金色に染まって
ホナミの姿が見えなくなると、アヒルはのろのろと扉から離れ、対面式のシートに腰をおろし、トートバッグをその脇に置いた。
電車はしばらく田んぼの中を走っていたが、そのうちトンネルに入った。
車両には、他に乗客の姿は見当たらなかったので、アヒルはビーチサンダルを脱いで、向かいの座席に両足を投げ出した。
白いビーチサンダル。
あ……これ、、、え!?
どうしよう、あたし……タケルさんのビーチサンダルを履いてきてしまった…!
自分の靴は……いったい、どこに置いてきたんだろ!?
どこに……
ハッと思いだして顔を上げた瞬間、電車がトンネルから出た。
すると目の前に、まだ明るい夏の夕空と、あのどこまでも広い広い海の景色が現れた。
それはタケルの、空色のワンボックスカーの荷室の窓から眺めた海に間違いなかった
アヒルは思わず子供のように座席に這い上がり、窓の外を見た。
国道よりだいぶ高い位置から、電車は朝見た景色を逆行していく。
海には、まだ大きな波が押し寄せ、サーファー達が波の上を駆け抜けるのが見える。
その中にタケルがいるのではないか?そんなはずはない。と思いながらもアヒルは目をこらして、その姿を探さずにはいられなかった。
海は、西に傾いた太陽の光をそのまま受け止め、金色に光り輝いていた。
まだ大きい波が、たくさんのサーファー達が、サーフボードが 、全てが金色に染まって見え、タケルの姿を見分けることなんてできるわけない。
それでもアヒルは両手と広い額を窓ガラスに押し当て、そして電車は再びトンネルへ入り、次に外に出た時には、もう海は見えなくなっていた。
アヒルはがっくりと座席に腰を下ろした。
足元にはタケルの白いビーチサンダルが転がったまま……
その時、トートバッグの中で、携帯電話のバイブが、ブゥゥンッ!とメールの着信を知らせる音が聞こえた。
本当言うと、ずっと前から携帯が反応していることには気づいていた。
でも、アヒルはそれを手にする気になれなかった。
携帯を見た途端、現実に引き戻されるのがイヤだった。
全ての夢が覚めてしまうようで、怖かった。
しかし、もう電車は東京に向かって走り出していて、窓の外の海も見えない。
アヒルはため息をつきながら、携帯を手に取った。
そこにはいくつかの電話の着信履歴と、少ないメールが受信されているだけだった。
電話はレナからだった。
昨日の夜中に一回と、今日のお昼時に一回。
留守電にメッセージは無い。
そしてメールの方は、くだらない迷惑メールに混ざって 、夜中のうちにユリエとレナからの心配メールが数件。
『アヒル—!だいじょうぶか〜!?死んでない〜!?』
『アヒル—?ちゃんと送ってもらえたの?後で連絡してよー』
そして今日になってレナからまた2件。
ひとつは、
『フジイタクヤって覚えてる?アヒルの正面に座ってた男。あいつが、あんたの連絡先教えろ教えろってウザいから、メールだけ教えちゃったよ!あと、よろしく』
アヒルの脳裏にラフテー男の顔が浮かび、思わず眉間にシワが寄る。
そして、もう一つは、
『ちょっとぉ、さっきタケルさんから連絡来て何かと思ったら、急ぎであんたの連絡先知りたいって!いったい何なのよう!!あたしはあんたのマネージャーじゃないっての。とりあえず教えといたからね。明日、いろいろ尋問するから覚悟しときなさいよ!』
それを読んで、心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。
タケルさんがあたしの連絡先を急ぎで知りたがっている?!
それは、つい30分ほど前に届いたメールだ。
あわてて着信履歴とメールを、もう一度確認したけれど、登録していないメールアドレスからの受信や、着信履歴は残っていない。
最後に一件、ついさっき届いたのが、ユリエから画像の添付されたメール。
『アヒル、げんきぃ? 昨日、最後に沖縄料理屋の前で撮った写メ送るね。 あんた写って無いけど(笑) あ、ソックス代は次会うまでツケといてね♪ じゃまた、次の合コンで!』
添付された画像を開くと、昨日のメンバーとの集合写真が、まるで大昔のクラスメートと撮った写真のように懐かしく感じられた。
……と言っても、ほとんどが昨日会ったばかりの人達だけど。
アヒルは、小さな画像をタップした。
そして指先でそっと拡大し、右から順に、みんなの顔を確認していった。
メガネのまじめなハヤトくんの腕に抱きつく、
オバサンみたいな格好のユリエちゃんと、、、
イケメンの背の高いシュン君の横で、
流し眼でピースするエッチっぽいコは……
そうだ、ミーナちゃんだ
その横で、前後ひとかたまりになって 、レナとラフテー男とユウキ、サチ、そして一番左端にタケル。
なぜかみんなで腰に左手を当て、右手で斜め上を指さしながら、自衛官のポスターのように空を見上げて笑っている。
その意味不明のポーズに、アヒルは思わず「プッ!」と吹き出した。
みんな酔っぱらってたんだ……
それからアヒルは、タケルの姿をさらに拡大した。
すると1人だけ、みんなのポーズより不自然な前かがみで、心なしか笑顔も苦しげに見える。
顔の部分をもっと拡大してみる。
その時、ふとタケルの両肩に、心霊写真のように何か白いものが二つ乗っかっているのが見えた。
眉をひそめ、さらにその部分を拡大しようとすると、画像はぼやけてしまったが、アヒルはすぐそれに思い当った。
それはまぎれもなく、アヒルの小さな肉付きの良い、柔らかい手だった。
それに気づいた瞬間、胸の奥がつうっ、と痛んだ。
思わず胸に手を当てて、ココナッツの香りのシャツを握りしめる。
タケルの言ったことは本当だった。
『 オマエをおんぶして走って逃げて…… 』
酔っぱらって前後不覚のアヒルは、 その広い背中にすっぽり隠れているけれど、 確かにタケルの逞しい肩に手を載せて、背負われていたのだ。
それを知った途端、アヒルの目から涙が溢れて止まらなくなった。
どうしよう
どうしよう、どうしよう……
もう一度、写真の中のタケルの顔を見ようと思ったけれど、 涙でぼやけて見えない。
仕方ないので目をつむると、 今度は次から次へとタケルの顔が、姿が、声が、くっきりと頭の中に浮かんだ。
おい、オッパイが4つ見えてんぞ
と言った時の冷たい目。
腰布一枚で防潮堤に登り、風に吹かれて海を見つめていた後ろ姿。
トンネルの中で触れた、あのフワフワの髪の感触と匂い。
オマエはそこに置いていく。
心配すんな……
照れ隠しに掛けたサングラスからでも分かってしまう、ハナコを追う一途な想い。
そして、初めて会った時、アヒルの目に飛び込んできた、真っすぐなタケルの瞳。
どうしよう、どうしよう
あたし、本当に…本当に……
タケルさんのことを 好きになってしまった
好きになってしまった……
ガタンゴトン…ガタンゴトン…ガタンゴトン…
ガタンゴトン…ガタンゴトン…
ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン…




