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風の覇者I ―王威覚醒―  作者: 神竜王
22/56

風の覇者

チチチチチ……


寝室に朝日が射し込み、小鳥が朝の到来を告げる中、俺は目を覚ました。


「う~ん……ふぁぁぁ……」


親睦会やらリリス騒動やらから一週間経ち、今日はいよいよギルドに行く土曜日。


正直、かなり眠たい。なので今すぐ二度寝したい気持ちも少なからずあったが、俺はそれを抑えて上半身を起こした。


因みにレーゼが来てからベッドはレーゼに譲っているので、俺はソファーで寝ている。まっ、慣れればどうって事ないけどな。


「レーゼは……まだ寝てるな。まあどのみち今日は連れていけないし、寝かせといてやるか」


俺はそう言うと、キッチンに向けて足を動かした。


取り敢えず自分の朝食と、レーゼの分の食事を三食分作っておこうと思ったからだ。


別にそれくらいなら大した苦労にならないのだが、俺のキッチンに向かう足取りは重く、更には険しい顔をしている。


何故か? そんなモン決まってんだろ? 食費がかさむんだよ……!


誰でもいいから聞いてくれよ、なあ! 普通、レーゼくらいの年頃の女の子ってのは、食べるにしてもそれなりの量で満足するハズだろ?


だけどなあ! レーゼめっちゃ食うの! もう、一人でフツーに五人前くらいをペロリと平らげるんだよ!


お陰で俺の財布は日に日に軽くなっていき、一週間経った今ではあと少しで氷河期に突入する一歩手前なんだよ!


くそっ、アレか? アレなのかレーゼ……ってかリリスか? お前のあの『命を貰うわよ』ってのは間接的に殺す気か? 俺を金欠にして餓死させる気なのか?


いっそ一思いに殺れよ!

終いにゃ胸揉みしだくぞコラ!


そんな阿呆な事を考えながらも、しっかりと手は動かしている。


で、先にレーゼの分を全て作り終えると、それを冷蔵庫の中に仕舞い込む。


念のため食べる時には温める様に書き置きを残しておき、俺は自分の分の朝食を作るとそれをテーブルに置いた。


「いただきます」


それでもって一人合掌してから朝食を食べ出し、十分後には食器を片付けてフード付きの怪しげな黒いローブをクローゼットから取り出す。


「うおっ! ものの見事に埃まみれになってやがるな……」


俺がそうぼやきつつ窓際で怪しげな黒ローブをバッサバッサ払っていると、寝室の扉が開いた。


「おはよう……」


「ん? おお、レーゼか。おはよう。起きてきたなら書き置きなんて必要ないな。――風よっ」


俺はレーゼが起きてきたのを見ると、テーブルの上に置いた書き置きを風で切り刻んでゴミ箱まで吹っ飛ばした。


それを見てレーゼがジト目で俺を見てきた。


「魔法でやらずに、自分で動けばいいじゃない。魔力の無駄になるわよ……」


「それはどうかな? 俺は別に魔力を無駄にしたくてやったワケじゃない。

今日はいよいよギルドに行く日なんだぜ? だから魔法の調子を確かめるつもりで使ったんだよ」


俺はそう言って蒼銀の魔力のオーラを左手に纏わせて見せる。


するとレーゼは納得した様に一つ頷いて、眠そうに目をごしごし擦る。


俺はそれを見て破顔した。


「ん、取り敢えず先に顔を洗って歯を磨いてこい。女の子がその有り様じゃちょっとアレだろ?」


「ぅん……分かったわ」


レーゼは欠伸を噛み殺しながら顔を洗いにいき、俺は俺でレーゼの分の朝食をテーブルの上に並べておく。


その後俺は怪しげな黒ローブを着込みフードを目深に被ると、何かの拍子にフードが外れたりしないように魔法をかけた。


そしてタオルで顔を拭きながら怪しげな黒ローブを着込んだ俺を見て目を丸くしているレーゼを見やる。


「レーゼ、お前は学園での使い魔としているから今日は流石に連れては行けないから、留守番は頼むぞ?」


「……仕方ないわ……別にいいけど、そのかわり今度ご飯たくさん作って。それと、見るからに怪しげなそのローブを着ていると、不審者にしか見えないわ」


「あァ、分かった分かった。だから人が地味に気にしている事を指摘してくれるな……ったく、ギルドに入ったら荒稼ぎしないとヤバいな、俺の財布が」


主に食費で、と付け加えると、レーゼが俺を睨んできた。


俺はそれに肩を竦めて苦笑すると、転移を使って部屋から姿を消した。



―――――――――――


転移した先は、使い魔召喚の時に来た"死滅の森"である。


俺は死滅の森に転移で現れると、ぐるっと周囲を見回し、一つ頷くと地に片手を付いた。


感知魔法【脈絡探知】


それはただ探るだけでは見付けられない程気配を薄くしている者を探り出す為に俺が創った感知魔法。


これは普通に知られている感知魔法よりも更に性能がよく、そのかわりに膨大な魔力を消費する。


しかし今の俺には関係ない。魔力の多さは勿論、魔力が回復する速度も桁外れだからだ。


それと余談だが、俺はファランから力を受け継いでからというものの、数多くのオリジナル魔法を創り出した。今使っている【脈絡探知】もその一つである。


「十……五十……百……捉えたっ。【トラベラー】!」


十二時の方向、百五十メートル程離れた場所に三人の気配を感知。


そこに一度行った事があるのを確認した俺は、即座に転移を使ってその場所に向かった。


一瞬の暗闇を経て、視界が開ける。


するとそこには、恐らくギルドSSSランクの〝紫電の雷帝〟と〝大地の女神〟、ギルドSSランクの〝流水の舞姫〟の時の姿であろう格好をしたロイ先生とクレアさん、リンス先生がいた。


因みにロイ先生は膝まである紫色のコートに紫色の仮面、クレアさんは少しだけ金の装飾があしらわれたフード付きの深緑のローブ、リンス先生はクレアさんとは色違いの群青色のローブを着ている。


しかし、ロイ先生の髪が黒色になっているのは魔法か、それとも黒色と言うのが本来の色なのだろうか?


まあ、正体がバレ難くなっているのに貢献しているから訊くのは後にするか。


俺がそんな事を考えていると、ロイ先生が片手を上げた。


「おお、来たか。時間ピッタリだな」


「それはまあ、いよいよギルドに行く日ですし……」


俺が後頭部を掻きつつそう言うと、ロイ先生がちょっと身動ぎした。


「レオン……いや、仮の名で〝覇者〟にしとくか。ギルド絡みで動く時は正体を隠すために敬語をやめろ。そして俺の事は〝紫電〟、クレアの事は〝女神〟、リンスの事は〝舞姫〟と呼べ。いいな?」


俺はそれを聞いてハッとする。言われてみればそうだ。敬語を話していたら変に思われる可能性もあるし、名前なんてのは以ての他。


俺は漸くそれに気付くと、ロイ先生に頷いて返した。


「分かった、ロ――紫電。女神と舞姫もよろしく頼む」


「勿論ですよ、覇者。改めてよろしくお願いします」


「ふふっ。私ともよろしくね、覇者」


「……ああ」


俺はちょっと照れ臭くなって顔を背けた。


もっとも、俺はファランとの戦いの直前に、学園長室でロイ先生相手に敬語を忘れて怒鳴ってしまった事があったのだが。


俺がその時の事を思い出してフードの下で微妙な表情をしていると、木にもたれ掛かっていたロイ先生が体を起こした。


「よし、それじゃあそろそろ行くか。覇者、ギルド本部がある〝王都システィーナ〟の何処かに行ったことはないか?」


「はっ? 何だ、いきなり本部に向かうのか? てっきり支部に行くかと思っていたんだが……」


「そんなワケないだろ?っつーかぶっちゃけて言うと"覇者"絡みのヤツらは全員いきなり本部行きなんだよ」


「オイオイ、随分と破格の扱いじゃねェかよ」


俺は呆れて腕を組んだ。


するとロイ先生はそうでもない、と首を振って見せた。


「なら訊くが覇者、"覇者"の力を受け継いだ現代の覇者達が支部に居る程弱いと思うか?」


「あ……」


言われてみればそうだ。ってかファランの話だと"覇者"の力を受け継いだ現代の覇者達は最低でも三億以上は魔力があると聞いている。


因みに俺の場合は、本来ファランからは二億しか魔力を受け継いでいなかったらしい。ならば俺が兼ね備えていた残りの三十億の魔力はと言うと、何時かも話した様に何らかの封印の術式によって抑え込まれていた魔力が解放されたモノだそうだ。


で、その後フリード達と使い魔の契約を結んで更に五十億の魔力をモノにし、現在の八二億の魔力に至る。と、言うワケだ。


「確かにそうだな……納得した。それで王都システィーナの転移先だが、幾つか心当たりがある。元々俺は、五年くらい前まではシスティーナにある孤児院に居たんだからな」


「孤児院ですか……?」


俺が淡々とそう言うと、クレアさんが口許に手を当てて俺を見返してきた。


俺はそれに対して軽く頷いたのみで後は何も示さない。


ってか……あんまりいい思い出が残ってないんだよ……あの孤児院に。


いや、違うな……今でも俺の中では〝あの子〟との輝かしい思い出は残っているし、数少ない俺の心の支えとなっている。


だけど、別れ方が最悪だった。……あの時、俺に力が有ればあんな別れ方は無かったはずだ。


思えば、あの時からだったな。俺が今まで以上に力に貪欲になったのは。


――そして、俺の中の時が止まったのも。


もっとも、止まっていた俺の時は再び動き出したのだがな……


「「「覇者……?」」」


「……ん?」


俺がハッとしてロイ先生達に目を戻すと、訝しげに俺を見ていた。


――っと。感傷に浸りすぎたか。


俺は気を取り直して口を開いた。


「転移先だが……システィーナの南門の前でどうだろうか? そこならば転移した後は真っ直ぐ直進するだけでギルド本部に着くのだが」


「おっ、沈んだ面してると思ったらいいトコ知ってるじゃないか覇者。よし、その場所で決定だ!

俺は先に行くぞ、【トラベラー】!」


「では、私も。【トラベラー】!」


「ん~、次は私ね。【トラベラー】!」


「最後は俺か……【トラベラー】」


ロイ先生、クレアさん、リンス先生、俺という順番で転移を使い、"死滅の森"の一角から四人は姿を消した。



―――――――――――


〝王都システィーナ〟


俺が通うティーン魔法学園があるシスティール王国の首都。


システィールは他国との交流も深く、様々な国の人達が街中に溢れ返り、他国の物を扱う商人もたくさんいる。


そんな所に俺は転移して現れた。因みに一応人気のない路地裏である。


というか、人気のない場所じゃないとイロイロと拙い。


だってアレじゃん? まだ名の知れていない俺は兎も角、武名が天下に轟いている〝紫電の雷帝〟や〝大地の女神〟、〝流水の舞姫〟が突然街中に現れたら騒ぎになること間違いナシ。


もっとも、どのみちこの路地裏から出ることにはなるんだが。


「よし、じゃあ行くぞ?」


「行きますよ、覇者」


「行くわよ覇者!」


「ん? あァ……」


俺はロイ先生達と一緒に路地裏から出て……即座に周囲に殺気をバラ撒いて黙らせた。


何故かって? ハハハ、そんなん決まってんだろ?


俺達が路地裏から出て表通りを歩き出した途端に周囲から歓声が上がり、非常にウザかったからだ。


《覇者ぁ!? ちょっ、気持ちは分かるがマジで殺気を抑えろ! お前の気当たりは一般人にはヤバい!》


《覇者、出来ればすぐに殺気を抑えて貰えませんか? 皆さん怯えてしまっているのですが……》


《覇~者ぁ~!? すぐに殺気を抑えなさい!》


「ちっ……」


念話でそう言われて、俺は舌打ちして殺気を抑えた。途端に周囲にいた人々が息を切らして地に膝を付き、畏れの籠った眼差しで俺を見てきた。


やっちまった……その瞬間に俺はそう思った。


ムシャクシャしてやった。後悔はしている、だが反省はしてない。


……などという事があったが、その後俺達は静かになった大通りを歩いて行き、ギルド本部の前に着いた。


「着いたぞ。ここがギルド本部だ」


「……」


先導していたロイ先生が振り返ってそう言うが、俺はフードの下で唖然としていた。


本部なんだからそれなりの大きさがあるのだろう、とは思っていたさ。


だけど、コレ――


デカ過ぎだろォォ! どっからどう見てもコレ城じゃねーかァァ!


「ちょっと待ってくれ、一応確認しとくが本当にここがギルド本部なのか?」


「ん? そうだが?」


俺がこめかみの辺りを押さえてそう訊くと、ロイ先生はあっさりとそう返してくれた。


俺がそれに顔を引き攣らせていると、クレアさんが苦笑混じりに口添えした。


「ギルド本部は元々はシスティールの古城だったんです。それをシスティールの国王様が使っていないからと提供して下さったので、この城がギルド本部になっているんですよ」


マジで!? この国の国王、気前良すぎじゃねェ!?


使っていないからって古城をギルドに提供するとか……世も末だな。


俺がそんな事を考えている間にも、俺以外の三人はさっさとギルド本部に入って行ってしまう。


俺もため息を吐いてその後を追った。


ギルド本部は入ってすぐが大広間になっており、かなり大規模な酒場になっていた。


俺はその迫力にちょっと驚く。


ギルド本部にはBランク以上の者しか入れないのだが、それでも本部なのでかなりの数のギルド員達が集まっている。


老若男女様々な人達がだ。


そして先程まで騒いでいただろう人達がギルドに入ってきた俺達――正確にはロイ先生とクレアさん、リンス先生を見て静まり返る。


そしてざわめきが広がっていく。


〝おい、あれ――〟


〝ああ……〝紫電の雷帝〟様と〝大地の女神〟様、〝流水の舞姫〟様だ……〟


〝サイン貰いたいわね……あれ? ねえ、一緒にいるあの怪しい黒ローブ誰よ〟


〝知らねぇよ……あんな怪しげなヤツ見たことない……〟


〝あんな怪しげなヤツは始めて見るわ……〟


コイツら……。


後半が俺の怪しさ談義になっているのに俺が拳を震わせていると、それに気付いたロイ先生が俺に何らかの書状を渡した後、俺を入って左側にある受付に促す。


俺は取り敢えず怒りを静めると、ロイ先生達に続いて受付の方に歩いていく。


ロイ先生達は俺を受付まで誘導すると、俺に一つ頷いて受付の横にある階段を昇っていった。


俺はそれを見送った後、何やら引き攣った顔をしている受付嬢に向き直った。


「ギルド登録がしたいんだが……」


俺が声質を変えて淡々とそう言うと、受付嬢は慌てた様に口を開いた。


「あの、ギルド本部での登録はAランク以上の方の紹介が必要なのですが……」


「ああ、その事か……」


俺は先程ロイ先生から預かった書状を懐から取り出すと、それを受付に置いた。


受付嬢はそれを見ると、それを手に取って読み始めた。


「紹介状の提示ですね?

