終章 双狼の戦いと血月下の放逐
【第一幕:引き裂かれた偽証】
土砂降りの雨が降り注ぐ中、貧民街の廃墟に漂う空気は固形化させたかのように重苦しかった。
「ハァァァッ——!」
フェンリルは天を仰ぎ、鼓膜を裂くほどの咆哮を轟かせた!
荒々しい石畳を踏み砕き、圧倒的な肉体の蛮力を爆発させると、凄まじい狂風を纏いながら、鋼鉄すら押し潰す重拳をシリウスの顔面へ向けてまっすぐに叩き込んだ!
しかし、山をも切り開くほどのその一撃に対し、シリウスは避ける素振りすら見せない。
「バチィン——!」
雷鳴のような鈍い重音の爆発が、雨のカーテンを突き破る!
フェンリルの瞳孔が劇的に収縮した。その顔に浮かぶのは、信じがたいほどの驚愕——シリウスはなんと左手一本だけで、フェンリルが全力を込めて放った重拳を軽々と、そして完璧に受け止めていたのだ!
「なっ……!?」
フェンリルが衝撃から抜け出す隙もなく、人間の域を超えた冷酷極まりない恐怖の魔気が、シリウスの体内から噴火のごとく荒狂い湧き出した!
シリウスの長身が、肉眼で追えるほどの速度で激しく引き伸ばされ、膨れ上がっていく。骨格が軋む不快な摩擦音が鼓膜を刺激する!
いつもは細められていた一筋の目が、この瞬間に破り裂かれた——現れたのは、凶殺、嗜血、そして極限の獰猛さを孕んだ「三白眼」だった!
ほんの数息のうちに、優雅で冷酷だった公安隊長は、全高3メートルに及ぶ黒灰色の鋼毛に覆われた恐るべき巨狼へと異化した!
「フェンリル……狼人の血が流れているのは、お前だけだとでも思っていたのか?」
異化を遂げたシリウスの喉から低く絞り出された掠れ声は、まるで深淵から届く鳴動のように魂の奥底を直接揺さぶった。
「駆魔公安は……先月、俺の体内に『赤血狼人』の魔核を植え付けたのだ!」
【第二幕:三日三夜に及ぶ双狼の死闘】
目の前で破壊の気を放つ巨狼を目にし、フェンリルの体内に眠る狂暴な因子が完全に点火した!
「ハハハハ! いいぞ! それこそが俺の親友だ!」
フェンリルは天を仰いで高笑いし、体内に流れる「赤血魔物の血」を極限まで沸騰させた!
皮肉が裂け、骨格が激しく伸長し、暗紅色の魔紋が全身を覆う。彼もまた、全身に赤黒い血光を燃やした全高3メートルの「赤血狼人」へと姿を変えた!
「ドォォン——!」
全高3メートルに及ぶ二頭の太古の巨獣が、土砂降りの貧民街の廃墟で激しく激突した!
それは鋭爪、毒牙、蛮力、そして殺意のみで織りなされた極限の肉弾戦だった。碎石が飛び散り、建造物が崩壊し、二頭の咆哮がロンドンの夜空を切り裂く。
この天地を揺るがす死闘は、丸三日三夜にわたって繰り広げられた!
激しい雨が襲う雨夜から、霧が立ち込める破暁、そして夕暮れが赤く染める黄昏へ。
廃墟は二人の血によって真っ赤に染まり、周囲の建造物はほとんど平地に等しく破壊し尽くされた。
しかし、時間の経過とともに、勝負の天秤は徐々に傾き始める——
フェンリルの戦闘は、ひとえに混血の本能と同胞を守るための力任せな勢いによるものだった。
対するシリウスは、狼人の絶大な力に加え、「白衣の死神」クロードから受けた最も厳格で正規の駆魔公安特種戦術訓練を身につけていたのだ。
第72時間目という運命の瞬間、シリウスはフェンリルの体力が底を突いた僅かな隙を見逃さなかった。
寸分違わぬ精緻な組技と関節技の連鎖で、鋭い爪をフェンリルの喉元へ深く食い込ませると、この疲弊しきった赤血狼人を地面へと激しく叩きつけた!
「ドスッ——!」
土煙が舞い上がり、決着がついた。
【第三幕:「フェンリル・ブラックは死んだ」】
夕陽が沈み、血のように禍々しい赤満月がゆるやかに昇り始め、廃墟の全景を血の赤に染め上げていく。
フェンリルは瓦礫の山の中に倒れ伏し、その巨大な狼人の躯体は徐々に縮み、全身傷だらけで荒い息を吐く人間の姿へと戻っていった。
彼は、自分と同じく変身を解き、返り血を浴びながらも立ち続けているシリウスを見上げ、口元に苦くも清々しい笑みを浮かべた。
「俺の負けだ……クロードにしこたま叩き込まれた腕前は、流石だな。やれよ、シリウス隊長」
シリウスは上から静かに彼を見下ろしていた。その細長い目の隙間は再び閉じられ、瞳の奥のすべての感情を隠し去っていた。
彼はゆるやかに佩刀を抜いた。刃が月光を反射し、冷ややかな寒芒を放つ。
しかし、その刃がフェンリルの心臓を貫くことはなかった。彼は反転させ、「カチャリ」と音を立てて足元の石の隙間に刀を突き立てた。
「特別行動隊、傾聴せよ——」
シリウスは背を向け、廃墟の周囲を取り囲む駆魔公安の隊員たちに向かって、冷酷かつ高らかに夜空を貫く声を張り上げた。
「極悪魔物『赤血の爪』フェンリル・ブラックは、只今の決闘において本隊長の手によりその場で討ち取られた! 躯体は跡形もなく砕かれ、廃墟の下へと埋葬された!」
その言葉を耳にした瞬間、泥の中に横たわっていたフェンリルは全身を激しく震わせ、かつての友の背中を信じられない思いで見つめた。
【第四幕:血月下の放逐と誓い】
シリウスはフェンリルに背を向けたまま、低く、そして極めて穏やかな声を夜風に乗せてフェンリルの耳へと届けた。
「行け、フェンリル……『フェンリル・ブラック』という名は死んだ。帝国が死人を追い続けることはない」
フェンリルは目頭を熱くし、身を起こそうともがいた。
「シリウス、だが貧民街の皆は……」
「この貧民街のことか……」
シリウスは彼の言葉を遮り、わずかに顔を横に向けた。細い目の隙間からは、揺るぎない秩序と責任の意志が滲み出ていた。
「今この瞬間より、我ら駆魔公安特別行動隊が管轄を引き継ぐ。俺が自らここを常駐警戒する。二度と役人どもに奴隷狩りをさせはしないし、誰一人として餓死させはしない」
シリウスは言葉を区切り、その声に久しく失われていた温もりを少しだけ込めた。
「お前はもう、十分すぎるほど彼らを護ってきた……これからは、俺が正義を果たす番だ」
その重々しい誓いを聞き、フェンリルが長年張り詰めていた心の糸が、完全に解きほぐされた。
彼は悟った。シリウスは何も変わっていない。かつて「法律」を用いて弱き少年を守ろうとした、あの頃の友のままなのだと。
「シリウス……ありがとな」
フェンリルは空に浮かぶ血月を仰ぎ見ながら、かつての友から受けた恩義と誓いを、黙して骨髄に刻み込んだ。
全身が砕けるような激痛に耐えながら、彼はゆっくりと這い上がり、背を向けて、深く暗い夜の闇へと一歩一歩歩みを進めた。
赤い月光の下、魁偉な男は孤独と救いに満ちた影を引きずりながら、血に染まる夜色の中へと一人消えていった……




