第三十話(Zinc):探査機の足音
夜が明け、いつものような一日が始まった。マーガレットは育児を始めている。彼女の赤ちゃんは、元気そうであるが落ち着いていて、マーガレット自身も落ち着いていた。エリンや馬之助は、彼女の育児をサポートしたり、料理を作ったりしていた。また、スカーレットは、金属の専門家として、鉄や銅、亜鉛などを組み合わせて合金を作り、メガネや車作りを助けていた。
そして、何より早起きなのが、サーモンである。彼の農家として朝早くから自分の作った作物の様子を見に、農場へ向かっていった。逆に、一番遅く起きたのは柚紀である。彼は、昨日頭を使いすぎて、ぐったり寝ていたが、昼ご飯どきに起きて、昼ご飯を食べながら、ラボにエリン、スカーレット、ヒューストン、馬之助そしてメガネを集めた。いつもの騒がしさはなく、彼らの表情には、柚紀の語る信じがたい事実に真剣な色が宿っていた。
「皆に話しておきたいことがある。この星は、俺たちが考えていた以上に特殊な場所かもしれない。」
柚紀は、夜空を見上げた時のエリンの言葉、巨大な茶色の星、そして特徴的なリングについて説明した。そして、導き出した一つの結論を告げた。
「この星は、土星の衛星、タイタンである可能性が高い。」
静寂がラボを包んだ。SFのような突飛な話に、彼らは言葉を失っているようだった。最初に口を開いたのは、スカーレットだった。「タイタン……それは、地球から遠く離れた星なのでしょう?」
「ああ、非常に遠い。だが、もしここが本当にタイタンなら、地球に帰る手がかりがあるかもしれない。」柚紀の言葉に、皆の瞳に一縷の希望が灯った。
「帰還……本当にできるのですか?」エリンの声は、かすかに震えていた。
「まだ断言はできない。だが、可能性はある。」
メガネが、腕組みをして思案するように言った。「確か、NASAとかが木星の近くに探査機を飛ばしてなかったか?」
柚紀は、力強く頷いた。そして、彼はある記憶を呼び起こそうと、脳の奥底を探った。「探査機?……」
その言葉に、柚紀はハッとした。「……おい、まさか!小型探査機ホイヘンス、欧州宇宙機関ESAが開発したその探査機は、人類史上初めてタイタンに着陸したんだ!」
彼は、興奮気味に続けた。「大気を持つタイタンの表面の調査のために、着陸機が降り立った。そして、もし俺の記憶が確かなら……着陸地点は、赤道付近の砂漠地帯だったはずだ!その探査機を砂漠で見つけられれば……地球との通信手段を確立できるかもしれない!」
ラボに、かすかな希望の光が差し込んだようだった。帰還という、これまで夢物語でしかなかった言葉が、現実味を帯び始めたのだ。
「砂漠……砂漠ですか?」ヒューストンが、驚きを隠せない様子で尋ねた。
しかし、すぐに現実の困難さが彼らに重くのしかかった。「くそ、砂漠って言っても、タイタンの表面全体がどれほどの広さなのか見当もつかない!手探りで探すなんて、途方もない作業だ!」
「何か、手がかりはないのですか?ホイヘンスが送ってきた電波の周波数とか、着陸地点の座標とか……」スカーレットが、わずかな可能性に食らいつこうとした。
柚紀は、頭を抱えた。「座標までは……覚えていない。電波の周波数も、当時の専門的な知識までは……」
「航空機を作れば、空から探せるんじゃね?」メガネが、冷静に提案した。
「名案だ。メガネ、もうエンジンの開発も出来てる!航空機も夢じゃない」
メガネはいった。「あ、あざっす」
皆が、それぞれの知識を総動員して考え始めた。地球に関するわずかな記憶、この世界の伝承、そして何よりも、故郷への強い想いが、彼らを突き動かしていた。
「とにかく、砂漠を探すしかない!」柚紀は、決意を込めて言った。
「どんなに困難でも、俺たちは諦めない!絶対に地球に帰ってみせる!」
帰還への灯が、彼らの心に確かに灯った。それは、遥か遠い故郷へと続く、長く険しい道のりの始まりを告げる光だった。