えっと、紹介者は……ええっ!?」


その紹介状を読んだ受付嬢が突然大きな声を上げた事により、再び酒場が静まり返り視線が受付に集まる。


因みに、その時俺は、受付嬢のデカい声を至近でモロに食らって心中で悪態を吐いていた。


それを知ってか知らずか、受付嬢が呆然とした様に言葉を続けた。


「紹介者はSSSランクの〝紫電の雷帝〟様……!?」


受付嬢がそう呟くと、ギルド員達がざわめき出した。


静まり返っていたせいで呟いた声が大広間に反響し、比較的受付の近くにいた者達には聞こえてしまったのである。


〝〝紫電の雷帝〟様の紹介だと……!?〟


〝〝蓮獄の炎帝〟様に続いて二人目のSSSランク所持者の紹介……〟


〝ただ者じゃないわね……〟


〝蓮獄の炎帝〟だと……?


俺はざわめきの中に気になる言葉が入り、ちょっと考える。


恐らく、今聞こえてきた〝蓮獄の炎帝〟という二つ名のヤツは『炎の覇者』継承者だろう。


となると、俺が知っているので『炎の覇者』はまだ見ぬ誰か、『雷の覇者』はロイ先生、『水の覇者』はリンス先生、『氷の覇者』は恐らく〝絶対零度の氷姫〟、『地の覇者』はクレアさん、『風の覇者』はこの俺が――そんな感じで受け継がれたんだろう。


じゃあ『光の覇者』は誰が受け継いだんだろうな――


「――の、すい―せ―」


もしくは、まだ受け継がれていないのか――?


「あの、すいません!」


「……ん?」


どっぷりと思考の海に沈んでいると、受付嬢の声に今更ながらに気が付いた。


俺が反応すると、やっと反応してくれました、と言って受付嬢がほっと息を吐いていた。


「貴方はSSSランク所持者の紹介により、Sランクの方と試合する事になりました。あちらの方に見える階段を降りて闘技場まで行って下さい。

お相手の方は念話で連絡を取り、既に転移で来て貰いましたので」


「……そうか。すまないな」


俺は受付嬢にそう返し、示された左奥の方にある階段を降りて闘技場に向かった。


「……随分と広いんだな」


闘技場を見下ろして俺はそう思った。


目測でも間違いなく縦にニ百メートル、横に百二十メートルくらいあるだろ、この闘技場。


俺は闘技場を見下ろす位置にある観客席でそう思いつつ視線をズラすと、少し離れた所で同じ様に観客席から闘技場を見下ろしている男を眺める。


すると男も顔を上げて、俺の方を見た。


「よーう……アンタが俺の相手かィ?」


「その言い様を聞くと、その様だな……」


声を掛けてきた男にそう返すと、その男は一つ頷いて近寄ってきた。


「さて、雑談をしに来たワケじゃないからねぇ~……さっさと始めるとするかィ?」


「フッ……同意見だ」


そういや学園の宿題やってなかったな……


「ヒュー、クールだねぇ。何考えてるんだか分からないタイプだよ、アンタ」


宿題の事ですが、何か?


男は一々階段から降りた後回り込んでから闘技場のゲートから来るような真似はせず、そのままひょいっと手すりを乗り越えて闘技場に飛び降りた。


俺もそれに倣い手すりを飛び越えると、闘技場に降り立った。


それを見て、男はにぃっと笑う。


「さてさて、早速やるか。観客も居る事だし」


言われて観客席を見てみれば、〝紫電の雷帝〟の紹介というせいか、ギルド員達がわいわいしながら観客席に座り始めていた。


俺はそれを見て眉をひそめるが、特に何か言うつもりはない。


俺は男に目を戻すと、


「……始めろ」


とだけ言い、数歩下がって腰を落とした。


それを見て男も数歩下がると、魔武器らしき槍を呼び出すとそれを構えた。


「おっとー……紹介が遅れたが、俺はSランクのブラン。二つ名は〝土鬼〟だ。

アンタは?」


「……覇者とでも呼んでくれ」


「……本っ当にクールだよな、アンタ」


ホントは全然クールじゃないんですけどね~。


まあ言うつもりはないけどな。


俺がそんな事を考えていると、先程の受付嬢が観客席に現れて声を張り上げた。


「審判はこの私、キアが勤めさせて貰います。

それでは、Sランク〝土鬼〟さんと――え~と、覇者さん?準備はいいですね?」


「いいですぜィ」


「……構わん」


ブランと俺がその意を示すと、受付嬢――キアは息を吸い込み、


「それでは――始めっ!」


――その声が闘技場に響いた瞬間、俺は神速で動いた。


「オイオイ、あんまり嘗めないで欲しいねェ。

早く魔武器を出しなよ」


「……その前に一つ訊きたい……お前……今何か見えたか?」


「はっ?って――え?」


俺がそう問うた途端、ブランは膝から崩れ落ちた。


崩れ落ちる前の驚愕に満ちた表情からして、自分が何をされたかすら分かってないだろう。


まあ、ブランでは目視不能な程のスピードで背後に回り込み、手刀を放っただけなんだけどな。


しかし目視出来なかった野次馬達は当然の如く騒ぎ出す。


それを抑える様にして試合終了をキアが伝えようとした時、誰かが闘技場に転移してきた。


「へえ……貴方が紫電の言ってた人ね?」


落ち着いた声音でそう聞いてきたのは、水色のローブを羽織った女性だった。


フードでわざと俺にだけしか見えない様にしているが、見た感じ恐らく背中半ばまで伸ばされているであろう白髪に、ある一点を除けば近郊のとれた体つき。


文句無しの美女である。……ある一点を除けば。


しかし、その女性の出現で騒いでいた野次馬達が一斉に静まり返った。


そして俺は冷や汗が頬を伝うのを実感した。


「ああ、そうだが……」


俺はそう答えつつも、先程とは違い何時でも〝黒風〟――ギルドでは〝覇黒〟と名前だけ変えている自らの魔武器を召喚出来る様にする。


すると、女性は朗らかに笑った。


「始めまして、覇者?私はギルドマスターをやっているSSSランク〝絶対零度の氷姫〟よ。そして――」


そこまで言うと、俺にだけ聞こえる程度の声で言葉を紡いだ。


「――『氷の覇者』の継承者よ」


「『氷の覇者』……」


俺が言葉を舌先で転がしていると、氷姫は軽く笑った。


「それで、そこに倒れている〝土鬼〟だけど……貴方がやったのよね?」


「俺が戦ったのだからそれしかないだろう」


「そう……じゃあ今度は私とやり合って貰うわよ?」


氷姫がそう言うと、闘技場内に張り詰めた空気が流れる。


幾らSランクをあっさり打ち破ったからと言っても、まさかギルドマスターが出刃って来るとは皆思っていなかったのだ。


しかし今実際にギルドマスターが現れ、更には正体不明の新人に自分と戦う様に促しているのだ。


そして今、俺が何と答えるのかを聞くため、闘技場内が張り詰めている。


そんな中、俺は口を開いた。


「――その申し出、受けて立とう」


俺の声が闘技場内に響いた瞬間、闘技場内は莫大な歓声に満たされた。


俺は突然の歓声に煩わしそうに首を振るが、氷姫はそんな事を気にせずに、ブランを担架で運ぶように指示した後、観客席にいるキアの真下まで行くと審判をする様に言っている。


俺がそれを横目で見ていると、氷姫が戻ってきて少し離れた場所で止まった。


そしてゆっくりと手を胸の前辺りまで持ち上げると、囁いた。


「――来なさい、〝雪華〟」


そう囁くと、持ち上げられた手に薄い水色がかかった剣が握られていた。


それを見て俺も〝黒風〟を召喚しようとすると、念話が入った。


《紫電と女神から話しは聞いているわ。貴方、学生でしょ?

魔武器の別の名前をちゃんと考えてあるわね?じゃないと魔武器の名前で正体がバレるわよ》


俺はちょっと目を見開くと、氷姫を見つめる。


すると軽く頷いて返して来たので、俺はこの念話が目の前の氷姫が使ったのだと確信した。


そこで俺も念話を繋いだ。


《その心配は無用ですよ。既に別の名前を考えてありますから》


そうとだけ伝えると、俺は左手を前に突き出し、ボソッと呟いた。


「来い――〝覇黒〟」


すると俺の手に黒い灰が収束し、長さ2.5メートルの鍔が無く何の装飾もない、漆黒の長刀が鞘に納まり顕現していた。


これは以前ヴァン相手に使っていた時の形態で、2.5メートルという長さでありながら、能力のお陰で長さ的に出来ないと思われた居合いを可能に出来る。


と言うか、黒風の能力って何気に便利だよな。


それともう一つ分かった事がある。俺の黒風の能力は〝魔武器変化〟何てモノじゃなかった。


俺の黒風の能力は〝顕現〟――自分の望む通りに形態を変えられるというヤバい能力だ。


それを俺は理解しきれずに〝魔武器変化〟という解釈をしたが、力を覚醒させてから始めて理解出来た。


何はともあれ、俺は黒風――今は覇黒と銘を偽り、そして形態をも偽っている刀を腰に帯びると、鞘からゆっくりと抜き放った。


ギルドでは何時も通りの居合いを使うのはマズイ。単純な剣技だけならば偽るのは簡単だが、居合いの動きを偽るのはかなり難しかったりするからだ。


「……へえ。随分と長い刀だね」


「……まあな」


俺は刀をぶらっと下段に下げたままそう返すと、キアに目をやった。


するとキアは数回目を瞬いて意味を理解し、声を張り上げた。


「それでは、ギルドマスター〝絶対零度の氷姫〟様対覇者――」


そこで大きく息を吸い込み、


「――試合開始!」


戦いの火蓋は切って落とされた。



―――――――――――


試合開始と同時に両者は後方へ跳躍し、魔力を解放した。


「【エアリアル・バースト】ッ!」


「【グレイシアル・ランス】ッ!」


俺は風で空気を炸裂させた衝撃波を、氷姫は高密度の魔力で構成された氷の槍を放った。


互いに最上級魔法で様子見をして、両者供に体が空中にある内に魔力付与を使う。


「【疾風迅雷】!」


「【氷霧零刃】!」


全く同じタイミングで属性付与を行使した俺と氷姫は、地面に脚が着いた瞬間残像が残る程のスピードですれ違った。


すれ違い様に俺は氷姫に二の腕を浅く斬られ、氷姫は俺に頬を浅く斬られ、次の瞬間には申し合わせた様に互いに背後の敵に刃を叩き付ける。


けたたましい金属音が響き渡り、俺と氷姫はギリギリと鍔迫り合う。


この間、僅か一秒にも満たない。


闘技場内で俺と氷姫の動きを目で追えた者は一人としておらず、観戦していたギルド員達が息を呑む。


しかし戦いに集中している俺と氷姫は気付かない。


「へえ……強いわね、貴方。少なくともスピードだけなら私よりも上かしら」


「クククッ、貴女こそ強いな……しかし、その認識には間違いがあるが」


俺が低く笑ってそう言うと、氷姫は怪訝そうに訊いてくる。


「……それはどういう事なのかな?」


「……全魔力を解放すれば分かるだろう」


俺がそう告げると、氷姫はすっと体を沈めて後退し、更に強大な力の波動を放ち始めた。


「――むっ」


氷姫が魔力を解放した瞬間、俺は違和感に気付いて氷姫を見た。


氷姫は薄い水色の魔力のオーラを全身に纏っており、その魔力によって次第に熱が周囲から奪われている様な――


そこで俺は氷姫の二つ名を思い出し、フードの下で青ざめた。


〝絶対零度の氷姫〟――その二つ名が意味する事がもし俺の想像通りだとするならば――


「ちっ!【エアリアル・サークル】!」


俺は即座に魔力の封印を極僅かに解くと、最初から覇級魔法を使って来るべき攻撃に備えた。


その瞬間、周囲の温度がみるみる低下していき、闘技場内が氷の世界と化した。


無事で済んでいるのは俺が【エアリアル・サークル】で防御した俺の周囲の空間と、結界で護られている観客席のみである。


恐らく-273.15℃に達しているだろう。まさに絶対零度と言うに相応しい。


これは最早神級魔法か、"覇者"を受け継いだ者達にしか使えない覇級魔法でなければ防げない冷気であろう。


「やはりかっ」


俺がそう吐き捨てると、氷姫は冷ややかに述べる。


「ふうん……どのくらいの魔力を持っているのかと思ったら、その程度何だ。

……覇者達の中で一番弱いんじゃないのかな?この分だと――」


俺はただ単に魔力の封印をまだ三億までしか解いていないだけなので鼻で笑って聞いていたが、続けて紡がれた言葉に無表情になった。


「――風の覇者ってのも、大した事がないのね」


「……なんだと?」


俺はそれを聞いてそう呟くと、自分が放てる最大限の殺気を氷姫に飛ばした。


それだけで大気が震え、氷姫が息を呑むのが視界に入るが、キレた俺には関係なかった。


例えコレが相手の挑発で、予定通りの展開だとしても最早関係ねェ。


「……この俺は兎も角、貴様はファランまで愚弄するか。

……調子に乗るなよ、雑魚」


俺は無表情のままそう告げると、今度は完全に魔力の封印を解き、魔力を解放した。


すると周囲の大気が不気味に鳴動し始め、闘技場が小刻みに揺れ始める。


しかし、魔力を解放して我に返った俺は即座に思った。


やっちまった、と。


いやね、俺って今スゴく上から目線でほざいてしまったワケで、これで友好関係が損なわれたらちょっとヤバいよな?


……駄目だ、やっぱ念話で謝っとこう。


《あの~、すいません氷姫さん》


俺が念話を繋ぐと、一瞬氷姫がポカーンとしてから返してきた。


《え~っと……なに?》


《いや、その、アレですよ。今メチャクチャ傲慢な態度を取ってしまって申し訳ないというか何というか……》


《あっ……いやいや、此方こそ挑発の為とはいえあんなヒドい言い方してごめんね?

