第66話 興味深い
敷地の外は危険。正直なところ、これまでハラダシはこの校則を半信半疑に思っていた。しかし今日この日、彼は確信する。この校則は自分達生徒の為にあり、外は本当に危険であったのだと。
「な、何あれ? お客さん?」
「そういう雰囲気には見えないけど……」
「女の子の方は知らない制服姿だ。もしかして、違う学園から来たのかな?」
「えっ、プライマルアカデミー以外にも学園ってあったの? 初耳なんだけど!」
「じゃあ、あの赤スーツの人はその教員さん……アレで教員さん!?」
そして、この場に居たのはハラダシだけではなかった。他の生徒達も校門の前に居る怪しい人物――グラサンとクロマの姿を認識して、何事かと騒ぎを広げてしまっている。
「さあ、そろそろ授業が始まる時間だ! 君達は教室に戻って!」
この事態を重く見た警備員が声を張り上げる。
「ハラダシ君、悪いけど皆を誘導してやってくれ! 私はあのお客人の対応をするから!」
「え? あ、はいっ!」
「すまないね!」
ハラダシが他生徒達の下へ向かったのを確認した後、警備員は校門の方へと駆けて行った。自身が口にした言葉通り、グラサン達の対応をする為だ。
「失礼、当校に何か御用ですかな?」
「ん? ……アンタ、今どこから出て来たんだ?」
「び、びっくりした……!」
警備員が校門より敷地の外に出た瞬間、グラサン達は今気が付いたが如くの反応をした。尤も、この反応は実際にそうだった故のものだ。
「驚かせてしまって申し訳ない。このプライマルアカデミーには特殊な結界が施されていまして、外と中では見える景色が違うのですよ」
「ああ、なるほどな」
「ん、んん? 何がなるほど?」
敷地の外からは学園の建物のみが見える状態だが、実際にはこの警備員や生徒達なども居た。逆に、中からは自分達の姿が見えていて――そのように察したグラサンは納得しているが、一方のクロマはいまいち分かっていない様子だ。
「それで、本日はどのような?」
「ああ、大した要件でもないんだが、ゴキョージュ先生は居るかなと思ってよ」
「ゴキョージュ先生ですか?」
「先に言っておくが、約束とかは特にしていねぇぜ? ただ、彼の企業七騎の一角に興味があってよ。運良く会えてねぇかなって、そう思って来ただけだ」
「うん、そういうこった!」
「え、ええっと……」
グラサンの単刀直入過ぎる言葉(プラス、追従するクロマ)に戸惑いを覚え、一瞬言葉を失ってしまう警備員。
「申し訳ないのですが、約束もない部外者を学園に入れる訳には――」
「――私に会いに来たのですか? それはそれは、何とも興味深い」
「えっ?」
不意に聞こえてきた優し気な男の声。声の方へと視線をやると、そこには白衣の男が立っていた。しかも、その顔には見覚えがある。それもその筈、彼はグラサン達が本日の目当てとしていた人物だったのだ。
「あ、貴方は……ゴキョージュ先生!?」
「はい、ゴキョージュ先生です。騒ぎを聞きつけてやって来たのですが、なかなか愉快な事になっていますね。ええと、貴方はグラサンさんで合っていましたでしょうか?」
企業七騎第六席のゴキョージュ、彼は間違いなくその人であった。温かみと安心を感じさせる笑顔を浮かべながら、ゆっくりと歩み出しグラサンの前へ――
「合っている……が、さんが被って変に感じるから、グラサンで構わねぇよ」
「では、今後はグラサンと呼ばせていただきますね。よろしくお願いします」
――そして、手を差し出し握手を求めるゴキョージュ。グラサンはそれに応じ、力強く握手を交わした。
「こちらこそ……つか、やっぱ俺の事は知っている感じか?」
