はやる気持ちを抑えつつ
タケルの空色のワンボックスカーは、カガミハマに到着していた。
風はやや西から吹きつけ、波は遥か沖から雄大に入って来る。
波面は朝に比べればささくれ立っていたけれど、頭からすっぽりと包みこむような十分なサイズは保たれていた。
横から吹きつける風が、分厚い波の斜面を駆け抜けると、粉砂糖のように細かい飛沫が吹き上がる。
そそり立つ波の頂点が次第に崩れ落ちていく様は、海の女神の青く開かれた唇がゆっくりと閉じていき、サーファー達を飲み込んでいくようだ。
うぅ〜〜〜〜早く入りてぇ〜〜〜〜〜!!!!
潮が上げてきて、ホナミが言ってたよりサイズアップしてんな。
午前中よりだいぶ空いたはずだ……
視力の良いタケルが目を凝らすと、波待ちポジションのピークには、知り合いのローカルサーファーが数名、浮かんでいるのが見えた。
これなら少しはお裾分けを頂けるかもしれない。
そんなことをワクワク悶々と考えながら、とにかくタケルは車を停めに行った。
ここは、サーファーに向けた公営駐車場は無い。
国道沿いにいくつかある、車2台分くらいの小さな駐車スペースは、漁業者専用のもので、サーファーの駐車は厳禁だ。
だからと言って、万が一路上駐車でもしようものなら、後で車も本人もどんな目に遭うか知れたもんじゃない。
タケルは国道の一本裏の、細い道路を通って住宅地に入り、とある大きな平屋の一軒家の、個人用駐車スペースを確認した。
砂利の駐車場には、すでに五台の車が入っていて満車のように見えたが、運良く奥の方に軽自動車なら停められそうな隙間があった。
タケルは急いでそこに車を突っ込むと、その立派な屋敷の玄関に向かった。
チャイムを鳴らす。
しかし留守のようで、中から人が出てくる気配はない。
家の中からは、小型犬がうるさく吠えるのが聞こえてくるだけ。
仕方なくタケルは一度車に戻ると、カバンからノートを取り出し一枚破り、ボールペンで自分の名前と車のナンバーと、携帯番号を書き留めた。
そして『お久しぶりです。駐車場お借りします』と一言添え、それからその紙を丁寧に折り曲げて郵便受けに入れた。
これで完了。
ここは地元の漁師のドンだった男の屋敷で、もうすでに漁師としては引退していたが、今でもサーファーと漁師の間のもめごとの仲裁に一役買っていた。
タケルがまだ10代の頃、この辺りの若いローカルサーファーと波のことで揉め、陸に上げられ、4人がかりでボコボコにされたことがあった。
その時、仲裁に入ったのがやはりこのドンで、しかしあまりにもタケルが頑固なので、最後は一発ドンにぶん殴られ、両の鼻の穴から鼻血がマンガのように噴き出したところで、全てはチャラとなった。
その時以来の仲である。
タケルは空色のワンボックスカーのリアドアを開けると、朝とは違うボードをニットケースから引っ張り出し、ゴリゴリゴリゴリと、もどかしくワックスを塗った。
それから車をロックして鍵を所定の場所に隠すと、サーフボードを抱え、タッパは着ずに、裸足にトランクス一枚で国道の方へと駆けて行った。