それと念話でも敬語は無しでいいよ?》


《そうで――そうか。有り難い》


俺はそう返すと、念話を切った。


因みに念話でこのやり取りをしている間も、周りからは俺と氷姫が真剣に睨み合っている様にしか見えていないので、まさかこんなシリアスぶち壊しのやり取りが行われていたなどとは、念話をしていた本人達以外誰も知らない。


それにしても――と、俺は思考を戦闘時のそれにする。


流石は氷姫と言うべきか、俺の全力の魔力を綺麗に受け流している。


あの時学園長室で始めて魔力を解放した時に、クレアさんとリンス先生は俺の魔力で辛そうにしていたが、この分だといきなりでなかったのなら、クレアさんとリンス先生も普通に俺の魔力に耐えきれるという事だろう。


俺は冷静にそう判断し、刀を持ち直して体内で魔力を高めていく。


それに呼応して俺は全身に蒼銀の魔力のオーラを纏い、目を細めて氷姫の出方を窺う。


そして、両者は再び動き出した。


先程よりも更に密度の高い属性付与を施した俺は、背後に残像を従えて氷姫に接近し、下段から一気に刀を振り上げた。


それを氷姫が受け止めた瞬間、膨大な魔力にモノを言わせて覇級魔法【エアリアル・オート】を無詠唱で行使した。


これより俺は行動するだけで風の刃、風の守護壁が顕現するようになる。


その途端、受け止められた刀から一つ一つが膨大な魔力を秘めている斬撃の嵐が巻き起こり、氷姫を切り刻む。


しかし切り刻まれた氷姫の体に罅が入り、氷の塊となって四散した。


即座に俺は飛び退いて距離を取り、四散した氷の破片を躱すが、氷姫が手を此方に突き出して叫ぶ。


「全てを閉ざす氷雪よ、我が敵を討ち滅ぼせ!【グレイシアル・エッジ・ストライク】!」


「――この威力、覇級魔法かっ!?」


氷姫が放った吹雪は、一粒一粒が鋭利な刃と化して地面を削りながら俺に迫る。


しかし俺もそれを黙って見ている程馬鹿じゃない。

即座に左手を突き出し、体内で高め切った魔力を解放し、俺を纏う蒼銀のオーラがより一層光り輝く。


「破壊の風よ、世界を穿つ刃と成せ!【エアリアル・クロムディンクション】!」


俺がそう詠唱した途端、突き出した左手に風が収束していき、そこから放たれた蒼銀の風が渦巻く球体となり、迫り来る純白の吹雪とぶつかり合った。


その途端、とんでもない破砕音が響き渡り、魔法の爆心地では純白と蒼銀がせめぎ合う。


だが次第に拮抗状態が崩れていき、俺が放った蒼銀の風が純白の吹雪を打ち破った。


「くっ!?【グレイシアル・サークル】!」


しかし流石と言うべきか、氷姫は即座に恐らく覇級の防御魔法であろうシールドを顕現させると、俺の【エアリアル・クロムディンクション】を見事防ぎきった。


それを見て俺が更に強大な魔力を籠めて魔法を放とうとした時、氷姫が口を開いた。


「ふぅ……どうやら貴方には本気を出した方が良さそうね」


「なに?」


俺はそれを聞いて直感なのだろうか、何か嫌な予感がした。


だから動きを止めている今の内に勝敗を決そうとその場に残像のみを残して間合いを詰めるが、一歩遅かった。


氷姫は間合いを詰めようとする俺に氷の槍を飛ばしてきた。


舌打ちして俺がそれを処理した時、氷姫の歌うような声音が響いた。


「神器再現……氷姫指揮棒<カーディナル>!」


「――ッ!?」


その声が俺の耳に届くと同時に、突如として氷姫の魔力が今まで感じていたよりも二倍以上跳ね上がり、ただでさえ覇級魔法で何とか凌いでいた冷気が更に強まり、俺の体を蝕んだ。


「【エアリアル・サークル】、【エアリアル・キャンセラー】――ぐっ!?」


自分の周囲に風の結界を展開し、次いで身を切るような冷気を、膨大な魔力を籠めた風を【疾風迅雷】の上から体に纏って無理矢理防ごうとした矢先、突然足の感覚が無くなり、それと同時に動かせなくなったのを感じて即座に足を確認し――頬を引き攣らせた。


「ッ……おのれ……!」


俺の足は風の結界と風の守護壁の発動が僅かに遅れたせいか、左足は兎も角右足が完全に凍結されていた。


思わず呻いた俺は氷姫を睨み付け、何とか動かす事の出来る左足を駆使して立ち位置に復帰して、刀を構えると、高い魔力にモノを言わせて右足の氷を溶かし、更に筋繊維を再び可動可能にしようとしたが、氷姫が指揮棒を振る方が早い。


「――対象を地に固定、次いで対象を蝕め」


「――ぬっ」


俺が魔力を右足に集中するよりも早く、氷姫によって凍り付いた俺の右足が地に固定される。


それに一瞬動揺した後には、右足の膝辺りまで凍っていた氷が右足を這いずる様に覆っていき、遂には膝の半ばまで凍り付いてしまった。


更には、【エアリアル・オート】ですらも解除される。


「抜かったか……!」


歯噛みして氷姫を睥睨すると、氷姫が静かに語りかけてきた。


「この闘技場に張られている結界のお陰で、お互い死んだり、外に出れば無かった事になるから身体が損傷したりはしないんだけど……その有り様じゃあまともに戦えないでしょ?

降参しなさい」


「ッ……誰がするかッ!」


低い声で呻き声混じりにそう返すと、俺は刀をスッと天に突き付けた。


結界のお陰で死んだり、身体が損傷したりはしないだって?ハン!いいじゃねぇか……


もういい。

この戦い、敵を"破壊"する事のみに集中してやるよ……!


体内で高まり切った魔力が全身を駆け巡り、時間が経つに連れて気分が高揚していく。


それを感じ取った氷姫が指揮棒を振って、俺の右足を蝕む氷で全身を凍り付かせて勝敗を決そうとしてくるが、僅かに遅い。


蒼銀のオーラを纏い、天に刀を突き付けた俺は天にも届けと言わんばかりに吠えた。


その瞬間、淡く輝いていた俺のオーラが、眩しい閃光と共に膨張し、闘技場内が蒼銀の光りに満たされた。





「神器再現……魔剣<ディスヘルスラスト>!」





言下に、空間全域に歪むような低い音が走った。


そして俺を起点に闘技場全体が細かく揺れ始める。


更には、闘技場内を満たしていた蒼銀の光が幾筋もの閃光となり、俺に収束していく。


そして光が治まり、観戦していたギルド員達が恐る恐る目を開くと、闘技場内に蒼銀のオーラを放つ刀を天に突き付けた俺が居た。


しかしそれは魔剣と言うには刀の形を維持したままであり、本来ならば魔刀と言うべきモノなのだろう。


しかし、蒼銀のオーラがのたうつ刀から放たれる途方もない力の波動が見る者に有無を言わせない。


例え刀の形で顕現しようとも、神器本来の形が魔剣<ディスヘルスラスト>である限り、何処まで行っても<ディスヘルスラスト>は魔剣と認識される。


俺は荒れ狂う蒼銀のオーラを身に纏い、氷姫により凍らされた右足を一瞥し、一言呟いた。


「【ディスペル】」


「なっ……!?」


俺がそう呟いた時、氷姫が驚愕して俺の右足を見ているのを見て、口元を歪めた。


何故なら、凍っていたハズの右足が俺が一言呟いた途端、瞬時に解凍され、更には最善のコンディションに戻っていたからだ。


これこそが魔剣<ディスヘルスラスト>の数多くある真骨頂の内の一つ。


そもそも、魔剣<ディスヘルスラスト>の【ディスヘル】とは、元々は〝Dispel〟(ディスペル)の意味を顕すモノだったのだ。


つまり、魔剣<ディスヘルスラスト>の真骨頂は【解呪】、あらゆる魔法を無効化する事――!


しかし、あくまでもこれは〝神器再現〟。

再現されただけの<ディスヘルスラスト>では全力の【ディスペル】は発揮できない。


だが、全力の【ディスペル】こそ発揮できないものの、今は全力ではなくとも充分に効果がある。


俺は【ディスペル】で完全に冷気を無効化すると、フードの下でニヤリと笑った。


「貴女の〝神器再現〟で顕現する能力は〝氷雪の理〟、冷気を自由自在に操り、支配する能力だろう?

確かに凄まじい能力たが、俺の<ディスヘルスラスト>の前では無力だ……どうする?」


「甘いわね」


「なに……?」


軽く首を振り、そう述べる氷姫に俺は警戒の色を露に問い返した。


この間にも、俺と氷姫の間では〝氷雪の理〟と〝風魔の理〟の能力がぶつかり合い、せめぎ合っている。


俺はそれを見つつ、氷姫の目を見て――気が付いた。


氷姫の澄んだ蒼眼に、魔法陣のようなモノが浮かび上がっているのを。


「なんだ……?」


俺がそう呟いた時、氷姫の蒼眼に浮かび上がっていた魔法陣が氷姫の蒼眼に溶け込む様に消え、俺は疑問を抱きながらも、〝神器再現〟によって更に強化された身体能力を活かして氷姫に向けて踏み込もうとし――それを果たせず目を見開いた。


「――なにっ!?」


俺は本能で氷姫の"視界"から逃れると、氷姫が見つめた場所をまじまじと凝視した。


氷姫が見つめた場所……俺がつい先程まで立っていた場所が巨大な氷塊に包まれていた。


俺が常に移動しながらも呆然とそれを見ていると、氷姫の声が耳に届いた。


「これが〝神器再現〟して始めて顕現する事の出来る魔眼<氷姫>。

氷姫の瞳に見つめられた者は瞬時に冷却され、氷の棺に閉じ込められる……」


氷姫はそこで一旦言葉を切ると、


「果たして、貴方は私から逃げられるのかな……?」


そう述べて、さっと繊手を持ち上げた。


「顕現せよ、古より伝わりし我が力。君臨せよ、絶対零度の世界にて。

全てを閉ざせ!【エンペラー・オブ・アブソリュートゼロ・ワールド】!」


「くっ……上等だよ……」


俺は闘技場の結界の強度が自分の全力に耐え切れるのを確認した後、魔力解放能力を全開にした。


氷姫の詠唱に呼応する様に大気が不気味に鳴動し、凍てついていく闘技場内で俺は叫ぶように詠唱した。


「天を駆けよ!無垢なる光を抱きし風よ!大地を穿て!邪悪なる闇を抱きし風よ!

光と闇を満たし聖魔降臨!蒼銀の風と重なりて今こそ世界に顕現せん!

力を示せ!【エアリアル・ヘル・ジャッジメント】!」


詠唱が終わった瞬間、闘技場内に蒼銀の風が渦巻き、白き風と黒き風がそれに混ざって裁きの暴風と化し、全てに牙を剥く。


対する氷姫の魔法は純白の吹雪で闘技場内を侵食し、絶対零度をも超越した力を秘めた純白の暴力と化して全てに牙を剥いた。


そして、裁きの暴風と純白の暴力がぶつかり合った。


「ッらぁぁぁぁぁあ!」


「はぁぁぁぁぁあ!」


闘技場内に俺と氷姫の裂帛の気合いの声が響き渡る。


それと同時に、その声すらもかき消さんばかりのひび割れる様な音と破砕音が響き渡り、闘技場内が眩しい光に満たされる。


純白の暴力に裁きの暴風が凍りつかされ、負けじと裁きの暴風が純白の暴力を破壊しているのだ。


二つの魔法が拮抗する中、俺と氷姫は魔力を上昇させつつ吠えた。


「消し飛べぇぇぇぇぇ!」


「打ち破りなさい!」





「その戦い、暫し待て!」





俺と氷姫の魔力解放能力が全開になろうとした時、闘技場内に凛とした声が響いた。


「……ああ?」


「……あら」


完全に気を削がれた俺と氷姫が目をしばたたかせて魔力の放出をカットすると、せめぎ合っていた裁きの暴風と純白の暴力がかき消えた。


そして二人して観客席を見上げてみれば、呆れたような様子でいつの間にか闘技場の中に入ってきていた〝紫電の雷帝〟――ロイ先生が立っていた。


それを見て、俺が戦いに水を差した事について文句の一つでも言ってやろうかと思っていると、それを察したのかロイ先生が口を開いた(仮面のせいで見えないが)。


「お前ら……こんなトコで本気出してみろ、如何に古代魔法の術式を組み込んだ結界と言えど、流石に保たねぇぞ……?」


特に覇者、お前はな……などと言われて、俺は漸くかなりヤバい事をしていたことを自覚した。


危うく、結界を破壊してしまうトコだった……


俺は若干の憤りを冷や汗を流してため息にして出すと、氷姫に視線を戻して問うた。


「それで……俺のランクはどうなんだ?」


「そうね……それはギルドマスター室で言うわ。書類を用意しておくから、後でいらっしゃい」


「……了解した」


俺はそれを聞くと、ロイ先生に軽く会釈した後、その場で軽く膝をたわめ、ダンッと地を蹴ってフワリと跳ぶと、軽く一回転してから観客席に着地した。


フードが捲れたりしないように魔法をかけてあるので、多少派手に動いても顔を見られたりする心配はない。


そして俺が闘技場の出口に向けて悠々と歩いて行こうとすると、観客席から闘技場のフィールドを見下ろしていたギルド員達の視線が一気に俺に集まった。


と言うか、戦いを見ていたギルド員達全員の視線が俺を追っていた。


でもって、観客席に着地した俺をガン見してきたワケだ。


何か嫌な予感がした俺は足早に出口へと向かうが、それはギルド員達の歓声によって阻まれた。


しかもその後にギルド員達全員が俺の回りに集まり出し、瞬く間に人垣が出来てしまった。


おかげで俺は咄嗟に無詠唱で闇属性下級魔法【シャドー】の応用を使い、フードの下に影を生み出す事によって、フードで隠されている素顔を見られない様にしないといけなくなった。


