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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
18/42

金色に染まって

 ホナミの姿が見えなくなると、アヒルはのろのろと扉から離れ、対面式のシートに腰をおろし、トートバッグをその脇に置いた。

電車はしばらく田んぼの中を走っていたが、そのうちトンネルに入った。

 車両には、他に乗客の姿は見当たらなかったので、アヒルはビーチサンダルを脱いで、向かいの座席に両足を投げ出した。


  白いビーチサンダル。


 あ……これ、、、え!?

 どうしよう、あたし……タケルさんのビーチサンダルを履いてきてしまった…!

 自分の靴は……いったい、どこに置いてきたんだろ!?

 

 どこに……


 ハッと思いだして顔を上げた瞬間、電車がトンネルから出た。

 すると目の前に、まだ明るい夏の夕空と、あのどこまでも広い広い海の景色が現れた。

 それはタケルの、空色のワンボックスカーの荷室の窓から眺めた海に間違いなかった

 アヒルは思わず子供のように座席に這い上がり、窓の外を見た。


 国道よりだいぶ高い位置から、電車は朝見た景色を逆行していく。

 海には、まだ大きな波が押し寄せ、サーファー達が波の上を駆け抜けるのが見える。

 その中にタケルがいるのではないか?そんなはずはない。と思いながらもアヒルは目をこらして、その姿を探さずにはいられなかった。

 海は、西に傾いた太陽の光をそのまま受け止め、金色に光り輝いていた。

 まだ大きい波が、たくさんのサーファー達が、サーフボードが 、全てが金色に染まって見え、タケルの姿を見分けることなんてできるわけない。

 それでもアヒルは両手と広い額を窓ガラスに押し当て、そして電車は再びトンネルへ入り、次に外に出た時には、もう海は見えなくなっていた。


 アヒルはがっくりと座席に腰を下ろした。

 足元にはタケルの白いビーチサンダルが転がったまま……


 その時、トートバッグの中で、携帯電話のバイブが、ブゥゥンッ!とメールの着信を知らせる音が聞こえた。

 本当言うと、ずっと前から携帯が反応していることには気づいていた。

 でも、アヒルはそれを手にする気になれなかった。

 携帯を見た途端、現実に引き戻されるのがイヤだった。

 全ての夢が覚めてしまうようで、怖かった。

 しかし、もう電車は東京に向かって走り出していて、窓の外の海も見えない。


 アヒルはため息をつきながら、携帯を手に取った。

 そこにはいくつかの電話の着信履歴と、少ないメールが受信されているだけだった。


 電話はレナからだった。

 昨日の夜中に一回と、今日のお昼時に一回。

 留守電にメッセージは無い。

 そしてメールの方は、くだらない迷惑メールに混ざって 、夜中のうちにユリエとレナからの心配メールが数件。


『アヒル—!だいじょうぶか〜!?死んでない〜!?』

『アヒル—?ちゃんと送ってもらえたの?後で連絡してよー』


 そして今日になってレナからまた2件。

 ひとつは、


『フジイタクヤって覚えてる?アヒルの正面に座ってた男。あいつが、あんたの連絡先教えろ教えろってウザいから、メールだけ教えちゃったよ!あと、よろしく』


アヒルの脳裏にラフテー男の顔が浮かび、思わず眉間にシワが寄る。

 そして、もう一つは、


『ちょっとぉ、さっきタケルさんから連絡来て何かと思ったら、急ぎであんたの連絡先知りたいって!いったい何なのよう!!あたしはあんたのマネージャーじゃないっての。とりあえず教えといたからね。明日、いろいろ尋問するから覚悟しときなさいよ!』


 それを読んで、心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。


 タケルさんがあたしの連絡先を急ぎで知りたがっている?!


 それは、つい30分ほど前に届いたメールだ。

 あわてて着信履歴とメールを、もう一度確認したけれど、登録していないメールアドレスからの受信や、着信履歴は残っていない。

 最後に一件、ついさっき届いたのが、ユリエから画像の添付されたメール。


『アヒル、げんきぃ? 昨日、最後に沖縄料理屋の前で撮った写メ送るね。 あんた写って無いけど(笑) あ、ソックス代は次会うまでツケといてね♪ じゃまた、次の合コンで!』


 添付された画像を開くと、昨日のメンバーとの集合写真が、まるで大昔のクラスメートと撮った写真のように懐かしく感じられた。


 ……と言っても、ほとんどが昨日会ったばかりの人達だけど。


 アヒルは、小さな画像をタップした。

 そして指先でそっと拡大し、右から順に、みんなの顔を確認していった。


 

 メガネのまじめなハヤトくんの腕に抱きつく、

 オバサンみたいな格好のユリエちゃんと、、、

 イケメンの背の高いシュン君の横で、

 流し眼でピースするエッチっぽいコは……

 そうだ、ミーナちゃんだ


 

 その横で、前後ひとかたまりになって 、レナとラフテー男とユウキ、サチ、そして一番左端にタケル。

 なぜかみんなで腰に左手を当て、右手で斜め上を指さしながら、自衛官のポスターのように空を見上げて笑っている。

 その意味不明のポーズに、アヒルは思わず「プッ!」と吹き出した。



 みんな酔っぱらってたんだ……



 それからアヒルは、タケルの姿をさらに拡大した。

 すると1人だけ、みんなのポーズより不自然な前かがみで、心なしか笑顔も苦しげに見える。

 顔の部分をもっと拡大してみる。

 その時、ふとタケルの両肩に、心霊写真のように何か白いものが二つ乗っかっているのが見えた。

 眉をひそめ、さらにその部分を拡大しようとすると、画像はぼやけてしまったが、アヒルはすぐそれに思い当った。

 それはまぎれもなく、アヒルの小さな肉付きの良い、柔らかい手だった。

 それに気づいた瞬間、胸の奥がつうっ、と痛んだ。

 思わず胸に手を当てて、ココナッツの香りのシャツを握りしめる。

 タケルの言ったことは本当だった。



 『 オマエをおんぶして走って逃げて…… 』



 酔っぱらって前後不覚のアヒルは、 その広い背中にすっぽり隠れているけれど、 確かにタケルの逞しい肩に手を載せて、背負われていたのだ。

 それを知った途端、アヒルの目から涙があふれて止まらなくなった。



 どうしよう


 どうしよう、どうしよう……



 もう一度、写真の中のタケルの顔を見ようと思ったけれど、 涙でぼやけて見えない。

 仕方ないので目をつむると、 今度は次から次へとタケルの顔が、姿が、声が、くっきりと頭の中に浮かんだ。



 おい、オッパイが4つ見えてんぞ



と言った時の冷たい目。

 腰布一枚で防潮堤に登り、風に吹かれて海を見つめていた後ろ姿。

 トンネルの中で触れた、あのフワフワの髪の感触と匂い。



 オマエはそこに置いていく。

  

 心配すんな……



 照れ隠しに掛けたサングラスからでも分かってしまう、ハナコを追う一途な想い。

 そして、初めて会った時、アヒルの目に飛び込んできた、真っすぐなタケルの瞳。



 どうしよう、どうしよう


 あたし、本当に…本当に……


 タケルさんのことを 好きになってしまった




 好きになってしまった……








 ガタンゴトン…ガタンゴトン…ガタンゴトン…      

           ガタンゴトン…ガタンゴトン…

              ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン…











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