第39話 趣味執行
グラサンらが勝利の宴を楽しむ一方、業火の裏闘技場、その地下奥深くにて、ある出来事が起こっていた。
「ぶおあッ……!?」
本日何度目の目覚めになるだろうか。グラサンに敗北を喫したフミタオシは、またも冷水をかぶされ、不快な目覚めの最中に居た。バトル中の激痛、そこからの気絶、無理矢理の目覚めを短時間に何度も繰り返しているせいか、体調は頗る悪い。本来は無敵の肉体を有している為、カードマスターがこんな経験をする事などあり得ないのだが、生憎、ここは表で許されない業が自由自在に跋扈する裏の世界。そういった契約を口約束にでも果たしてしまえば、肉体の保護なんてものは簡単に剥がれてしまうのである。
「あら、お目覚めになったのね」
「げほっ、げほっ……! あ、アンタ、は……!?」
フミタオシは器官に入り込んだ水を吐き出しながら、徐々に晴れていく視界の先に、ある人物を捉える。それは雑誌でしか目にする事のなかった、カードマスターにとっての雲の上の存在であった。
「ま、まさか、チマミレ、なのか? 本人、マジか――ッ!?」
真っ赤な長髪をなびかせ、これまた血で染まったかのような赤黒いドレスを纏った絶世の美女――カードマスターのトップの一角、チマミレが確かにそこに、フミタオシの眼前に居たのだ。レベル3のエリアで写真を目にした事はあったが、実物を見たのはこれが初めての事だ。
フミタオシはまずその事実に震え、次いで彼女の美貌と抜群のプロポーションに目を奪われた。そして最後に、漸く気付く。彼女が腰かけている椅子のようなものが、人の死体の山で構成されている事に。
「ああ、この者らが気になりますの? これらは本日、己の経験値を対価にバトルへ挑み、夢叶わず散っていった残りカスです。まあ止めを刺したのは、この私なのですが」
「な、何を言って……?」
今日一番の嫌な予感、そして動揺が走る。そんな中でフミタオシは、ここが何をする場所なのかを薄々感じ取っていた。どこにあるのかは不明、密閉状態の広い部屋で、レベル2ではお目にかかる事は絶対にないであろう、見るからに高級そうな装飾品の数々が並んでいる。そしてその中心には、バトル用の設備が置かれていた。慣れ親しんだ闘技場のものよりも、こちらも相当に高価なものであろう事が窺える。目の前の死体の山さえ見逃せば、何とも品のあるバトル場にしか見えない。しかし、その実態は――
「――敗北者の処刑場、噂は本当だったのかよ……!」
「あら、一体どのような噂が出回っておりますの? 私はただ、皆様にチャンスを差し上げているだけですのに」
その事実を確認したフミタオシの思考が、再び真っ白になりそうになる。が、もうそのような怠惰は許されない。思考を何とか保ち、生き残る術を全力で見つける。そうしなければ、今度こそ彼の命はないだろう。
「チャ、チャンス、ってのは……?」
「……貴方はこれまでに二度のチャンスに恵まれました。一度目はシラスとの戦い、二度目はグラサンとの戦いです。尤も、そのどちらも1のダメージを与える事も叶いませんでしたが。特に二度目の戦いは無様過ぎて、観客受けが大変良かったです。思わずこの私も失笑してしまったくらいですよ、クスクス」
「さっさと、本題に入ってくれ……!」
「まあ、気の短い方ですのね? 本題も何も、先ほど申し上げた通りです。貴方に三度目のチャンスを差し上げます。具体的には――」
死体の椅子から立ち上がり、不意にその山に向かって蹴りを食らわせるチマミレ。優雅な装いとは裏腹にその蹴りの威力は凄まじく、複数の死体は遠くの壁にまで弾き飛ばされてしまった。
「――この私とバトルをし、1のダメージでも与える事ができたのなら、先の二度の敗北をなかった事に致しましょう」
「……は?」
最強のカードマスターとのバトル、条件付きとはいえ、それは実質的な死刑宣告のようなものである。当然、フミタオシの顔色は見る見るうちに青くなっていった。