流石にここまでの人垣が出来てしまうと、フードだけでは何かの拍子に素顔を見られてしまうかもしれないので。


それは兎も角、口々に何か言いながら興奮した様子で俺を囲むギルド員達を見て、俺は思った。


うん……どうしてこうなった?、と。


「アンタ、マジでスゲーよ!どうゆう鍛え方してんだ!?」


「ねえねえ、顔を見せてよ!どんな顔してるんだか知りたいんだけど!」


「それよりもアンタも〝神器再現〟っていうのを使えるの!?」


「魔力はどのくらいあるんだ!?」


「俺を弟子にしてく――」


「黙れ……」


俺は口々に喚き立てるギルド員達に苛立ち、低くドスを利かせた声でそう言ってやると、今まで騒いでいたギルド員達が沈黙した。


静かになったのをいい事に、俺は続けて言ってやった。


「貴様らが集まって来たせいで酒場に戻れん……通行の邪魔だ、退いてくれ」


俺がそう言うと、ギルド員達は静かに道を空けた。


うむ、よろしい……そんな感じで俺が鷹揚に一つ頷くと、ロイ先生から念話が入った。


《うむ、よろしいってお前は何処の魔王様だ》


《うん、アンタ完璧に読心術使いやがったな?何してくれてんだコノヤロー》


《安心しろ、お前の無意識でのガードが堅すぎて「うむ、よろしい」ってトコしか読めなかったから》


《充分過ぎるだろ》


俺はムッとしてそうとだけ返すと、闘技場から出た。


それにしてもこの二人、もう教師と生徒という関係じゃなく友達感覚である。


そんなこんなで、俺は酒場に戻ると、パブのマスターにウイスキーを注文してカウンター席に着いた。


そしてウイスキーが出されると、グラスに口を付けてゆったりと舌先で転がして味わい、多少時間を潰した後、頃合いを見てカウンターに勘定を置いてギルドマスター室に向かった。


数十分後、俺はギルドマスター室の前に立っていた。


そう、ホントにギルドマスター室まで行くのに数十分かかったんだよ、コレが。


何せ元はと言えば城だったんだからな。


とにもかくにも、俺は軽く深呼吸した後、ギルドマスター室の扉をノックした。


すぐに了承の返事が返ってきて、俺は再度深呼吸した後、ギルドマスター室の扉を開いた。


「……失礼する」


俺がそう言って部屋の中を見ると、書類などが適度に整頓されたたななどがあり、今俺が入ってきた扉の奥まった所に机が置かれ、そこに先程まで戦っていた水色のローブを着た白髪の女性がいた。


因みに今はフードを下ろしており、素顔が見える様になっていた。


俺が後ろ手に扉を閉めつつちょっと目を見開いて見つめていると、その女性が口を開いた。


「こうやって完全に素顔が見える状態で会うのは始めてだね。

改めて、私がギルドマスターをしているSSSランクの〝絶対零度の氷姫〟、シリア=クレヴァスよ」


「これはどうも御丁寧に……。

俺は――」


自分も自己紹介をしようとして、ちょっと迷う。


というのも、例え相手が正体をバラしてきても、自分も正体をバラしていいものかと思ったからだ。


するとそんな俺の考えを読んだのか、氷姫――シリアさんは笑う。


「安心なさい。貴方の正体はもう聞いているわよ?

ティーン魔法学園一年、レオン君?」


「……知っているのなら早いですね。ご存知の通り、俺が『風の覇者』継承者のレオンです」


俺は軽く頭を下げてそう言い、正体を知っているのならばとフードを下ろした。


するとシリアさんは目を見開いて俺を見てきた。


「あれ?おかしいなぁ、〝蓮獄の炎帝〟と同年代の男の子だって聞いてるんだけど……貴方、ホントに男の子?」


「ぐっ……俺は男ですって!女と間違われるの、実際にやられると結構堪えるんですよ!?」


「あらあら……」


正体を明かしたのをいいことにすっかり普段の口調に戻った俺がそう言うと、シリアさんは朗らかに笑った。


「ふふっ、冗談よ冗談。でも貴方ってホントに女の子っぽい顔立ちしてるわね」


「……っ!」


「あっ、それと貴方のランクはSSSランクになったから。私と互角に渡り合うくらいだから、ね。

それとコレがギルドに入るための書類だから」


「そこでその話を持ち出しますか!?って言うか先刻からシリアスがなくなってきている気がするんですけど!」


俺はそうツッコミつつも、差し出された書類を見てため息を吐いた。


「『クエスト中死んでも責任は取りません』、『ギルドに入ったからには裏切るな』って……これはまた随分とストレートに書いてありますね……」


「それはまあ書いてあるわよ。後で難癖付けられても困るし」


そうか、とだけ返すと、俺は渡されたペンを取り、さらさらとサインして書類をシリアさんに渡した。


シリアさんは俺が渡した書類を見ると、一つ頷いて口を開いた。


「いいわよ。これより貴方には新たなSSSランクとして活躍して貰うわ。勿論、ランクに見合ったそれ相応の功績は挙げて貰わなきゃ駄目だけどね。

それで、二つ名の事なんだけど。本来ならギルドマスターである私が付けるんだけど、一応訊いておくわ。

何か候補はない?」


「二つ名か……」


そう訊かれて、俺は顎に手を当ててちょっと迷う。

別に二つ名くらいどうでもよろしいのだが、あんまり変な二つ名を付けられても困る。


と、なるとここはやっぱりシンプルに――


「……〝風の覇者〟」


俺はボソッと呟いた。


「俺の二つ名は風の覇者にします」


「へえ……?」


俺が二つ名を決めると、シリアさんはちょっと意外そうに見返してきた。


「風の覇者かー……まさかそのまま名乗るとはね。ちょっと意外だったかな?……よしっ、と。はい、貴方のギルドカードよ。

それにしても、SSランクの『炎の覇者』継承者は〝蓮獄の炎帝〟って決めたんだけど」


「あ、どうも……ってか、やっぱり〝蓮獄の炎帝〟って『炎の覇者』継承者だったんですね。

予想通りってトコかな」


「邪魔するぜ~」


俺が黒色のギルドカードを受け取りつつそう返した時、背後で扉がドン!とデカい音を発てて開き、俺とシリアさんは揃ってそちらを見た。


するとそこには紫電の雷帝――ロイ先生がギルドマスター室の扉をイィィヤッホォォォォイ!と蹴飛ばしながら入ってきていた。


呆気にとられて俺が見ていると、ロイ先生がシリアさんを見て一言。


「フッ。相変わらずまな板だな、お前」


ヒュアッパキパキパキ!


あれ?

目の錯覚かな、何かロイ先生が首だけを残して凍り付いた様に見えるんだが。


「どうかしたの、紫電?」


「たった今お前に凍らされた」


「あら?何の事かしら」


「てめっ、首まで――(パキパキパキ!)……」


あぁ……恐ろしい。


遂には首まで凍らされたよ、ロイ先生。


ってか、あれ死ぬんじゃね?


「ふう、死ぬかと思った」


そう言いつつ、ロイ先生はフツーに氷を割って出てきた。


「いや何でフツーに氷割ってるんですか!?ってかどうやって動いたんですか!?」


「ん?寸前で魔力を纏っていたんだよ。何で寸前で魔力を纏えたかと言うと、何時もの事だしな、これ。

それと敬語は無しと言っておいたハズだが?」


ロイ先生は〝紫電の雷帝〟の仮面を外しつつ、そう述べた。


すると黒色に変わっていたロイ先生の髪が青色に戻り、それを見て俺も漸く確信した。


なるほど……やはりあの仮面はマジックアイテムだな。俺の見立てが正しければ、恐らくかかっているのは闇属性の染色魔法の永久化だろうが……。


そう推測しつつも、俺はロイ先生に問いかけた。


「あぁ……そういやそうだったな。

それよりも紫電、何故此処へ?」


「おっ、その事なんだがな。今からお前の防具を作りに行くぞ」


「防具……?」


俺が首を捻って聞き返すと、そうだと頷いて自分が今着ている紫色のコートの胸の辺りを示した。


「俺が今着ているこのコートと仮面あるだろ?外見だけじゃ分からんかもしれんが、実はこのコートと仮面、れっきとした防具なんだよな。

それも国宝級を軽く越えてるくらいのな」


「こ、国宝級を軽く……!?」


俺が信じがたいモノでも見るような目で見返すと、ロイ先生はニヤリとシニカルに笑って見せた。


「まあな。

まずこの仮面だが、お前が推測しているであろう事通り、闇属性の染色魔法、それの最上級が永久化が付与されてるんだ。

それだけじゃないぜ?戦いの時に外れたりしない為の固定魔法は勿論、仮面をしても仮面ならではの視界の狭さがなく、仮面をしていない時と全く変わらないくらいの視界の良さ。

それだけならまだしも、この仮面の素材には雷竜王セレスの鱗を使われているんだぜ?その他にも機能は様々。

おかげで耐久力も桁外れに高いっつー有り得ねェ代物だ。

スゲーだろ?」


因みにこのコートも雷竜王セレスの鱗を使った特注品だ、とロイ先生はニヤリと笑って言ってくる。


いやスゲー何てモンじゃねーよ!それこそ所々ありえない内容が入ってっから!


しかも雷竜王セレスって……ぜってーフリードの知り合いだろ!?

雷竜王と風竜王って……もう知り合い以外の何物でもないよな!?


まあ、死滅の森にいる知り合いとは違うだろうが……


「あ~、紫電?

雷竜王ってもしかして風竜王とかと関わりがあったりしないか?

ってかもうあるよな、絶対に」


「ん?風竜王?あー……」


俺がそう訊くとロイ先生は思案気な顔をし、


「あぁ……そういやセレスのヤロウが風竜王について『堅物め……』とか言っていたな」


「あ……やっぱり知り合いなんだな。それよりも紫電は何で雷竜王だなんて御大層なヤツを知ってんだ?」


俺がそう聞いてみると、ロイ先生はニヤリと笑った。


「それなら簡単だ。

雷竜王セレスってヤロウが俺の使い魔だからだ」


「うおっ……これまたとんでもないクラスのヤツと契約してるな、紫電」


俺がそう返すと、ロイ先生は軽く苦笑を返して、再び紫色の仮面を着けた。


「んな事よりも、そろそろ行くぞ。これから会いに行くヤツは遅くなり過ぎると煩いからな」


「おっと、そうだったな。それじゃ氷姫、ちょっと行ってくる」


俺はロイ先生の言葉に頷いた後、シリアさんに向き直ってそう言った。


するとシリアさんは軽く微笑んで頷いてくれた。


それを見た俺はフードを再び被り、ロイ先生に近付いた。


「待たせたな、紫電。それでは向かおうか」


「……覇者、お前【覇者】の時と素の時で凄まじく口調が変わるよな……」


「それは紫電も同じ事だろう……それよりも、行き先は?」


俺がそう訊くと、ロイ先生は懐から地図を取り出して俺に投げた。


俺はそれを無言でキャッチすると、渡された地図を見てフードの下で顔をしかめた。


「これは"裏"の地図……なんだ、これから会いに行くヤツは"裏"の人間か?

紫電、"裏"の合言葉を知っているよな?」


俺がそう問いかけると、ロイ先生は酷く取り乱した。


「待て、ちょっと待て。何でお前がそんなコトを知っている?

お前が知っている様なコトじゃないハズだぞ?」


「……俺は十歳の時に孤児院を飛び出してるんだぞ?

ただの十歳のガキが独りで生き抜けるハズがない。

生き抜くために"裏"に足を突っ込んでいても不思議ではあるまい?」


まあ、基本"裏"でも敵からは逃げてばかりだったが……


俺とは少し形が違うが、"裏"に足を突っ込んでいるようなガキは少ないがいるコトにはいる……俺がそう言ってロイ先生を促すと、ロイ先生は暫し沈黙して俺の顔を眺めた。


それに俺がそっと視線を外した先には、酷く哀しそうな顔をしているシリアさんがいて、俺は視線を天井に彷徨わせた。


重苦しい沈黙が流れた後、ロイ先生が少し俯いて言った。


「……そうか。変なコト思い出させて悪かったな、覇者。合言葉なら知っているさ。

では、行こうか」


「ああ……」


俺はロイ先生に地図を返しながら、ロイ先生に続いて転移でギルドマスター室から街の路地へと姿を消した。


余談だが、転移する直前に今更になって〝ああっ!?よく考えてみりゃロイ先生の体に触れて一緒に転移して貰えばよかったんじゃね!?

翻ってみれば死滅の森から此処に転移して来る時も……しまったァッ!〟

などと俺は思った。



―――――――――――


「……此処に来るのは久しぶりだな……」


俺は転移して来るなりそう呟いたロイ先生に、頷いて返す。


「なんだ、紫電もか……俺も"裏"に来たのは実に六ヶ月ぶりだろうか……」


「六ヶ月ぶり……つまり、覇者は本格的に動き出す前までは"裏"に関わっていたのか」


「……まあな」


この場合の"本格的に動き出す"というのは恐らく学園に入るまで、という意味だろう。


俺はそう解釈すると、ロイ先生にそうとだけ言い、人気の少ない路地裏の方を見た。


「紫電……俺はこの辺りの"裏"に来たコトはあまりないが、俺の記憶に間違いがなければ入り口に見張りの男が一人立っていたハズだが……?」


俺は路地裏の周辺を見渡して、ギルドなどの者逹が来ないように(ロイ先生がギルドの手の者なのに何故"裏"に関わっているかは謎)見張る者がいないのに気付くと、眉をひそめてロイ先生に問うた。


するとロイ先生はため息を吐いた。


「あー……多分見張りはアイツだろうが……またあそこで寝ているんじゃないか……暫し待て」


ロイ先生は俺にそう述べると、転移で何処かに消えていった。


そして十秒後、誰かの襟を引き摺りながら転移して戻ってきた。


しかし、ロイ先生が連れてきた者を見て、俺はちょっと困惑する。


「なんだ……女、か……?」


そう、ロイ先生が連れてきたのがうら若い茶髪の女性だったからだ。


「おい、紫電……まさかその女性は」


「ん、今はこいつが見張りだよ。そら、惰眠貪ってないでさっさと起きろ」


ロイ先生はそう言うなり、ペシペシとその女性の頬を叩いた。


すると女性が唸り、ゆっくりと開眼した。


「ん~……あら、紫電じゃない。どうしたの?」


「どうしたのじゃない。さっさと合言葉を確認して貰うぞ?

