第38話 祝勝会
「2人とも、今日はよくやってくれたわ。契約を祝して、ここに乾杯しておきましょう」
「おう、タダ酒に乾杯!」
「はい、タダ飯に乾杯です」
裏闘技場『業火』、そのVIP用の個室にて乾杯していたのは、レイコーポレーションの社長レイコと、今日新たにスポンサー契約を交わした新鋭のカードマスター達であった。言わずもがな、その者はグラサンとシラスであり、現在酒と食事を堪能中である。
「しっかし、こんな良い部屋を快く貸してくれるたぁ、チマミレさんも懐が深いもんだ。ここ、普通に使うとすれば、結構高いんだろ?」
「レベル2のカードマスターからすれば、結構ってもんじゃないわね。少なくとも暫くは、断酒と断食をする事になるかしら」
「「うわ……」」
心底嫌そうな表情を作るグラサン達。そんな2人の様子に、レイコはおかしそうに笑っている。
「フフッ、本当に好きなのね。けどまあ、今回チマミレがこの個室を貸してくれたのは、礼も兼ねているんでしょ。フミタオシという期限切れの腐った存在を、興行という最高の形で2度も潰した。これまで鬱憤を溜めていた観客ほど、今日の結果には満足していたと思うわ。どちらの戦いも満員御礼だったし、業火としても相当に儲かった――つまり、ウィンウィンの結果だったって訳ね」
「ああ、俺らもあの試合だけでレベルアップしたし、レイコ社長んとこの会社とスポンサー契約を結ぶ事ができた」
「それだけじゃありませんよ。グラサンが交渉したお陰で、通常報酬の倍額となるG、それにプラスして各地の裏闘技場、その情報と入場権利を得る事もできました」
「「そして今日も酒(飯)が美味いッ! しかもタダ!」」
「ええ、飲みなさい食べなさい。その分、明日からも働いてもらうつもりだから」
ちなみに裏闘技場内で販売されている飲食物は、外部に持ち出す事ができないそうだ。箱買いでの持ち出し、或いはタッパーに詰めて持って帰る気満々だった2人は、その無念を今の欲望に変換しているようである。
「にしても、二試合目も見事な勝ちっぷりだったわね。まさか、グラサンまでノーダメージで勝っちゃうなんて」
「しかも私みたいな搦め手ではなく、正面から殴り合ってですからね。難度としては、そちらの方が難しかったと思います」
「殴り合うっつうか、一方的に殴っていただけなんだが……あいつ初手からマリガン連発だったし、その後も心ここにあらず、って感じだったしよ。あの内容のバトルでレベルアップして良いもんなのか、正直迷ったくらいだぜ?」
「それはまあ、盤外戦術が効いたのでは? 彼、明らかに動揺していましたし」
「フフフッ、グラサンったら見かけによらず、ああいう精神攻撃を使う事もあるのね?」
「いやいや、レイコ社長がやれって言ったんじゃねぇか……」
そう、フミタオシが起きる少し前に、まずは精神的に追い詰めるようにと、グラサンはレイコからオーダーを貰っていたのだ。グラサン自身は適当に煽り、フミタオシの闘志を出させてからのバトルをしようとしていたのだが、直前にそのような待ったが掛かっていた訳である。
「フミタオシには可能な限り、無残に負けてもらう必要があったからね。それにグラサンには、もう少し汚い手を覚えてほしかったし」
「覚えるも何も、身近にそういう見本が居るからよ、やろうと思えばいつでも――って、ああッ!?」
唐突に大声を上げるグラサン。
「ちょ、いきなり何よ?」
「グラサン、私達の鼓膜を破るつもりですか? 契約締結からの、即裏切りですか?」
「い、いや、そういう訳じゃなくてよ、すっかり忘れていた事を今更思い出したっつうか……あー、実はこの世界に来てから、ずっと行動を共にしていた奴らが居てよ」
グラサン、シチサンとニクショクについて説明中。
「――ってな訳なんだよ」
「ふぅん? 前世からの連れと、途中合流した友人――いえ、ペットかしら?」
「いや、友人でペットでは……ねぇよな?」
「私達に聞かないでくださいよ。何で疑問形なんですか?」
シチサンとニクショクの関係性について、僅かばかりの疑問を持つグラサン。
「レイコ社長、あいつらの実力を見て、場合によっては一緒に契約するって訳にはいかねぇか?」
「うーん、少し間が悪かったわね。貴方達2人と契約したから、空いていた契約枠が全部埋まってしまったわ」
「契約に枠とかあるんですか?」
「この世界ではね。でないと、トップである七大企業が有望なカードマスターを独占しちゃうでしょ? うちも多方面からスカウトしていて、グラサンとシラスがその最後の枠だったって訳」
「そうか、なるほどな。なら仕方ねぇか……」
「……グラサン、今更契約を止める、なんて事は言わないわよね? 私に見初められておいて、もしそんな事を口にするのなら――」
僅かにではあるが、周囲にプレッシャーを放ち始めるレイコ。しかし、その矛先であるグラサンはあっけらかんとしていた。
「ん? ああ、言わねぇよ。今の今までシチサン達の事を忘れていたのは、確かに俺のミスだ。それは間違いねぇ。けど、ずったりどこでも一緒って訳でもねぇからな。俺は俺で上手くやっているように、あっちはあっちで上手くやっているだろうよ。まっ、互いにレベルアップを重ねていけば、いずれ上のどっかで出会えるだろ、多分。上の方がエリアが狭いんだろ?」
「うわ、薄情かつ適当な発言ですね。今頃、泣いて捜している最中かもしれませんよ?」
「それは絶対にない」
「……そ」
力強く断言するグラサン。その言葉を聞いて、レイコも圧を放つのを止めたようだ。
「前世じゃ俺が暴走して、後から来たあいつが場を収めるなんて事がしょっちゅうだった。どうせ今回もそうなるだろうぜ。それよりも、今はこの祝いの場を楽しもうや」
「ふーん、厚い信頼ってやつかしら? 青春ねぇ」
「いや、青春って歳でもねぇんだが……」
「あむあむ……私はそのニクショクさんという方が気になりますね。色々と気が合いそう、という意味合いで。ところで、グラサンがバトルに勝った後も、フミタオシさんはまだ生きていたようですが?」
「あー、そういやシラスの時もそうだったっけ。裏闘技場って負けたら即死、ってスタイルじゃないのか?」
「裏闘技場を運営する団体によるわね。場所によっては敗北からの即死も普通にあるわ。一方で業火は比較的カジュアルな場所だから、観客の前で死なせたりはしないのよ。まあ、見ている側は直に見たい奴が多いから、どちらかと言うと、参加者であるカードマスターに対しての配慮なんでしょうけど」
「へえ、オーナーの名前がチマミレなのに、その辺はデリケートに扱ってんだな? 少し意外だ」
「あ、それは私も思いました。口調や声色はいかにも高貴って感じでしたけど、何となく武闘派なイメージが湧きましたもん。つまるところ、チマミレさんは私と同類かもです。まる」
「えっ、シラスお前、そんななりで武闘派だったのか? なら、俺ともお仲間――」
「――いえ、グラサンは裏の正統派じゃないですか。私やチマミレさんは裏の異端派です」
「……裏の異端派って、一周回って表じゃね?」
やいのやいのと盛り上がるグラサン達。そんな2人の様子を眺めながら、レイコは小さく溜息を漏らす。
「勘が鋭いわねぇ、この子達」




