第67話 交換条件
奇異の目に晒され、陰で好き勝手に言われる学園道中。クロマが不快感をもろに表に出しているが、まあこれは仕方ないと割り切るしかねぇ。それよりも、だ。この間に分かった事がある。聞こえてくる話を精査する限り、ここの学生達はその年頃の奴らしか居ないようなんだ。下はクロポニ、上は精々が二十歳ってところだろうか。今のところ、それ以上の年代らしき話し声は聞こえて来ない。
「ここです。さあ、どうぞ」
そうこうしているうちに、目的地に到着したようだ。ゴキョージュが扉を開け、先にどうぞと手を――おい、何だこの部屋は?
「……一応聞いておくが、部屋を間違えてたりはしねぇよな?」
「え? はい、ここで合っていますが……ああ、これはまた失礼を。少し散らかっているかもですね。私がお客人を招き入れる事は滅多にないものでして、お恥ずかしい」
少し? いや、絶対に少しではないと思う。ゴキョージュの研究室、それは本に塗れた倉庫のような場所だった。どこを見回しても本棚、本棚、本棚――デスクらしきものも一応あるのだが、その上にも本を山積みにして形成されたタワーが何基も形成されており、とても本来を役目を担える状態にあるとは思えない。来客用のスペースは……辛うじて、本当に辛うじて座るところがあった。何だ、あの絶妙なバランスで空けられた空間は?
「確かに、少し散らかってんな。まっ、アタシの部屋もこんなもんだ、気にすんな!」
「クロマお前、片付けを習慣付けろ。流石にこの部屋を少しと称すのはやべぇから」
「「えっ?」」
おい、何で揃ってポカンとした表情になってんだよ? 全然性格の方向性が違う癖して、そこの見解は一致してんのかよ。
「いや、やっぱ何でもねぇ……」
これ以上何を言おうとも時間が無駄になる事を悟った俺は、そのまま来客用のソファに座る事にした。両サイドに本が積まれているが、あのデスクに比べればまあ、うん、座れる座れる……
「お茶とコーヒーがありますが、どちらにします?」
「俺はコーヒーをいただくよ。ブラックで良い」
「ア、アタシもコーヒーで! でも、砂糖とミルクたっぷりで!」
「フフッ、了解しました」
そう言って、鼻歌交じりにカップを用意し始めるゴキョージュ。しかし、見れば見るほどに人の好いあんちゃんにしか見えねぇな。俺らを罠に嵌めるような様子もねぇし、純粋にもてなしてくれているって印象だ。少なくとも、悪意めいたものは一切感じられない。
「はい、お待たせしました。熱いのでお気をつけて」
「ああ、どうも」
「どもっす」
コーヒーを受け取り、ゴキョージュも向かいの席へ。
「さて、何からお話ししましょうか。私に興味があるとの事でしたが」
「正確にはアンタのカードに興味がある、だけどな。単刀直入に聞くが、ゴキョージュさんはLカードを持っているかい?」
「ええ、持っていますよ。私が、と言うよりも企業七騎は全員が所持していると考えてくださって結構です」
「ッ!」
予想斜め上の回答、あまりにもあっさりと答えられてしまった。
「しかし、なるほど。あなた方はこれまでにLカードを目にする機会がなかった、故に所持している可能性の高い私の下を訪れた――そういう事でしょうか?」
「白状すれば、まあそんなところだ。頭の悪い考えだってのは自覚してんだけどよ、俺のそこそこのカード運と、クロマの結構なカード運が合わされば、まあ何とかなるんじゃねぇかと思ったんだ」
「グラサンに褒められた!? やった!(そんなにアタシを褒めても何も出ないぜ?)」
「……ま、まあ実際こうして会う事はできたからな。安易な考え、直感的行動も案外馬鹿にならないだろ? これがオジョーなら、ほぼほぼ成功していただろうしよ」
「ハハッ、それはそうかもですね」
既にオジョーの異常な運の良さを知っているのか、ゴキョージュは心から納得してくれた様子だ。
「それで、どうだい? 馬鹿で無理な事を言っている身だ、タダで見せてくれとは言わない。交渉できる余地があるのなら、条件の取引をしたいところなんだが」
「……まず前提として、我々の切り札とも呼べるLカードの情報には相応の価値があります。我々のバトルを観戦できる立場ならいざ知らず、その域に達していないあなた方なら、尚更にLカードの価値は高る事でしょう」
「ああ、そうだろうな。承知している」
「故に、Lカードをお見せする事はできません。こちらとしても、それに見合う条件を提示できませんからね」
「そうか……」
はじめから無理難題を吹っかけている自覚はあったが、やっぱり駄目だったか。漸くレベル4に到達した俺達だって、切り札となるSRの情報公開なんてする訳ねぇからな。これが当然の反応だろう。まあ、こうして企業七騎と会話できるだけでも貴重な時間なんだ。別の側面から情報を聞き出すにしても、有意義な時間になるのは間違いな――
「――ただ、SSRであれば考える余地があります」
「……ほう?」
「あま~」
ゴキョージュの眼鏡が光でキラリと反射し、俺は風向きが変わった事を認識する。クロマは……もうすっかり話に飽きてしまったようで、コーヒーの甘さを堪能していた。
「知っての通り、Lよりも格が落ちるとはいえ、SSRも途轍もない価値を秘めたカードです。パックから出そうとするのであれば、運が良かったとしても、数千数万のそれを開ける覚悟が必要になってきます」
「実際の数を言われると、険しい道のりだな」
「ええ、険しく遠い道のりです。しかし、この世界における我々カードマスターには、寿命という概念が存在しません。故に途方もない時間をかけ、何度も何度も勝利を重ね続けてGを稼ぎ、パックにそれを費やしていけば――いずれは達成できる見込みもある、かもしれません」
「そこは断言しないんだな」
「あくまで確率の話ですからね。ですがLと比較すれば、これでも十分現実的な数値です。つまり、SSRなら交渉をする余地もあります」
交渉材料となるのはLではなくSSR、だがそれもまた、まだ見ぬ未知のカードである事は同じだ。それ1枚でどの程度の力が発揮するのかが分かれば、今後のバトルの糧となり得る。
「……そちらの望みは?」
「実は1週間後に、卒業試験の実施を予定しているのです。グラサンとクロマさんには、是非ともそのお手伝いを依頼したいと思いまして」
「「手伝い?」」
俺とクロマの声が重なる。自分の名前が出た事で、クロマの関心が甘ったるいコーヒーからこちらに戻ってきたようだ。
「卒業試験はバトルを予定しています。おふたりにはその対戦相手になり、生徒達の実力を試していただきたいな、と思いまして。それが終わり次第、SSRカードを組み込んだデッキを私が使い、あなた達とフリーバトルを致しましょう。ああ、そうだ。学園が雇う訳ですから、SSRの件とは別に雇用報酬としてGもお支払いしないといけませんね。詳細はゲン学園長と相談するとして……大体このような額で如何です?」
「「ッ!!??」」
唐突な手伝い、いや、バイト話を持ち掛けられ、その上とんでもない額のGを提示されてしまった。おい、額の桁がおかしくないか?




