第九話(Fluorine):インフルエンザ
冬が近づき、エルムヴィレッジは寒さに包まれていた。柚紀は、レイリーの診療所を訪れた。そこには、細菌でない感染症で苦しむ患者たちが詰めかけていた。
「……これは、インフルエンザのような症状ですね。しかし、解熱剤のアスピリンは使用できません。ペニシリンも効果がありません。」
(患者たちの症状を分析し、治療方法を検討した。インフルエンザは、ウイルス感染症であり、アスピリンは解熱作用はあるが、インフルエンザの患者に使用すると、脳機能障害を合併症として発症させるリスクが高いので、現代ではインフルエンザの患者にはアセトアミノフェンを解熱剤として服用させる。また、ペニシリンは細菌感染症に効果があるが、インフルエンザウイルスには効果がない。)
「……このままでは、重症化と肺炎のリスクが高まります。しかも、この異世界では感染症対策が不十分です。何か手を打たなければ……」
柚紀は、危機感を覚え、治療方法を模索した。その時、彼の脳裏に、次亜塩素酸ナトリウム水溶液のアイデアが浮かんだ。
「……次亜塩素酸ナトリウム水溶液は、強力な消毒剤として使用されている。これを大量に作れば、感染症の拡大を防ぐことができる......!!」
柚紀は、海水を電気分解することで、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を生成できることを思い出した。
「……幸いにも、エルムヴィレッジは海からほど近い。大量の海水が手に入る。」
「ヒューストン、スカーレット、急いで今から海水を取りに行こう......!!」
柚紀は、レイリーに診療所を任せ、ヒューストンの工房にヒューストンとスカーレットを呼び出した。そして、急いで馬車で海に向かった。ヒューストンもスカーレットも突然のことでひどく驚いていた。
「今から海水を取りに海に行くんですか?!」
ヒューストンはそのいかつい体に見合わない弱音を吐きこぼした。
「なんだい君たち、いらない樽を持って行ってくれるのかい?助かるよ.......」
途中の酒場で、柚紀たちはいらなくなった樽を譲り受けた。港では、その樽に海水を汲み込んだ。海の水で濡れた柚紀たちは、寒さで震えながら急いで帰った。
「……もうちょっと早く着かないかな……。」
柚紀は、不安そうに空を見上げた。空は、暗く重苦しい雲で覆われていた。
「……柚紀さん、大丈夫ですか?」
スカーレットが、柚紀の体調を気遣った。
「……大丈夫だ。もう少しで着く。」
ヒューストンの馬車の中で、柚紀は、スカーレットに励まされながら、ヒューストンのその言葉に安心していた。柚紀は自分が基本的に体力がない人間であることを痛感していた。
その時、薄暗くなった歪んだ田んぼ道に突如として鋭い光が彼らの目に映った。




