第86話 絶望の淵
「ちょ、ちょっと、いくらゴキョージュ先生でも、この状況は不味いんじゃ……?」
「手札なし、自陣の味方なし、ライフポイントも並ばれた……一方であの大男は制限枚数まで手札を詰め込んで、自陣も【領主】で埋め尽くしている状態、だよね? もしかしなくても、先生の負け……?」
「い、いやいやいや! まだまだ絶対ゴキョージュ先生の勝ち筋はある筈だよ! だってあのゴキョージュ先生だよ、ゴキョージュ先生!」
「でも、次のドロー分の1枚で何とかできる状況じゃ……」
「やったか!? うん、やったな、これ! グラサン良いぞ、勝ったなこりゃあ!」
「ええ、勝ちましたね。なぜかお風呂に入って来たい気分です。よし、ひと風呂浴びて来ますか」
突如として到来した、一方的な試合展開。こんな事になるとは一切合切思ってもみなかった生徒達は絶望し、片やクロマとシラスは勝ちを確信して余裕をかまして変なフラグを立てる始末であった。
「うーん、すっかり負けたような雰囲気になってしまいましたね。まだバトルは終わっていないのですが……そして、まだ終わっていないと欠片も油断をしていないのが、私の生徒でなく貴方なのは皮肉と言いますか何と言いますか……」
「ククッ、誰が油断なんかしてやるかよ。アンタは現段階において、オジョーよりも格上に位置している企業七騎なんだぜ? オジョーにできる事なら、アンタだってできると考えるのが普通だろ」
「これはまた、オジョーさんに対する信頼が厚いですね。まあ確かに彼女なら、1枚のドローで全てを破壊してしまいそうですが……」
そう言いかけて、ゴキョージュがドローを開始する。
「残念な事に、私にはそこまでの幸運を引き寄せる力がないんですよね。『嚮導鐘塔・ルミナスベル』をレベルアップして、追加ドロー……ああ、やっぱり駄目ですか」
「……」
自嘲気味な言葉をゴキョージュが口にしているが、グラサンは決して警戒を解かない。そんな中、『嚮導鐘塔・ルミナスベル』の鐘の音が辺りに響き渡る。力強く、しかし清涼感を感じさせるその音は、生徒達に潜む不安の心を徐々に薄めていった。
「レベル5に到達した時、【勝利】カウンターを1つ増やすんだったか?」
鐘の周囲に浮かぶ10の光の玉、そのうちの3つが眩く輝いているのを目にしながら、グラサンがそんな問いかけをした。
「ええ、その通りです。これで『嚮導鐘塔・ルミナスベル』に蓄積された【勝利】カウンターは計3つ、残り7つで私の勝利になりますね」
「ああ、その7つ分が加算されるまで、ゴキョージュ先生のライフポイントが残っていたらの話だけどな。で、さっきのドローで起死回生の手は生まれたかい? どうにもそんな感じの様子ではなかったが」
「いやはや、これが何とも……なので、ここより奥の手を使わせて頂きます。私は白4の【税】を使い、デッキから『平和の簒奪者・ボルフ』を召喚します」
「……あ゛?」
次の瞬間、ゴキョージュのデッキよりカードが1枚飛び出し、『嚮導鐘塔・ルミナスベル』の真上にて停止――したかと思えば、今度は眩しいくらいに輝き出し、光の中でカードの輪郭が人型の何かへと変化していった。
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『平和の簒奪者・ボルフ』
分類:領主 レア度:SSR コスト:白4無4 タイプ:天使
攻撃力0/防御力13
【福音】
自陣に【領主】が居ない、手札が1枚以下の時にデッキ・手札から召喚する事ができる。その際のコストは白4のみとなる。
【領土】のレベルが2以上の時、そのレベルを1下げ2枚ドローする事ができる。この効果は1ターンに1回使用できる。
相手ターンかつ自分の手札が2枚以上の時、手札を1枚【リタイアゾーン】に送り攻撃を完全無効化する事ができる。この効果は1ターンに1回使用できる。
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やがて姿を現したのは、あの輝きの中から形成されたとは思えない、ふくよかな中年男だった。白を基調とした豪華な衣装を纏い、種族も天使ではあるのだが、目が黒々と濁っており、欲望の沼に全身を浸からせたような雰囲気で――率直に言ってしまえば、これまでのゴキョージュのカードとは毛色が全く異なっていた。
「あれ、本当にゴキョージュ先生のカード……!?」
「え、ええっと、人は見かけによらないって言うし……」
「けど、簒奪者とか書いてるぞ? 簒奪者って、権力とかを奪い取るって意味だよな……?」
鐘の音により不安が薄らいでいた生徒達の間にも、再び動揺が広がっているようだ。
「2枚目のSSR……つか何だそいつは、悪徳神官の類か? 今までとは随分系統が違うようだが?」
「どんなに完璧で健全な組織にも、黒い部分というものはあるものですからね。その体現と言いますか」
「へえ? まあぶっちゃけ、そこについてはどうでもいい。問題なのは、さっきの……そいつをデッキから召喚した事だ。特定の条件下での直接召喚、それもコストが半分になっているじゃねぇか。上位のレア層にはそういうカードもあるんだな、勉強になったぜ……!」
「フフッ、素直と言うか熱心と言うか……先ほどのドローもそうでしたが、私は他の企業七騎の皆さんとは違い、そこまでドロー運に恵まれていないのです。だからこそ、非常時に盤外から掩護してくれる――そんなカードを取り入れている訳ですね」
「クククッ、なるほどな! んでもって、そいつにはまだまだやべぇ事が記されているようだが?」
「SSRのカードですからね、相応の事は書いていますよ。まあ言葉で説明するよりも、実際に見て頂きましょう。『平和の簒奪者・ボルフ』第二の効果を発動、【領土】レベルを1下げる事で、デッキからカードを2枚ドローします」
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『嚮導鐘塔・ルミナスベル』 レベル5⇒レベル4
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自身の居る【領土】に手を当て、そこから可視化されたエネルギーらしきものを流出させる『平和の簒奪者・ボルフ』。
「ああ、良かった。漸く欲しかったカードが来てくれました」
「……」
追加ドローに喜ぶゴキョージュだが、グラサンはそんなドロー能力よりも、【領土】のレベルを下げた点に注目していた。ドローを行った対価、本来であればデメリットでしかない行為であるが、ことこの場面においてはそうでもない。いや、むしろゴキョージュにとっては勝利に繋がる最大の利点でもあったのだ。
「『嚮導鐘塔・ルミナスベル』、レベルが5に到達すると【勝利】カウンターを加算する能力持ち……そこに『平和の簒奪者・ボルフ』のレベルダウンが加わる事で、毎ターンレベルを5にする行為を繰り返せるようになる、そういう事か……!」
しかも、『平和の簒奪者・ボルフ』の防御力は10以上となっており、仮にその状態のままグラサンのターンを終えてしまった場合、その時点で【勝利】カウンターが一気に2つ上昇する事となる。そうなればまだまだ遠かったと思えた特殊勝利への道が、加速度的に開けていく事になるだろう。
「グラサン、【勝利】カウンターを気にするのも良いですが、まだ私はこのターンに【税】を使っていないのですよ?」
「ああ、そうだな。さっき引いたカードでも使うのかい?」
「ええ、そうです。白3の【税】を支払い、『転生聖女・トルトッカ』を『安寧の大聖堂』に召喚します!」
「ッ!」
ゴキョージュが新たに召喚したその【領主】は、第三のSSRカードであった。