「ええ、オジョーさんから名前と特徴をお伺いしていましたので。と言っても、本当にそれくらいの事しか知らないんですけどね。そちらの女生徒さんは……おや? うちの生徒ではないようですが、グラサンのお連れ様で?」
「ん、アタシか? ああ、アタシの名はクロマ。グラサンとは永遠の愛を誓った仲で――」
「――おい、出会い頭に嘘を教えるな。ったく、悪いがこいつの言う事は話半分で聞いてくれると助かる」
「こ、言葉責めも悪くない、かも……!(フッ、照れ隠しのつもりか?)」
「……なるほど、関係性も愉快なご様子。とりあえず、同じカードマスター仲間と認識しておきます」
ゴキョージュが色々と察したように苦笑いをこぼす。
「まあ立ち話も何ですから、続きは私の研究室でしませんか? お茶くらいはお出ししますよ」
「良いのか? こっちとしては願ってもねぇ事だが……」
グラサンがチラリと警備員の方を見る。当たり前だが、彼はまだグラサン達の事を警戒していた。
「ええ、構いませんよ。私としても貴方と親交を深める事ができればなと、そう考えておりますので」
「おお、すげぇ。企業七騎に興味を持たれるとか、流石はアタシのグラサンだ」
「どっちかってぇと、お前さんがレイコーポレーションの所有物扱いなんだけどな」
「愉快な上に複雑な関係性のようですね……では、ご案内します。警備の方、そういう事ですので、ここからは私にお任せください」
「は、はぁ、ゴキョージュ先生がそう言うのでしたら……」
こうしてグラサン達は、正式に学園内部へ入る事を許可される。つまり、堂々と校門からの入場である。
「では、お邪魔しますよっと――って、何だこりゃ?」
校門を潜ったその瞬間、辺りの景色が一変。空の見えない薄暗い地底空間、それがレベル4・地下帝国ノームランドの基本構造である筈だった。しかしどうした事なのか、敷地の中へ入った途端に太陽の温かな光が差し込み、気温までもが変化。どちらかと言えばレベル2・悠久平原ノービスプレインに近い気候になったのである。見上げれば雲一つない青空が広がり、尚更、意味不明感に拍車をかけている。
「うえっ、エリア移動でもした?」
「ああ、いえ、実はこの学園を囲う結界には、そこに映る景色と体感を偽装する効力も働いていまして。学園の中と外とでは、視認できる景色、体感できる気候も変わってくるのです」
「そいつはまた大それた仕掛けだな。何でそんな事を?」
「学園で学び、そして暮らしている生徒達を鬱屈とさせないようにする為の処置のひとつ、とでも言いましょうか。まあ、その辺りについても私の研究室でお話ししましょう」
「ふーん、何か込み入った事情がありそうじゃ――」
そこまで言い掛けたクロマであったが、何かを感じ取ったのか、視線を校舎の方へと移していた。
「あの人達、何? ゴキョージュ先生のお客さん……?」
「そんな風には見えなくね? むしろ、こう……カチコミ?」
「でっけぇな。2メートルはあるんじゃないか? ハハッ、熊とかと殴り合えそう」
「馬鹿、この世界で暴力行為は無意味だろ。カードが強くなくちゃ、見た目なんか関係ねぇよ」
「女の子の方もうちの生徒じゃないよな? 制服が違うし、何か雰囲気が怖そうだし……」
「でも、スカートは短いよな」
「うん、その点はうちの制服より優れていると断言できる」
「アンタらどこに注目してんのよ!? 最低ッ!」
耳の良いグラサンは、そんな話し声を諸々拾ってしまう。
「――何かアタシ、さっきから妙な視線を感じるような気がするんだけど?」
「俺みてぇな奴が居るから、悪目立ちしてんだろ。気にすんな」
「申し訳ないです。生徒達も多感な時期ですので、どうかお許しください」
にしても、レベル4に住まうカードマスターにしては、何とも緊張感がないような……そんな事を考えながら、グラサンはゴキョージュの後を追うのであった。