"月満つの夜の帳が降りる時"……」


「"星の軌跡が天に瞬く"……オーケーよ」


ロイ先生と女性が互いの合言葉を囁き合う。


その光景はとても真剣な雰囲気を漂わせているのだが、女性が未だに襟を掴まれている所為で真剣な雰囲気が全て打ち消されてしまっている。


ロイ先生は"裏"に入る許可を女性から取ると、一つ頷いて此方に近寄ってきた。


「よし、では入るぞ。俺に着いてきてくれ」


「……委細承知」


俺が首肯してロイ先生に続こうとすると、立ち上がった女性が俺を見て不思議そうに首を傾げた。


「ん~……紫電?誰この人?貴方の連れよね?」


「連れなのは見れば分かるだろう……そいつはSSSランク〝風の覇者〟。

新しく入ってきたSSSランクだ」


「うっそぉ!?SSSランク!?」


俺の事を聞いたその女性は驚き、俺に迫ってきた。


「ねえねえ、貴方って男だよね!?」


「……それがどうした」


「私の名前はネリスって言うんだけど、いきなりだけど私と付き合わない!?今が食べ頃の二十歳なんだけ「断る」……即座にフラれた……」


俺は取り敢えずいきなり迫ってきた女性の申し出を断ると、ロイ先生の方に訝しげな視線を送った。


するとそれに気付いたロイ先生が念話を入れてきた。


《いきなりで驚いたと思うんだが、そいつは有名人や凄いヤツが大好き、所謂ミーハーってヤツだ》


《なるほど、だから俺に目をつけたというコトか……断って正解だったな》


第一、美人なんだけど俺のタイプじゃないしな。


俺は苦笑して何処かへとさっていく女性を見送った後、今度こそロイ先生に続いて"裏"に入っていった。



―――――――――――


「ここだ」


「む……」


"裏"に入ってギルドカードを片手に会話を交わしつつ数十分経った頃、ロイ先生の足が一件の魔法具店の前に止まった。


その魔法具店は"裏"ではそれなりに綺麗になっているが、あくまでも"裏では"だ。

表の店と比べるとお世辞にも綺麗とは言い難い。


なので、俺は若干入るのを躊躇ってしまうが、ロイ先生はなんてコトなさそうに店の扉を開いた。


そしてさっさと店の中に入っていってしまうので、仕方なく俺も店の中に入った。


店の中にはそれなりに珍しい魔法具がたくさん置かれていて魔法具店としてはかなり魅力的だが、何よりも埃っぽすぎる。


俺は空気を操り、自分の顔の周りだけに綺麗な空気が来るようにすると、ロイ先生に目を移した。


するとロイ先生は「ちょっと待ってろ」と言って店の奥に進み、そこに店主がいないのを確認すると呆れた様にため息を吐いた。


「人に時間通りに来るように言っといて自分は来ないのかよ……ったく、多分まだ上で寝てやがるな?」


ロイ先生はそう言うと、カウンターの奥にあった階段を一瞥し、魔力を少しだけ解放した。


「……?」


ロイ先生が何をするつもりなのか分からなかった俺が首を傾げた瞬間、階段から放電音と奇声が響いてきた。


〝あばばばばばばばばっ!〟


俺が突然聞こえてきた奇声に驚いて階段を見やっていると、階段からいきなり男が転がり落ちてきた。


その男は階段から転がり落ちた勢いで床に頭をしたたかに打ち付け、「ほあたっ!?」という奇声をあげて漸く止まった。


俺がそれを無言で傍観してロイ先生に「何だこいつは?」的な視線を送ると、転がり落ちてきた男が立ち上がって此方に迫ってきた。


「オイオイ!何だその「何だこいつは?」みたいな視線は!

俺だって好きで落ちてきたワケじゃねーぜ!?」


すまん、「みたいな」じゃなくて確実にそう思っていたぞ?


っつーか本日二回目だな、迫られるのは。しかも続けざまに。


そんな事を思いつつ俺は目の前で全力で喚く男を見やった。


歳はロイ先生と同じくらい(ロイ先生 24歳)で、金髪が肩の辺りまで無造作に伸ばされており、端正な顔立ちをしている。


俺が金髪の男を煩わしそうに見ていると、ロイ先生が動いた。


「おい!ランス、取り敢えず落ち着け!

じゃないと話が進まん!」


ロイ先生がそう言うと、ランスと呼ばれた男がハッとした顔で首を振った。


「おっと……そうだったな。よお黒ローブ、俺は〝ランス=シュバイツ〟って者だ。

で、お前が今回紫電から依頼があったヤツだな?」


それに俺は首肯して返した。


するとランスはニヤリと笑い、ちょいちょいと指を顔の横で動かした。


「んじゃ早速依頼内容を訊きたいという所だが……ほれ、そのフードさっさと下ろせよ!」


「フードを下ろせ……だと?」


その言葉に俺はフードの下で顔をしかめ、ロイ先生に視線を送った。


勿論、「こいつには正体を明かしてもいいのか?」という意味である。


するとロイ先生は俺に頷いて返してきた。


それを確認し、俺はフードに手を掛け、ゆっくりとフードを下ろした。


するとランスから感嘆の声があがる。


「わお……すげえ綺麗な顔した兄ちゃんだな」


「おおっ!俺をちゃんと男として見てくれているのか!?」


俺がそう問うと、ランスはニヤッと不敵に笑って言う。


「まあな。伊達に裏で生きてきたワケじゃない。人を見る目くらいあるさ。

第一この俺の高性能な股間のセンサーに異常が起こらなかったからな!」


そう述べて、軽く横を向いた。


……後半さえ言わなければかっこよかったのにな。


何て残念な男なんだ。


俺が胡乱な視線を向けていると、それに気付いたロイ先生は苦笑いした。


「すまんな。ランスはこういうヤツなんだ」


「なるほど、つまり変態の類いであると……」


「ちょっ!俺の事は変態呼ばわりですか~!?ヒドくね!?」


「「いや、気のせいだろ」」


「二人揃って気のせい扱いにされた……だと!?」


ランスはがっくりと膝を折り、四つん這いになって項垂れた。


俺はそんなランスを見やり、ちょっと笑ってしまう。


何か……思っていたよりも面白い人だな、と思ったからだ。


"裏"の連中ってのは大抵、何の面白味のないヤツ等が殆どだからな。


「まっ、冗談はここまでにしておいて……」


ランスはさっさと立ち上がると、先程までの砕けた感じを一転させて、スッと目を細めて俺を見据えた。


「……今回の依頼は〝風の覇者〟、あんた専用の防具を作ることだったな……?

型はどうする?」


「そうだな……」


ランスが真剣な雰囲気を漂わせる様になり、同じく俺も真剣な態度になる。


「……型は紫電と同じく、長袖のロングコートにしてくれ。

だが、俺は仮面を着ける気はないからフードを付けてくれ。

装飾は必要最低限の装飾だけで、色は黒が好ましい。

コートの下に着るシャツも黒、同じく穿くズボンも黒にして、靴も黒い靴。

……全体的に黒一色で統一してくれると有り難い」


俺はそこで一旦言葉を切りランスを見ると、ランスは深緑の瞳を閉じて魔法でペンを浮かせ、凄い勢いで俺の依頼をメモ帳に書いている。


それを見た俺は更に言葉を紡ぐ。


「依頼した品に付与する魔法はあんたに任せよう。

そして素材の事だが、素材については此方で用意させて貰おう。それで足らなかった物があるなら言ってくれ。

完成するのは出来れば早い方が有り難い……どうだ?」


俺は大体の希望を挙げ、ランスに実現可能か確認をとる。


するとランスはペンをくるりと回し、不敵に微笑んで見せた。


「クハハッ。この程度なら俺に不可能などない。今すぐ取り掛かりたいんだが、素材はまだ持っていないんだよな?」


ランスのその問いに、俺は首肯して返す。


「ああ。何せ、此処に来る事もつい先刻聞いたのでな。

素材はまだ持っていないが、今からでも持ってこれるぞ?」


「ん~~……ちょっと待ってくれ。先にお前が使う予定の素材が何か、そして何処から持ってくるか教えてくれ」


……?"裏"の人間では珍しくないハズのコトを訊いてきただけなのに、妙なコトを訊くヤツだな……


俺は何故かそう感じつつも、使う予定の素材を伝えた。


そして、全てを聞き終わったランスは唇の端に笑みを刻んだ。


「よし!それなら話しは簡単だ。そのフリードってヤツを此処に喚んで、んでもって竜に変身して貰ってから素材を貰えばいいな!」


はっ!?いやいや、ちょっと待てよ!


「オイ、ちょっと待て。此処で竜に変身させるのか?

確かに一時的に魔法で空間を歪めたりすれば此処でも出来るが、あの魔法は完了するまでに最低でも一週間は掛かったハズだろ。

……ん?待てよ……まさか……」


俺は驚きと言うより、呆れを滲ませた声音でランスに問うた。


「まさかとは思うが……既に用意してあったりするのか?

空間魔法が掛かった部屋とかを……」


「その……まさかだっ!」


「オイオイ……」


俺は額に手を当ててため息を吐いた。


何でこう……俺の周りには有り得ない人間しか寄ってこないんだ!?


俺も人のコトを言えた義理ではないのは重々承知の上で言わせて貰うが、部屋に空間魔法を掛けるってのは莫大な金が懸かるハズだ。


学園とかの訓練場とかに掛けるのならまだしも、個人で空間魔法を掛けた部屋を所有しているってどんだけ金持ちなんだ!?


ランス、あんた絶対"裏"何かに居る必要ないって!

表でも充分遊んで生きてけるって、そんだけ金がありゃ!


俺は内心でそう叫びつつも、ランスとロイ先生が二階に続く階段の前に立ち、此方に振り返り手招きしているのを見て、無言でそちらに歩き出した。


「ここだよ。この部屋に空間魔法を掛けてあるんだ」


階段を昇って二階の奥の方の部屋まで来ると、ランスが笑みを刻みつつそう言い扉を親指で示す。


するとロイ先生もニヤリと笑い、扉を見やった。


「この部屋に来るのは此処に来るのよりも更に久しぶりだな。

あの時は流石に驚いたな。

学生の時は万年金欠だったあのランスが、空間魔法を掛けた部屋を個人で所有しているとは思いもしなかったからな」


ロイ先生がそう述べると、ランスがちょっと怒った様に口を開いた。


「ちょっと待てや紫電、万年金欠は流石にヒドいだろ、万年金欠は」


「ほお……?金欠四天王の頂点に立っていたキング・オブ・金欠の言う事か、それ?」


金欠四天王……何てイヤな四天王なんだよ!


ってか、キング・オブ・金欠ってどんだけ金欠何だよ!?


アレか、よく学生が月末になっている財布の状況の更にヒドくなったのが毎日の様に続いていたとか!?


俺が思わずそう訊いてみると、ランスとロイ先生はフッと唇の端に不敵な笑みを刻んで一言。


「「甘いな覇者。

四天王と呼称される俺達程の男が只の金欠と同レベルの金欠だったとでも?」」


「いや格好付けて言って貰ったトコ悪いが、何の自慢にもなってないからな……!?」


俺は二人にそう突っ込みつつも、「結局ロイ先生も金欠の四天王だったのかよ!?」と思った。


しかしこのままでは話が進まないので、ため息を吐いて目を閉じると、念話でフリードに語り掛ける。


《フリード……聞こえているか、フリード?》


そう心で語り掛けると、すぐに返事が返ってきた。


《うむ、聞こえているぞ。して、用件は?》


《ああ。その事なんだがな――》


俺は一通り用件を話すと、フリードが了承してくれるか確認を取る。


《――どうだ?頼まれてくれるか?》


《ふむ。それくらいなら構わない。それと、防具をこしらえるのならばノヴァ殿も呼んでみてはどうだろうか?

創造魔法で必要な素材を創れると思うのだが……》


そのフリードの言葉に俺は暫し考える。


創造魔法というモノは、生命以外のモノを全て創り出す魔法である。


ここで少し補足だが、ぶっちゃけて言えばノヴァだけ居れば全て創れるのでは?とも思えるのだが、ノヴァ曰くそうでもないらしい。


例えば、風竜王の鱗を創造したとする。


しかし創造で創った風竜王の鱗は、オリジナルである風竜王フリードの鱗には劣るらしい。


自分の強さに関係無く、創るモノの格が高い程優劣の差があるそうたが、その辺りの事は割愛させて貰う。


とにもかくにも、俺は別にいいかとフリードの案を受け入れた。


《いい考えだな、それ。分かった、フリードの後に今空いているか念話を入れてみよう》


《ふむ……それでは召喚してくれ、主》


《分かった》


それを皮切りに念話を切ると、俺はロイ先生とランスの二人と一緒に広くなっている部屋の中に入り、ボソッと呟いた。


「来てくれ、神界の竜王が一角、風竜王フリード!」


俺の呟きが虚空に消えると同時に、部屋の中に巨大な魔法陣が展開された。


そしてその魔法陣に蒼銀の光が収束していき、巨大な蒼き竜が姿を現した。


その蒼き竜……竜化したフリードは俺を見下ろし、静かに語り掛けてきた。


『……待たせたな、主。後はノヴァ殿だが……』


「そうだな。ちょっと待ってろ……」


俺はそうとだけ返し、再び目を閉じて集中した。


《ノヴァ……聞こえているか、ノヴァ》


俺は心の中でノヴァに呼び掛ける。


しかし、一行に返事が返ってこない。


俺が眉をひそめて僅かに身動ぎした時、突然返事が返ってきた。


《返事が遅れてしまってすまないな、主。

念話が入った時にちょうどレーゼに料理を教えてくれとせがまれてしまってな……》


「はぁっ!?料理!?

あのレーゼがっ!?」


俺が急に叫んだ所為か、ロイ先生とランスに訝しげな視線を向けられてしまった。


俺は軽く咳払いなどして首を振ると、落ち着いて返した。


《あ~……つまり今は来れないって事か?》


《むうっ!ちょっと待っていてくれ、主……》


それから少しの間が空いた後、返事が返ってきた。


《よしっ!なんとか説得出来たぞ!主、今すぐ現在地を思い浮かべてくれ!》


なんとか説得って……無理しなくていいのに。


それよりも、あれからノヴァが創始の空間に帰らなくなった所為で、呼び出す度に今居る場所を思い浮かべなければならなくなった。


使い魔が元の居場所から直接召喚される分には、イメージなんて介さなくても魔力だけで喚び出せるのだが、召喚に応じてから元の居場所に帰らずにそのまま留まっていたりすると、そうもいかないワケだ。


まあ、例外なんて幾らでもあるけどな。


ってかその使い魔と半年くらい関係を経れば、誰でもいずれは例外になる。


因みにフリードはちゃんと神界に帰っているので、普通に喚び出せる。


それは置いといて、俺はすぐに今居る部屋を一通り眺めてから、見た光景を思い浮かべた。


するといつかの時と同じく床に青白い魔法陣が展開され、そこから背中半ばまで伸ばされた綺麗な金髪を靡かせて、ノヴァが俺に向かって飛び付いてきた。


そう、俺に向かって飛び付いてきたのだが――甘いッ!


