第十話(Neon):盗賊団
馬車がエルムヴィレッジへと向かう帰り道、柚紀たちの前に三人の盗賊が現れた。彼らは、薄汚れた革の鎧を身にまとい、腰には錆びた短剣をぶら下げていた。顔には、黒い布で覆いをかけ、いかにも盗賊らしい風貌だった。
「……止まれ!」
盗賊の一人が、鋭い声で叫んだ。柚紀は、度肝を抜かれて驚いたが、すぐに平常心を取り戻し、盗賊たちに尋ねた。
「……要求は?」
その時、柚紀は盗賊の一人、左端に立っている男に見覚えがあることに気づいた。その男は、地球で柚紀が死んだ日に会うはずだった友人、サーモンだった。サーモンというのはあだ名で、魚のサーモンのように逃げ足が早いことからそう呼ばれている。あだ名呼びをしすぎてサーモンの本名は柚紀でもたまに曖昧になることがあった。
(そうだ、あいつはサーモンだ。俺が銅クロロフィルの着色料を合成し、それを渡そうとしていたんだ。)
柚紀は、サーモンとの過去を思い出した。サーモンは、農業の知識には長けていたが、少々頭の足りない男だった。彼は柚紀に、緑色の着色料を要求していた。柚紀は仕方なく、実験室に残り、銅クロロフィルを合成していた。
クロロフィルを抽出しているうちに、柚紀はクロロフィルの様々な性質に気づき、他の実験も重ねていた。そのため、学校からの帰り道が遅くなり、疲れ果てていた柚紀は、トラックに轢かれてしまったのだった。
「……金目のものは持ち合わせていない。積荷は、海水だ。どうしてもというなら、持っていくがいい。」
柚紀は、盗賊たちに告げた。盗賊たちは、積荷の樽を奪おうと馬車に近づいた。その時、呑気に馬車に乗り込んできたサーモンを見て、ヒューストンは馬車を急発進させた。
「……待て!逃がすな!」
盗賊たちは、馬車を追いかけようとしたが、すぐに追いつかなくなった。柚紀は、馬車を走らせながら、サーモンに話を聞いた。
「……サーモン、どうしてここにいるんだ?それに、なぜ盗賊なんかに?」
サーモンは、困惑した表情で答えた。
「なんだぁ~こいつ~!!……って柚紀か?俺も、お前と同じようにトラックに轢かれて、この世界に飛ばされたんよ。気がついたら、盗賊団のギルドの家にいて、勘違いされて仲間に入れられちまった。」
サーモンは、頭が悪すぎて、トラックに轢かれた後、どのようにしてこの世界に来たのか、詳しいことは覚えていなかった。
「……そうか。お前も、俺と同じように……」
柚紀は、サーモンの話を聞き、複雑な気持ちになった。まさか、異世界でサーモンと再会するとは思ってもいなかった。
工房に戻った柚紀たちは、早速海水を電気分解する準備を始めた。サーモンも、手伝いを申し出てくれた。スカーレットは、エリンにも協力を仰ごうと、宿へと向かった。
「……エリンなら、宿にいるはずだ。」
柚紀は、スカーレットに伝えた。しかし、ふと疑問に思った。魔法ショーを見た日から、もう二週間近くエリンの顔を見ていない。何かあったのだろうか。
スカーレットは、エリンを呼びに、急いで宿へと向かった。柚紀は、ヒューストンと共に、次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造に没頭した。しばらくして、つんとした鼻のつく匂いがし始めた。これは次亜塩素酸ナトリウムの特徴的なにおいだ。