「そんな顔をなさらないでくださいまし。条件は先のハンデ戦を踏襲して――いえ、それでは雑魚である貴方の勝ち目がゼロなので、更にハンデを付けるとしましょう。ライフポイントは貴方が20、私が1のスタート、先攻後攻もお好きな方を選んでいただいて結構です。あと、そうですね。3ターンの間、私からは一切攻撃をしないという条件も加えましょう。如何です?」
「……俺様を、馬鹿にしているのか? いくら最強の一角だからって、んな条件で勝てるとでも……!?」
「ええ、勝てますし、とっても馬鹿にしています。ただ、これは貴方に限った話ではありませんの。そこに転がっている者達も全く同じ条件で私と戦い、全力を尽くしてくださいました。ですが、その上で今はあのような醜態を晒していますの。クスクスクス」
「ッ……!」
冷笑を受けながらも、フミタオシは必死に頭を回転させる。チマミレが蹴飛ばした死体の数は5。先の話が本当であれば、彼女はこのような絶対的に不利な条件下で戦い、その全てに勝利した事になる。もちろん、これがブラフという可能性もあるが、どういう訳なのか、フミタオシにはそう考える事ができなかった。そう、目の前の赤い女が、そんな嘘をつくようには思えなかったのだ。ただ単に圧倒的な強者である、そんなどうしようもない理由が思考にこびりついてしまうのだ。だが、この誘いを受けない手はない。
「……やって、やるよ!」
「あら、勇ましい事。デッキ構成を変更する時間は必要でしょうか? 先攻を取り、【速攻】で攻撃するか、何らかの手段で1ダメージを私に与える事ができたのなら、貴方の勝ちです。それに特化したデッキにした方が、よろしいのではなくて?」
「要らねぇよ、今の状態が俺様の最強だ。それよりも、教えろ。何でこんな事をしている?」
なぜこの場面でこんな質問をしてしまったのか、フミタオシ自身よく分かっていなかった。ただ、純粋に疑問に思ったのは事実だ。カードマスター界のトップ、その誉れある存在がこのような処刑人染みた事をする必要性が、全く見出せなかったのである。何かの間違いでフミタオシのような存在が勝ってしまった場合、対価を支払う必要がなくなり、それは巡り巡って裏闘技場の信用問題となる。また、こんな理不尽なハンデ戦に勝ったところで、チマミレには何のメリットもない。フミタオシが考える限り、このバトルの必要性は皆無なのだ。
「何でこんな事を? いえ、特に深い意味はありません。強いて言うとすれば、趣味でしょうか? 気に入らない相手は、他人よりも自分の手で潰したいものでしょう? その方がスッキリしますもの」
「……」
難しく考えるだけ無駄だった。理由なんてものは、そもそも存在していなかった。チマミレにとってこの行いは単なる趣味の一環でしかなく、あくまでも戯れ――だからこそ、そんな最悪の事実を知ったフミタオシは激高し、覚醒する。
「……なるほど、どこまでも俺をコケにしているらしい。馬鹿が考えたようなハンデがあるからって、絶対に油断はしねぇ。欠片も慈悲は与えねぇ。それで良いんだな?」
「愚問が過ぎますわ。さ、私も暇ではないので、そろそろ始めましょうか。ああ、ちなみに――」
紅の瞳がフミタオシを捉える。
「――この業火でのバトルでは、本来ライフポイントは10からスタートします。20からではなく、10です」
「あ? 突然何だ? んな事は知ってるよ」
「カジュアル向けの興行、観客を早い段階で白熱させる為などの理由がありますが、一番はカードマスターの安全を保護する為です。一般的にリアルダメージマッチの痛みに耐えられる限度は10前後、故にこの数字に設定していますの。激痛程度で死んでしまっては、今のように私と相対させる事ができませんからね」
「だ、だから、何だよ……?」
「貴方、想像できます? 限度を超えた20のダメージが、一体どのような痛みなのか。4ターン目が楽しみですわね、クスクス」
「……やってみろよ、クソ野郎がッ!」
かくしてバトルは開始されたのだが、その内容は悲惨としか言いようがなかった。数分後、チマミレが攻撃可能となったターンに、フミタオシは一撃の下に絶命――その際に彼が受けたダメージは、20を軽く超えるものだったという。