「主~!」


「見切った!」


俺は弾丸の様に飛び付いてきたノヴァを視界に捉えると、その場に残像のみを残して即座に右に跳躍した。


「ええっ!?」


俺の残像に飛び付いたノヴァは当然よろめき、驚いた顔をしているノヴァを見た俺は、ノヴァの背後に回り込んで一言。


「残像だ」


決まった……完全に決まった!


……嘘だ。

ヤバい、その場のノリで思わずやっちまったよ。

ヤベッ、スゲー恥ずかしい。


コレって今ロイ先生とランスの方を見たらどんな顔してるんだろう?


アレか、やっぱ笑ってやがるのか?

……よし、少しだけ――


「(チラッ)」


「「フッ……」」


ロイ先生とランスは鼻で笑って目を閉じた。


(いや、いっそ盛大に笑えよ!鼻で笑っただけだと何かアレだから、余計に恥ずかしくなってくるだけだから!)


やらなければよかったぜコンチクショー。


『いや……我から見ても見事な動きだったぞ、今のは』


「そっそうだぞ主!静から動への流れが――」


俺が物凄い勢いで落ち込んでいると、フリードとノヴァが気まずそうに何か言っていたが、俺はため息を吐いて首を振った。


よし……今のはなかったコトにしよう。


俺は気を引き締めると、フリードに向き直った。


「フリード、早速だがフリードの鱗を二十枚くらい貰いたいんだが、構わないか?」


『ふむ。それくらいなら構わん。暫し待たれよ、主……』


フリードはそう言うなり静かに蒼瞳を閉じ、集中した。


するとフリードの腕辺りの鱗が剥がれ落ち、二十枚に達するとフリードは光に包まれ、人の姿に戻ると一つ頷いた。


「此方は終わったぞ、主。次はノヴァ殿だが……」


俺はそれに頷いて返すと、ノヴァに向き直って必要な素材を挙げた。


それから数十分後――。


「ぅおぉぉぉぉ……」


俺は魔力の使い過ぎで床に伸びていた。


ノヴァだけにやらせるというのが何となく申し訳無い気がしたので微力ながら手伝おうと思い、その結果がコレだ。


やっぱり創造魔法は魔力の消費が激しい……!

今の俺ですら、出すモノによっては一度に八千万、下手をすれば一億の魔力を消費する。


顔を引き攣らせながら俺は起き上がるが、俺と同じく創造魔法を使っていたハズのノヴァは平然として創造した素材を見ている。


無限の魔力……とんでもないな、オイ。


そう思いつつ俺が一呼吸で立ち上がると、ロイ先生とランスがポカンとして俺とノヴァ、そして創造した素材を交互に見ていた。


あっ、そうか。

よく考えてみれば創造魔法だなんてまともに見せたことなかったもんな。


前に学園長室でロイ先生相手に使った時にはあっさりとスルーして終わってたしな。


俺が暢気にそんな事を考えていると、我に返ったロイ先生とランスが詰め寄ってきた。


「覇者、覇者と言いあの女性と言い、今の魔法は一体どうゆう魔法だ!

無からモノを創り出す何てこの世の理を覆す行為だぞ!?」


「俺も紫電と同意見だ。あんな無茶苦茶な魔法は始めて見る!

そしてあの金髪の美人さんを紹介しやがれコノヤロー」


「説明はするから取り敢えず落ち着け……」


俺は正直面倒くさいと思いつつも【覇者】の口調に戻った。


そしてランス、あんたは口から欲望が溢れ出てるぞ。


俺はため息を吐きながらも、大体の話を纏めるとそれを話した。


俺が話し終えると、ロイ先生とランスは唸りながら俺の横に立って面白そうに状況を傍観しているノヴァを見ていた。


やがて思考が落ち着いたのか、ロイ先生が慎重に口を開いた。


「覇者の話を纏めると、つまりこういう事か。

今俺達の目の前に居るノヴァと言う女性は、かつて世界創成にも関与したと言う伝説の存在である破創神で、創造と破壊の力を行使できる。

その破創神を覇者が使い魔として召喚し、契約を結んだ。

だから覇者も創造と破壊の力を使うことが出来る、こんな感じだな?」


確認してくるロイ先生に、俺は首肯して返した。


「その通りだ。この際言っていなかった事を盛大にバラすとするが、俺の総魔力量は八二億だ。

その内五十億は風竜王フリード、破創神ノヴァ、そして……吸血鬼のレーゼから貰った魔力だ」


俺は一瞬〝闇の女王〟と言いかけたが、喉元まで出てきていたその言葉を危うく飲み込むと、吸血鬼と言っておいた。


一瞬……ほんの一瞬、俺の魔力量に驚愕していたロイ先生が探るような視線を送ってきたが、俺はそれに気付かないフリをしながらロイ先生に話を振った。


「……ここで一つ訊いておきたい事が出来たんだが、紫電の魔力量は七億だったな?

では、使い魔から貰った魔力を加えるとどれ程の魔力を兼ね備えているんだ?」


俺がそう訊くと、ロイ先生は顎に手を当てて目を閉じた。


「そうだな……大体十二億から十三億くらい、それが俺の総魔力量だな」


「……十億越えか……氷姫と戦っていた時も思ったが、やはり魔力の量が多いだけで俺が最強になったワケじゃないんだな……」


……ハイ、実は心の何処かでは氷姫と戦うまでは「俺って何気に覇者達の中で最強じゃね?」とか思っていた節が有りました。


ヤバい、そうなると俺って完全に調子に乗っていたワケだ……これを機に気を引き締めよう。


俺はそう心に決めつつ、ふとランスの魔力量が気になり、ランスにその事を訊いてみた。


するとランスは苦笑混じりに答えてくれた。


「ん~……正直紫電とか覇者の魔力量を聞いた後じゃ味気無いと思うが、俺の魔力量は九千万くらいだな」


「九千万……!?

ランス、薄々勘づいていたが、あんたやはり只者じゃないな……!」


只の一般人では五十万くらいが関の山。


多少多くて七十万くらいのモノだ。(ディアス達は全盛期に突入し始めると同時に魔力がはね上がるらしい。ファランの見立てではディアス達の全盛期は十七、八歳くらいだそうだ)


そして高位の軍人でも、あって精々五百万程度……にも関わらず、ランスは軍のトップに立つ属性王クラスの力を有している。


俺があんぐりと口を半開きにして驚いていると、ランスがちょっと身動ぎして言う。


「あんまり見つめてくれるな、照れるだろ。

んな事よりも――」


ランスはそこでチラッとフリードが渡してくれた蒼い光沢を放つ鱗と、俺とノヴァが創造した素材の山(黒染水、魔昌水、天の織糸、黒希石etc……)に目を移した。


「俺は今からかなりマジで作業に取り掛かるかるから、明日の早朝辺りに受け取りに来てくれないか?」


「あ、あぁ……」


ランスの真剣そうな顔に俺が慌てて頷くと、ランスはニヤッと不敵に笑った。


そして右手をバッと振り捌き、高らかに言い放った。


「……来てくれ、神界の獣王が一角、炎狼王イグニル!」


言下に、床に真紅の魔法陣が展開され、次の瞬間には魔法陣から紅い髪を靡かせた長身の男が現れた。


「呼んだか!」


ランスにイグニルと呼ばれた男はランスにそう声を掛けると、む、と言った感じで俺とフリードとノヴァ、そしてロイ先生に目を向けた。


「紫電殿、来ていたのか!しかし、そちらの男性はまさか……」


イグニルはロイ先生にそう言って頷いた後、フリードに目を向けて目を細めた。


すると、フリードが一歩前に出てイグニルと向き合った。


「お互い神界の住人であるが、こうして顔を会わすのは初めてになるな。

御初に御目にかかる。

我は神界の竜王が一角、風竜王フリード。

この世界の風竜を束ねる者だ」


フリードがそう述べると、イグニルは目を見開いてフリードに数歩近寄った。


「やはりか!此方こそ御初に御目にかかる!

我は神界の獣王が一角、炎狼王イグニル!

この世界の炎狼を束ねる者だ!」


イグニルはそう言うと、今度は俺とノヴァに目を向けて――首を傾げた。


「して、そこのお二方だが……人間なのか?

お二方共に人知を越えた何かを感じるのだが……」


俺はそれを聞いて少し憤慨した。


「失礼な……俺はれっきとした人間だ。そんな人外を見るような目で見て貰っては困るな」


「む……?〝俺〟だと……?」


俺がそう述べると、イグニルは微妙な表情をして俺を見つめてきた。


「そこの貴女、俺が口を突っ込む様な事ではないのだろうが、女性は〝俺〟などと言わずにもっと女らしい言葉遣いをしたほうが良いと思われるのだが……」


「ッ……失礼……なァ……俺は男だァッ!」


俺が手を戦慄かせながらそう言うと、イグニルは呆れた様に首を振った。


「ご冗談を。貴女からは女の色香が漂ってきていますよ?

そんな魅力的な色香を漂わせておいて、男などとは……有り得ませんよ!」


「何だとテメー!」


「あぁ~、ハイハイ。分かったから分かったから」


首を振りながら笑顔でそう言うイグニルと、すっかり素に戻って完全に悪役のセリフを吐き捨てる俺の間にランスが割って入り、イグニルに向き直って苦笑した。


「イグニル、女の色香だかなんだか知らんが、この人はれっきとした男だっての」


「むむっ!?」


〝そんな馬鹿なッ!〟とでも言いたげなイグニルの視線に俺が拳を振るわせていると、突然背中に圧迫感と柔らかい感触が広がった。


「ぉうう……!?」


思わず身震いして首だけで振り返ってみれば、文字通り目と鼻の先にノヴァの顔があり、悪戯っぽく笑っていた。


「ふふん。そんな事よりも主、この後はギルドの任務をこなしに行くつもりではないか?

私も連れていってくれないか?」


「ッ……んな事よりも離れろ……!」


俺は顔を火照らせて身動ぎする。


何やら背中に柔らかい二つの塊が……!


ヤベッ、やっぱ離れなくてもいいかも……などと思った事は秘密である。


兎にも角にも、俺は何とかノヴァを引き剥がすと、【覇者】の雰囲気に戻ってランスに向き直った。


「では、ランス……防具の事は任せたぞ……」


俺がそう言うと、ランスはニヤッと端正な顔に不敵な笑みを浮かべ、力強く頷いた。


「おう!このランス様にドンと任せとけって!

おしっ、一丁始めるぞ、イグニル!」


ランスの声を受けたイグニルは一歩前に出て頷いた。


「うむ。何時でも準備はいいぞ、主!」


「いい返事だ!それでこそ俺の相棒!

紫電達はそんなトコで何時までも見てないで、行った行った!」


「感謝する……!」


俺の言葉にランスが照れたように此方に背中を向けたのを見た俺とロイ先生、そしてフリードとノヴァは、ランスとイグニルの威勢のいい声を背中に受けつつ、その部屋を後にした。



―――――――――――


場面は変わり、ギルドでは――


「さて、と……どのクエストを受けようか……」


「ふむ……受けるクエストの予定がないのならばこのクエストをやらないか、主?」


「む、シルバーウルフの討伐か……数は五百……場所は"暗き平原"……暗き平原なら確かシスティールの国境付近の彼処か。

……行ったことがないから自分の足で向かうことになるが、報酬は七百万セルか……イイな」


俺は受付でノヴァとクエストを確認しつつ、中々いい感じのクエストを見つけてニヤリとフードの下で笑っていた。


今はノヴァと二人で行動しており、ロイ先生は溜まりに溜まった書類を片付けるために突如として転移してきたクレアさんに拉致され、フリードはフリードでこれまた突如として現れたレストさんに拉致され、苦い笑いを浮かべて何処かに消えていった。


そんなワケで俺はノヴァと行動を共にしているのだ。


いや……翻って見ると、俺の使い魔ってホントに自由に動いてるよな。


まぁ、個人で自由に動くのはそれはそれでいいことなんだけどな。


俺はそう考えつつも、先程のクエストの書類を手に取ると、それを受付嬢(確かキア)に渡した。


「このクエストを引き受けよう」


「え~、"暗き平原"でのSSランクのシルバーウルフ五百頭討伐ですね?

しかし、そちらの女性はギルドのメンバーではないようですが……」


「彼女は俺の使い魔だ……なんの問題もあるまい」


「そうでしたか。

では、ご武運を!」


俺はそれに一つ頷いて返すと、ノヴァの方を見て、


「待たせたな。では、行こうか」


「うむ!」


俺とノヴァは颯爽とギルドから出ると、"暗き平原"を目指して移動を開始した。


その移動の間にも、俺とノヴァが……いや、正確にはノヴァがその容姿の良さから(染色魔法で髪を黒く染めて、姿も少し弄ってあるが)道行く人々に注目されていたのは言うまでもない。


ちなみに、俺には何故か視線ではなく野郎共の〝あの野郎、あんな美人を……!〟的な死線が集まっていたのもいうまでもないだろう。


ははっ……


死線なんて送ってくんなよコラ!


何ならやるか!?

今すぐやってやろうか、あァ!?


俺は男には一切の容赦をしない男だ!


そんな感じで、俺に死線を送ってくる野郎共に心中で〝あァ?やんのかコラ?〟と全力でメンチを切ること約三十分(まさに悪役)、やっと俺とノヴァは王都システィーナから出た。


俺は王都システィーナの街並みを、終始キョロキョロと田舎者よろしく眺めていたノヴァに、フードの下で苦笑しながら声を掛けた。


「どうした、ノヴァ?

