

 そして、波待ちを始めてから数回目の波の群れ(セット)がやってきた。

 一つのセットの波数は3〜4本。そしてその中で、良い形になる波は、最初の一本目と二本目くらい。あとは無駄にデカくて捕まりやすい。

 その予想通り、一本目のまとまりの良い波に、ササラが乗った。


  ササラ君、行った……!!


 美しい波の肩がグンッと張り、長身で細身のササラの頭上を、ゆっくりと、透明な女神の優雅な指先が覆い始める。

 ササラは、その磨き上げられた爪に触れないよう、重心を低く抑えた。


 タケルの黒い瞳が、一瞬、ササラの表情を捉える。


 切れ長の目をした、いかにも残忍そうな顔の男だったけれど、 快感至極と言った様子で、その表情は拍子抜けするほど無邪気に見えた。

 ショルダーがグイグイと引き上げられて、巻波チューブを形成していく。

 サーファー達は、今や完全な形となった青い空洞の中のササラを、羨ましそうに横目で見ながら、しかし邪魔にならないよう大急ぎでその波をパドルで越えていく。


 タケルも他のサーファー達と同様に、波の中のササラを見送った。そしてすぐに振り返り、その行方を波の背から確認する。

 すると、岸に向かってずっと右の方で一瞬、大きな飛沫スプレーが舞い上がり、

白いボードの裏と長い手がひるがえるのがチラリと見え、 すぐにまた見えなくなった。


 視線をピークに戻すと、今の一本でだいぶ動きがあった。

 乗って行ったササラの他に、数名の姿が消えていた。

 そしてすぐ次にやって来た二本目が、またさらに男心をそそる、見目麗みめうるわしき波だったので、それを狙ってかなりの人数が、今まさに突進していくところだった。


 それを見て、タケルは反射的に三本目に挑む決断をした。

 競い合うサーファー達の誰が、この美形な女神サマと追いかけっこを始めるかは見届けず、その波を誰よりも速く越え、次の三本目にわずかな期待を賭けた。



  来い!!



 が、ご対面したのは、やはりデカイだけがが取り柄の食人鬼!?

 一瞬、チッ!と鼻の横にシワが寄ったが、脳より先に延髄が、『GO!』と指令を出していた。

 タケルは直感でテイクオフのポイントを定めると、くるりと方向転換し、ボードの先端ノーズを岸側のやや右寄りに向けた。

 背後に迫る波の壁。高さも水量もあり、既にその頂点が白く牙をいていて、バックリと食いつかれるのは明らかだったので、今タケルと張り合い、その波に挑もうとするサーファーは誰もいなかった。




 『 ひとつ、よろしくお願いしますっ!!!』




 きわどい位置からテイクオフ。 素早くボードに立ち上がる。

 早い波。捕まる前に、ノーズは右下方レギュラーに向けて、青い斜面を滑り出す。



  が……



 スピードが付く前に、あっという間に白い乱杭歯らんくいばが追ってきて、ザンッ!ザンッ!!と、タケルを噛み砕こうと頭上から降ってきた。

 目の前の明るい景色は遮断され、 青い口の中にあっけなく閉じ込められる。

 食人鬼の、透けてさざめく太い食道の中は、出口は無くても身をかがめればまだ進めた。

 けれどそれもつかの間、半透明の胃壁が、今度は拷問部屋のように上から横からしだいに狭くなり、 タケルはついに居場所を失い……




   バグウゥン・・・・




 危険を感じ、ボードを前に蹴り出した直後に、鈍い破裂音を身体(からだ)で聞いた。

 次の瞬間、揉みつぶされるような水圧を受けながら波に巻かれ、回る、回る、もう、久しぶりに縦にも横にもグリグリに転がされ、いいように痛ぶられた後、最後は口の端からペッ!と吐き出された。


「プハッ!!」


 タケルは海面から顔を上げると、大きく息をついた。

 そして犬のように頭をプルプル振ると、ボードを手繰り寄せ、体勢を立て直して再び左回りに迂回しながらアウトに向かった。


 久しぶりに強烈に波に巻かれたおかげで、 なんだか緊張で硬くなっていた身体も心も、いっぺんにほぐれたようで、タケルの顔には自然とニヤニヤした笑みが浮かんでいた。

 さすがハナコに『天性のドM』と呼ばれた男である。


 目が覚めたような気分で、最初に波待ちしていた辺りに戻ると、そこにはササラが、同じようにニヤニヤと薄笑いを浮かべ、タケルの事を待っていた。



「下手っクソ!!」



 再会のあいさつは、その一言と、



「なんだ、おめーその頭は? スズメでも飼ってんのか??」



 だった。

 しかしその1年前と少しも変わらない、口の悪い歓迎がタケルは嬉しかった。


「この頭、女には評判いいんだけどなぁ〜」

「へっ!?ホントかよ?東京の女ってのは、どっかおかしいんじゃねーのか?」


 と言って、薄い唇を横に大きく開き、とうもろこしのように歯並びの良い歯を見せて笑った。

 そんなササラの横にタケルも並んで、ボードに跨り一息ついた。

 

 ササラは、クセのない素っ気なく伸びた黒髪を両手でかき上げた。

 タケルは、親子によってスズメだのオニだの言われた濡れた巻き毛を、クシャクシャと手で掻きほぐした。そして首を回しながら独り言のようにつぶやいた。


「久しぶりのリーフで、やっぱ調子狂ってんのかな〜」


 そんなタケルを、ササラはしばらく黙って見つめ、言った。


「……酒々井(しすい)のてっさんが、心配してたぞ。 あいつ、ちゃんと自分のサーフィンやってんのかなって。御園生みそのおさんとこの店なんて、行かないほうが良かったんじゃねーかって……」


「あ、てっさん、今日来てたの?」


 『酒々井のてっさん』とは、タケルの実家のある佐倉市の隣の、酒々井町でサーフショップを営む、 山田哲郎という元プロサーファーで、高校生だったタケルにサーフィンを一から教えてくれた、昭和のイケメン師匠だった。

 夷隅いすみにも、名前の知れたサーフボードのシェイパーである、てっさんと呼ばれる男がいて、 二人ともカガミハマの岩礁リーフの波を溺愛し、しかも仲が良かったので、ローカルからは『酒々井のてっさん』『夷隅のてっさん』と、 地名で呼び分けられ、親しまれていた。


「こんな日に来ないはずあんめーよ。もうとっくに昼前に帰ったけどな。おめー最近、全然連絡もしてねぇんだって?」

「うん、、、なんかやることいっぱいあって、しばらく実家にも帰ってねーから……」


 タケルは決まり悪そうに言った。


「女のケツばっか追っかけてねーで、ちゃんと義理欠かねーようにしろよ?」

「うん……気をつけるよ、ササラ君、ありがと」


 タケルは4歳年上のササラのことを、いつもササラ君と呼んでいた。


「お、おめー、、、そういうとこだけはいつも素直過ぎて気持ちわりぃんだよ!!」


 ササラは言いたいことをズケズケ言い終えると、ボードにうつ伏せ、 わざとタケルに水をかけてパドルを始めた。


「さ、行くべ」

「え?」

「え?じゃねーよ。こんなとこいたってしょんねーべや。早くこっち来いって!」


 ササラは振り返ってそう言うと、残忍極まりないステキな笑顔を浮かべて、タケルをピークへ促した。







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