やっぱりアレか、始めて見る王都ってのは新鮮だったか?」


「う、うむ……見渡す限り真っ白な創始の空間に居た私としては、ちょっと人の多さや周囲の活気に驚かされてな……」


どぎまぎした様なノヴァの様子に、俺は周囲に人がいないのをいい事にからからと笑う。


「――っははは!まあ、そうなんだろうけどな。

王都だなんて何時もあんな感じさ」


俺はたった今出てきた王都を振り返りつつそう言うと、唇の端にニヤッと笑みを刻んだ。


更には、体内で魔力を急速に上昇させていく。


「さて、と……王都から出た事だし、こっからは魔力強化でもしながら"暗き平原"まで向かおうじゃないか、うん?」


俺が早速蒼銀の魔力のオーラを全身に纏いつつノヴァにそう言うと、ノヴァも悪戯っぽく笑ってパチリとウインクしてきた。


「そうだな!そこでどうだろうか?どちらが先に着くか競走しないか、主?」


「ほぉ~……負けねェぞ?」


俺がそう返すと、ノヴァはより一層笑みを深めて此方を見つめてきた。


「フフッ……私とてそう簡単に負ける気は無いぞ、主?」


「そうか、じゃあ三歩歩いたところで……」


言下に、俺は蒼銀の魔力のオーラを、ノヴァは黄金の魔力のオーラを纏い、互いに横目で顔を見て、不敵な笑みを刻んだ。


そして申し合わせたかのように同時にゆっくりと歩き出すと、三歩歩いたところで俺とノヴァは脚をたわめ、一気に踏み込んでトップスピードに乗った。



―――――――――――


「――っ!ノヴァ、お前凄まじく速いじゃないか……」


走り出して数分後、俺はノヴァの余りのスピードに驚愕しながら走っていた。


ちなみに、途中通行人とすれ違ったりするので、口調は【覇者】としてのモノになっている。


尤も、通行人も魔力強化くらいしている者もいるのだが、俺とノヴァの人知を遥かに越えたスピードに口をポカンと大きく開けて呆けているせいで、全く俺とノヴァの会話の内容など聞こえていないのだが。


それは兎も角、俺がノヴァにそう言うと、ノヴァは染色魔法で一時的に黒く染めた髪を靡かせて走りながらも、端正な顔に妖艶な笑みを浮かべて此方を見返してきた。


「ほらほら、主……そんなスピードでは私に負けてしまうぞ?」


「むっ……」


俺はノヴァの言葉にフードの下で顔をしかめると、更に魔力を高めて地を蹴った。


それに応じて俺の足は地から浮いて、いつの間にか低空を音速を越えた速度で飛行していた。そのせいで下の地面がエラい事になっているのは――うん、スルーしよう。


「むぅっ!?主、それは卑怯ではないか!」


俺が追い付いた事により、平行して走っているノヴァが不満げにそう述べたが、俺は鼻で笑って返す。


「――甘いな。

戦いに卑怯も何も有るものか……!」


俺はそう告げると、フードの下でニヤリと笑ってノヴァを追い抜いて更にスピードを上げていった。


後方でノヴァが黒い笑顔を浮かべているのに気づかずに……



―――――――――――


"暗き平原"


そこはシスティールの国境近くにある魔境の一つである。


その平原の近くには森があるのだが、その森の何処かから一種の障気とも言えるモノが滲み出ており、その影響か頻繁に"分岐点"が出現し、更にはその障気が近くにある平原まで漂っており、平原は昼夜問わず暗く陰っている。


そして、出現する魔獣もそれなりに高位の魔獣ばかり……


その事からその平原は"暗き平原"と呼称される様になった。


そんな魔境に、今二人の人影があった。


勿論、ギルドの依頼を果たしに来た俺とノヴァである。


俺は薄暗い平原を見渡しつつ、ため息を吐いて顔を下向けた。


「やっと着いたな、"暗き平原"……はぁ……」


「そうだな、主」


俺は再び深いため息を吐きながら、腕に抱き着いているノヴァに胡乱な視線を送った。


すると俺の視線に気付いたノヴァが妖しく笑う。


「フフフフフ……主……まさか反則級の力を使っておいて負けるとは……」


「暫し待て……!」


今まで黙ってはいたものの、今のノヴァの一言には流石に口を挟んだ。


「反則級なのはノヴァの方だろう……魔力強化に百億も魔力を籠めるのはまさに反則だ……」


俺がそう言うと、ノヴァは妖しい笑みをそのままに口を開く。


「そうか?しかし、戦いに卑怯も何もないのではなかったのではなかろうか?

確か主はそう言っていたと思うのだが?」


ぐっ……確かに……クソッたれが、あんなコト言わなければよかったぜ。


唸るように自分の言動を悔いていると、突然獣の遠吠えが聞こえてきて俺は眉をピクッと動かした。


そして遠くの方を見つめて、真紅の瞳を細める。


俺の隣では、同じ様にノヴァが碧眼を細め、愉快そうに微笑んでいる。


俺は周囲に人がいないのを探ってから、声質を変えぬまま口調だけ素に戻り、ニヤッと笑った。


「おっとー……やっこさんが来なすった……」


俺がそう独りごちると同時に、今度はより鮮明に遠吠えが響いてきた。


そして、無数の地を蹴る音も。


そして約一分後、俺は目の前に広がる光景に、場違いな事に感心していた。


「ワオ……こりゃスゲーな。

ここまでの数のシルバーウルフが群れるのなんて滅多にお目にかかれないぜ?」


そう述べて笑う俺の目の前には、約五百頭のシルバーウルフの群れが犇めいていた。


俺が一応風で牽制して足止めしながらも、ただひたすらに感心してその光景を眺めていると、ノヴァが口を尖らせて頬をつついてきた。


「主、見とれていないで早く依頼を果たそう。

……それと、どうせ見とれるなら私にして欲しいな」


「さぁ、始めようか。

さっさと終わらせて帰るぞ」


「遂にスルーされた……」


ノヴァはがっくりと膝から崩れ落ち、四つん這いになった。


俺は四つん這いになって落ち込むノヴァの姿をしっかりと脳裏に焼き付けた後(なんつーか……その……フフッ……ノヴァの四つん這いの姿が健全な男としては正直刺激的でしたから、ハイ)、左手を胸の前に突き出してボソッと呟く。


「来い……〝覇黒〟」


言下に、黒い灰が俺の左手に収束し、漆黒の刀が顕現した。


俺はそれを左の腰に帯びると、右手で柄を握り、ゆっくりと抜き放った。


抜き放たれた刀身が薄暗い平原に僅かな漆黒のシルエットを残して溶け込むのを眺めながら、俺はノヴァに声を掛けた。


「ノヴァ、そーいやお前って固有の武器を持っていたりするタイプの戦士か?

それとも、武装系魔法で武器を顕現させるタイプの戦士か……どっちなんだ?」


「む、私は固有の武器は持っていないのだ。

だから私は魔法で武器を構成したりして戦うタイプの戦士だな……このように」


ノヴァはそう言うなり両手を左右に突き出し、


「【ホーリーブレード】、【ダークブレード】」


言下に、ノヴァの右手には黒い剣が、左手には純白の剣が顕現し、それぞれがノヴァの膨大な魔力により黒と白のオーラを纏った。


俺はそれを見て目を見開いた。


「オイオイ……スゲーな。武装系魔法ってそんなに綺麗に形が整った状態で武器が顕現したっけ?

俺の記憶に間違いがなければ多少のブレがあるハズなんだが……」


「ふむ……それは確かにそうなのだろうが、私の場合はより純粋な魔力で顕現しているのだ。

だから形態にブレがないんだ」


「より純粋な魔力とか……マジで反則だよな、ノヴァ」


俺は返って呆れつつも、神経を研ぎ澄ませて俺が放った風に阻まれているシルバーウルフの群れに目を向けた。


しかし、程無くして顔をしかめ、シルバーウルフの遥か後陣の方を見やり、すぐさま隣にいるノヴァに問いかけた。


「ノヴァ、確か依頼の数は五百頭だったよな?

だけどこの数は――」


「むう……確かにおかしいな。

主が風を支配してシルバーウルフの群れの進行を留めた時には、まだ五百程度だったと私もおもうのだが……」


ここでノヴァは訝しげに障気を漂わせている森の方を見て、やがて納得したかのように頷いた。


「なるほど……主!おそらくこれは"分岐点"が何処かに出現しているぞ!

その"分岐点"からシルバーウルフ達が出てきているんだ!」


「こんな時に"分岐点"とは……!

ったく、勘弁して欲しいな。此方は依頼を果たすために来ただけだってのに……」


俺は舌打ちをした後、"分岐点"が出現しているであろう森の方に向き直った。


そして【脈絡探知】を行使しつつ、森の方を睨んだまま口を開いた。


「ノヴァ、あのシルバーウルフ達はお前に任せていいか?

俺は元凶を絶ちに行こうかと思ってるんだが」


「うむ、構わないぞ。では私がシルバーウルフ達を片付けておこう」


その言葉を皮切りに、ノヴァは白と黒の剣を構えてその場に残像のみを残してシルバーウルフ達に突貫していった。


魔法で黒く染めた髪を風に靡かせて圧倒的なスピードで疾走するノヴァの姿は美しく、瞬く間にシルバーウルフ達の前衛に達した。


シルバーウルフ達はノヴァの姿を捉えようと躍起になって動き回るが、流れるような足捌きのノヴァが速い……いや、疾い!


一瞬でシルバーウルフ達の前衛を切り崩したノヴァに俺は暫し見とれた後、慌てて首を振って意識を"分岐点"を捜す事に集中させると、シルバーウルフ達の怒号を背に森に向かって走り出した。



―――――――――――


俺は薄暗い森の中を木から木へと次々に跳び移っていき、"分岐点"を捜索していた。


しかしどれだけ捜そうとも一向に"分岐点"が見つかる兆しがなく、いつになく苛立っていた。


「クソが……幾らなんでも少しオカシイだろ……この森は確かに広いが、普通ならもう既に見つかっていてもいいハズだ」


俺がそう独白しながらも前方の木に跳び移った時、俺が跳び移った木がけたたましい声を上げて巨体を捩らせた。


俺は顔をしかめて後方の木にとんぼ返りすると、その木の正体を見る。


一見普通の木に見えるその木は、よく見ると樹木の一部に大きな裂け目があり、今もそこからけたたましい声をあげていた。


俺はその木……いや、魔獣を見て盛大に顔を歪めた。


(オイオイ……コイツはヘルズトルム……木に擬態して人を喰らう、Sランクの魔獣じゃねーか!)


「……っと!」


そこまで考えた所で俺は自身を捕えようと触手のように伸ばされてきた枝を黒刀で払いつつ、軋むような声をあげて枝を振り乱しているヘルズトルムの全身にさっと目を走らせた。


ヘルズトルムは普通に攻撃するだけでは殺せない。


ヘルズトルムを殺すには体の何処かにある急所……謂わばコアのようなモノを攻撃しなければ殺せないからだ。


しかし、実際には俺は別にセオリー通りにコアを捜す必要などない。


コアを捜す以前に、魔法でヘルズトルムの全身をコアごと消し飛ばしてしまえばよろしいからだ。


ヘルズトルムは魔法を吸収して自らの力にしてしまうという厄介な特性があるが、その特性とて万能ではない。


吸収出来る魔力の限度があるからな。


だからこそ膨大な魔力を籠めた魔法で消し飛ばしてしまえばよろしいのだが……今は出来ない。


というかだな、今その方法でヘルズトルムを殺してしまうと、何処に居るとも分からない魔獣達を不必要に刺激して、『あの野郎魔力なんぞ無駄に使いやがって、来るなら来てみやがれ!返り討ちにしてやるぜ!』みたいな感じで魔獣達が集まって来てしまうので、この方法でヘルズトルムを殺す事が出来ないのだ。


まっ、もし魔獣達が集まって来てしまったとしても、俺なら一撃で消し飛ばしてやれるけどな。


しかし俺は無益な殺生は好まない……かといって、有益な殺生だったら好むとも言わないが。


(何処だ……何処にある……)


俺は迫り来る枝を払いつつ、ヘルズトルムのコアの位置を探る。


それが約一分程続いた時、ヘルズトルムが移動するために根を足のように動かすのが視界に入った。


そして、徐々に持ち上がる根の内の一本に黒ずんだ球体があるのを俺は確かに見た!


「捉えたッ!」


咄嗟に俺は蒼銀の魔力のオーラを纏った左手を持ち上げ、鋭く叫んだ。


「刻めっ、破壊の風よ!【クローズ・スラッシュ】!」


言下に、圧縮された高密度の空気の刃が放たれ、ヘルズトルムの枝を掻い潜り、ヘルズトルムのコアを切り裂いた。


『ギャガガッガガガガッ!』


ヘルズトルムが断末魔を残して灰になり、俺は蒼銀の魔力のオーラを纏った左手をさっと振り払い、先程進行しようとしていた方向を見やる。


さて……と。


敵対者は片付けた事だし、さっさと捜索を再開――


(……!?)


「これは一体、どういうことだ……!?」


俺は自分が進もうとした先を見て、愕然とする。


何故なら、そこは一度通った事のある場所だったからだ。


しかし、一度通った事のあると言っても、この場合の「一度通った事のある」と言うのは普通とは少々赴きが違う。


ならばどういうことなのかと言うと、つまりこういうことだ……


俺は最初、この森に入るなり、一直線にこの森の中央部に向かった。


そして中央部に辿り着くと、そこに自分の魔力の残滓を僅かに残して、中央部を拠点に四方八方に行ったり来たりして"分岐点"を捜索していたのだ。


ここまで説明すればもう薄々勘づいているとは思うが――


俺は既にこの森の四方八方手を尽くして"分岐点"を捜索していたのであり、今最後の方角を捜索して拠点である中央部に帰る途中であり、つまり帰る途中に"分岐点"が見つからなかったと言うことは……


(まさか、この森には"分岐点"が出現してないのか!?)


俺は一瞬そう思ったが、すぐにその考えは疑惑に塗り潰された。


(いや、そうだとしたらおかしい。

この森は元々"分岐点"が頻繁に出現する場所……だがこの森には"分岐点"はなかった。

それだけならばただ単に「"分岐点"は出現していなかった」だけで済む。

幾ら頻繁にと言っても、四六時中出現しているわけではないからな)


俺は顎に手を当てて更に思考を深める。


(だが、それでは筋が合わない事が二つ。

一つは今ノヴァが相手取ってくれているシルバーウルフの数だ。

ただでさえ五百頭と数が多かったシルバーウルフ達が更に数百頭増強されたんだ。

"分岐点"でも出現していないとここまでの数のシルバーウルフが群れるなんてまず有り得ない)


俺はそこで一旦思考を纏めると、もう一つの問題点について思考する。


どちらかと言うと、此方の方が重要になってくるかもしれない。


(もう一つはこの森以外に"分岐点"が出現しやすい場所がない事だ。

この周辺でこの森以外には寧ろ"分岐点"は出現しにくいと言ってもいいだろう……"分岐点"がこの森に引き付けられているんだから、当然といえば当然だが)


俺はそこまで考えるといよいよ額に手を当てて考え込む。


(だとしたら、一体どういう――)


「……!待てよ……」


ちょっと待て……そう言えば俺が拠点である中央部を往復していた時、ヘルズトルムなんて出現していたか……?


先刻も言った通り、俺は中央部から東に行っては中央部に戻って、北に行っては再び中央部に戻って……と、いった感じで幾度となく捜索のために往復していたのだ。


しかし俺が最後の方角を捜索しに行った時までは、確かにヘルズトルムなんて出現していなかった……


俺は思考の翼を更に広げていく。


何処にあるかも分からない"分岐点"と、突如として出現したヘルズトルム……この二つの情報を足してみれば……


「――!まさかっ」


俺はハッとして顔を上げ、ゆっくりと視線を先程ヘルズトルムがいた場所に向けていく。


(幾ら捜そうとも見つからない"分岐点"……そりゃ見つからないだろうな。

何せ――)


そして、俺は視線を灰の塊と化したヘルズトルムの死体の後方に向けた。


「……"分岐点"の位置が移動してるんだからな……!」


俺はそう独白し、俄然目付きを鋭くした。


そんな俺の視線の先には、先程まで何もなかったハズの場所に真っ黒な裂け目……"分岐点"が出現していた。


俺は"分岐点"の前まで移動すると、すぐに体内で魔力を高め始めた。


そして高めた魔力を解放して無言で"分岐点"に注ぎ込んだ。


約7メートル近くあった大型の"分岐点"は俺の魔力に強引に押さえ付けられ、不気味な鳴動を残して瞬く間に閉じていく。


かつての俺だったらこれ程の大きさの"分岐点"はそれ相応の魔法薬でもない限り、閉じる事など出来なかっただろうな……俺は閉じていく"分岐点"を見ながら、ファランが覚醒するきっかけとなったあの初任務の時の事を、少々懐かしく思う。


そして一分も経たない内に完全に"分岐点"は消え去り、俺はホッと一息ついた。


そして近くにあった木にもたれ掛かると、脱力したように再び息を吐き出す。


しかし、その顔は新たな疑問に彩られていた。


何故なら、今回の"分岐点"が酷く異質だったからだ。


通常、"分岐点"とは移動するようなモノではない。


一度出現したら、出現したその場所で固定されるモノなのだ。


しかし、今回の"分岐点"は明らかに移動していた。

だから、俺が幾ら捜そうとも中々見つからなかったのだ。


前例がない事象に俺が考え込んでいると、突然心に声が響いた。


『あァ?

この忌々しい精神波……チッ、コイツは一体どういうことだァ?』


「……ん!?」


いきなり憎しみの籠った声音の声が響いたもんだから一瞬反応が遅れるが、即座に心を落ち着けるとその声に応じた。


『てめっ……ファランか!?

最近口出ししてこなかったと思えば、いきなり何の用だ?』


『どうしたもこうしたもねェ……!この世界に来てはいないようだが……遠隔魔法か? 何らかの手段を用いてこの世界に手を出しやがった。

この場にその僅かな残滓となって残っているのはまさしくヤツの精神波……『闇の覇者』の精神波だッ!』


『なにっ』


俺はすぐさま周囲を見渡すが、ファランの言う精神波は感じ取れない。


俺が焦って周囲を探り出すと、ファランが口添えした。


『阿呆!

ただ探るだけじゃ精神波は感じ取れん!

いいか、この際ここでテメェには精神波の感じ方と『闇の覇者』の精神波の波長を覚えて貰おうじゃねえかァ!

『雷の覇者』継承者のあのロイって野郎とかは既に精神波の感じ方を知っていやがるから、ここでテメェも覚えさせてやるよ……!』


『ロイ先生が精神波を……?』


『あァそうだ。んな事は後で本人に訊いておけ。

いいか?精神波ってのは魔力とは少し別のモノ――所謂〝気〟ってヤツに近い。

その気ってのは体に宿ってる生命力……〝プラーナ〟ってヤツだな。

気はまさしくソレに近い。操り方だけなら魔力に近いが――』


『ちょっと待て!』


俺はファランの言葉を遮ると、心の中で言葉を紡いだ。


『そこまで聞ければ充分だ。

その〝気〟ってのが〝プラーナ〟の事なら……多分、俺は精神波の感じ方を知っている。何故かは俺の記憶でも見とけ』


『あァ?記憶だと……?

……ほぉ……ふん、レーゼの時にプラーナってヤツを聞いていたのか……なるほどな』


ファランは何処か納得したような声音で呟くと、再び声を心中に響かせてきた。


『テメェのやり方でやってみろよ。

多少〝気〟について勘づいているならテメェでも出来るだろうからなァ……俺ァ深層意識で眠らせて貰うぜ……』


『ああ……』


俺はファランとの胸の内での会話を終えると、背を木に預けたままゆっくりと真紅の瞳を閉じ、神経を研ぎ澄ませた。


――感じろ……己の心臓の鼓動を……研ぎ澄ませろ……己の感覚の全てを……


俺は音などの一切を遮断し、ただ気配を感じ取るためだけに精神を落ち着け、自身に言い聞かせるように胸の内で呟き続け、ただひたすらにその時を待つ。


そして己の感覚が限界まで研ぎ澄まされたその瞬間、俺は確かに『感じた』。


身の毛もよだつ、殺意が凝ったその気配を……


「ッ……これが『闇の覇者』の精神波かっ!?」


俺はその気配を感じ取るのを、冷や汗を流してやめてしまった。


終いには、胸に手を当ててぜーぜーやり始める。


それほどだったのだ……『闇の覇者』の精神波が放つ気配は。


そう……気配だけで力を得たハズの俺を圧倒する程の。


ふと自分の両手を目の前まで持ち上げて見ると、その十指は派手に震えていた。


認めたくないが、俺は『闇の覇者』の精神波が放つ気配に、はっきりとした明確な『死の恐怖』を抱いていたのだ。


「くそっ……」


「主!」


俺がフードの下で顔を歪めて拳を大地に打ち付けた時、背後からノヴァの声が掛かり、俺は振り向かないままに応じる。


「ノヴァ……」


「なんだ……?

どうしたのだ主!?」


ノヴァは俺の姿を見てすぐに横に膝を着いて顔を覗き込んでくるが、俺は顔を逸らした。


そして、低い声で告げる。


「ノヴァ……頼む。

今の俺は見ないでくれ……相手の強大さに脅えてる顔だなんて、お前には見せたくないんだ……」


「主……」


ノヴァが戸惑った様に俺に声を掛けてくるが、構わずに先を紡いだ。


「……俺は脅えたんだ……ヤツの、『闇の覇者』の強大さにな。それも、精神波だけにだ……情けないよな。

これでは、フリードとノヴァとレーゼの契約者として申し訳なくて仕方ない……合わせる顔もないッ」


「主……!」


俺が呻く様にして言葉を紡いだ時、ノヴァが怒った様に俺の右腕を掴んできた。


更に、掴まれた右腕にノヴァの指が食い込み、俺が僅かに身動ぎした時、強引に顔をノヴァの方へ向かされた。


右腕に走る痛みに俺はすぐにノヴァに文句を言おうとしたが、ノヴァの表情を見てその言葉は出てくる前に四散した。


何故なら、ノヴァが哀しそうな顔をしていたからだ。


「主……命有る者は皆、恐怖するものなのだ。

無論それは私とて例外ではない……如何に破創神であろうとも、私も恐怖は感じるのだ」


ノヴァは顔を俯かせてポツポツと小さな声でそう述べる。


しかしその言葉は不思議と俺の心に染み入り、結果俺の心に巣食っていた『闇の覇者』への恐怖心を打ち消した。


俺は苦笑して首を振ると、空いている左手でノヴァの頭を撫でた。


「いや、すまなかったな……見苦しいトコを見せちまった。

あ~、それとだな。

俺はもう大丈夫だから右腕を放してくれないか?」


俺がそう言うと、ノヴァは表情を一転させて悪戯っぽく笑い、片目を瞑って見せた。


「ふぅん……それは何故かな、主?」


「いやですね、右腕にナニか二つの柔らかいモノが当たっているからでして――」


敬語になる理由?

そんなモン決まってんだろ。今にも理性が豪快な音を発てて崩れ落ちそうってだけで充分だ。


そんなワケで俺は必死に理性を保ちつつそう言うが、ノヴァは歯牙にも掛けずに平然と言い放った。


「いや、わざと当てているんだ」


「……もういいや。

んな事よりも、シルバーウルフの群れの方はどうなっている?」


「む、シルバーウルフの群れならばもう殲滅しているぞ?

シルバーウルフ達の力の波動を感じないだろう?」


ノヴァに言われて遠方の力の波動を探ってみれば、確かにシルバーウルフ達の力の波動が消失していた。


俺はホッと息を吐いたが、ある事を思い出して顔面を蒼白にした。


ちょっと待て。

そういえば確か依頼を果たしたという証拠が必要だったよな――?


俺はそこまで考えが及ぶなり、即座に立ち上がって未だにキョトンとして座っているノヴァの撫で肩をガシッと両手で掴んだ。


「え?え?主?」


「ノヴァ!

つかぬことを訊くが、シルバーウルフの群れの死体って残ってたりする!?」


「……?いや、あの場で火葬してやったが……」


「マジかっ!?」


俺は周囲に俺とノヴァしかいないのをいいことに、【覇者】の姿で頭を抱える。


ノヴァ……お前のやった事は間違っちゃいない、間違っちゃいないんだ。

いや、むしろ正しいと言えるだろう。


だけどな?

……持って帰るべき依頼を済ませた証拠であるモノが無いんだけど!


どーすんのコレ!?タダ働きなんですけど!

このまま行ったらタダ働きで終わるんですけど!


俺が心中でそんな事を絶叫していると、おずおずとノヴァが口を開いた。


「あの……主?

もしかして主は討伐完了を示すための証拠品が無いから困っているのか?」


「ああ……」


俺が意気消沈として答えると、ノヴァが予想外の言葉を言った。


「その……SSランク以上の者のギルドカードには、もしも討伐対象を跡形もなく消してしまったりした時のため、依頼を達成しているか分かる様に出来る機能が備わっていると〝紫電〟という者が言っていたのだが……」


「……」


はい?


俺はノヴァの顔をガン見しつつ、問うた。


「……いつの事だ?ってか、いつの間に?」


「……?聞いたのは主に喚び出されてからだったな。偶々雑談をした時だったが……

確かその時、紫電は〝覇者にもランスに会うためにランスの店に向かう途中に話したんだ〟と言っていたが……」


「……」


俺はノヴァの言葉をゆっくりと吟味し、ロイ先生とランスの店に向かう途中にギルドカードを片手に軽く会話などしていた事を思い出す。


……あ、そう言えばその会話の途中に確かにギルドカードについて何か言っていたような……

というか、その会話があったからこそギルドカードを片手に持っていたような……


ヤベッ、完全に忘れてたわ。


俺はすぐさま黒色のギルドカードを懐から取り出すと、その裏側をじっと見た。


愛想のない漆黒で彩られていた俺のギルドカードの背面には、何やら金色の文字で〝任務完了〟と刻まれていた。


俺はそれを見てほっと息を吐くが、なんとなくしげしげと漆黒のギルドカードを眺めてみる。



ギルド本部所属


ランク SSSランク


二つ名 〝風の覇者〟



黒いギルドカードに先程見た字と同じく、金色の文字で刻まれている己のギルドでの立場を見つつ、再び依頼の完了を告げる文字を見て、ふと思った。


何気なく流していたが……そういや、自動で任務完了を刻むなんて一体どんな魔法を使っているのか、と。


こうして見ると、余りにもご都合主義過ぎるだろ、この魔法。


俺が今解読してみた限り、これは所有者の思念を読み取って依頼完了を告げるそうだが、このギルドカードに掛かっている術式……なんつーか、〝有り得ない〟んだよな……


コレに魔法を掛けたのはシリアさんだ。

だが、魔法を掛けたシリアさん事態はこの場合問題ではない。

現に、これくらいなら俺でも余裕で掛けれるからな。


なら、何が有り得ないのか?答えは簡単……この術式を作り出したヤツだ。


何故なら、所有者の思念を読み取ると言っても、本当の意味で"真実"しか顕さないからだ。


有り得ないだろ。

例えば、所有者が倒してもいないのに討伐対象の魔獣を『倒した』事にしたとしよう。


ここで普通の精神関与系の魔法ならば、そっくりそのまま『倒した』と認識してしまいのが関の山だ。


しかし、この術式は違う……全然違う。


この術式は一切の違いもなく、"真実"のみを顕すのだ。


オカシイだろ、と俺は思う。


「あ……じ……じ……!」


――この術式は根本から間違っているのだから――


「主!」


「ぅおうっ!?」


俺は至近からの鋭い声に、その場で飛び上がりそうになった。


驚いてギルドカードからノヴァに視線を戻してみれば、やや(あくまでもやや)怪訝そうな顔でノヴァが見返してきた。


「あ~……なんだ?」


些か驚いて俺が問うと、ノヴァは何やら口を尖らせて睨んできた。


「主……先程からずっと話し掛けているのに、何の反応も示してくれないのは頂けないぞ」


「あ~、すまん。ちょっと考え事をしていてな……」


俺が頬を掻きつつそう言うと、ノヴァは俺の持つギルドカードに目をやった。


「ふむ……主の考えている事は分かるが……深く考え過ぎない方がいいと思うぞ?

現在と過去では時代が違う。

主の考えているであろう事をやったのは、覇者の一人である可能性が高いのだからな」


「言われてみりゃそうだな……数千年前には"神格化"だなんて魔法があったくらいだし、このくらいならまだどうって事はないのか?

……いつかファランに訊いてみるか……」


そこで俺は首を振ると、【覇者】の口調に戻った。


漆黒に染め抜かれたギルドカードを懐に仕舞いつつ、淡々と述べる。


「多少のイレギュラーが起こったが、依頼は果たした。

では、戻ろうか。長居は無用だ」


「うむ、そうだな……転移場所は主に任せてもいいだろうか?」


「構わないさ。

では……」


俺はそこでノヴァの撫で肩に片手を置くと、


「【トラベラー】」


俺とノヴァが一瞬光った直後、その場から俺とノヴァの姿は消えていた。


後には、障気漂う森の怪しげなざわめきのみが残されていた……。

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