第35話 シラスの世界
シラスの前世はファンタジー世界の住人であった。武器を手にモンスターと戦い、魔力を持つ者は魔法を扱う。レベルやステータスという概念があり、勇者という名の人類の希望、魔王という名の絶対悪まで実在していたのだ。それら言葉を鵜呑みにするのであれば、正にゲームの中からそのまま飛び出して来たかのような、王道のファンタジー世界――なのだが、実際のところは真逆の体を成していたようである。
端的に言ってしまえば、シラスの前世は食うか食われるか、その一言に尽きていた。その世界は全ての事象が闘争で染まっており、技術も魔法も敵を食らう事のみに特化――その理由は敵を殺さずして食事はできないという、絶対の理があったからだ。要は最弱の赤子から最強の魔王に至るまで、何を食うにしても自らの手で処理しなければ、口に入れた瞬間に無に帰してしまうのである。食らわなければ経験値を得る事もできず、餓死という概念が超速度で迫る特有の事象までもが存在していた。それらが相まって、誰も抗う事のできない飢えが常態化、同じ種族同士で食らい合う事も決して珍しい事ではなく、むしろそうする事で強い個体を残すという、蟲毒的な思想がまかり通る村々があるほどであった。
そんな最中に勇者が人類の希望とされたのは、その上質な肉が豊富な栄養素を含んでいたからだ。国の長達は多くの生贄を捧げる事で、異世界から勇者を召喚する術を習得。自身の空腹と経験値を満たしてくれる勇者という存在は、最大の脅威である魔王と対抗するのに欠かす事のできない食材だったのだ。
シラスは血肉と食欲に塗れたこの世界で、魔王の喉元に歯を突き立てた猛者のひとりだった。生きる上で感情を殺し、絶えず食欲という自我を肯定し続け、残酷な世界の中でも悦びを生み出す――最期には最高の魔王の前に敗れてしまったが、それでも誰もが獣となるこの世界で、満足に生を全うしたのだ。ただ、彼女は死の間際にこうも思っていた。ああ、いつの日か殺した勇者が持っていた、あのしらす丼、めちゃくそ美味かったなぁ……と。
死に際の想いが神に届いたのか、彼女が気が付いた時には、そこは見知らぬ空間であった。コンプライアンスの問題なのか、或いは無用な混乱を防ぐ為なのか、赤黒く染まった衣服は新品の頃よりも綺麗になり、血塗れであった自身も実に清潔な状態が保たれていた。逆に気持ち悪く感じられたが、それよりも周囲の様子も気になった。不自然なほどに、沢山の肉が立ち並んでいたのだ。その為、最初はどこかの貯蔵庫か何かと勘違いしたが、その後の天使の登場でシラスの思想は書き換えられる事となる。
新たに埋め込まれたこの世界の常識、そこには見た事もない料理の知識が満載であったのだ。上に行けばこれらが食える。勝てば勝つほど沢山食える。いずれはしらす丼にもありつける――その考えに至った彼女は、それまで培ってきた暴の力をいとも簡単に捨て去り、カードの力という新たな可能性へと手を伸ばした。無論、この力を最初から使いこなせた訳ではない。だが、飽くなき食欲は彼女の脅威的なまでの原動力となり、圧倒的なまでの学習力を与えた。そう、何もかもが初めてである筈のトレーディングカードという戦場に、超スピードで適応していったのだ。
鉱物バー、歯応えがあってほのかに味がする。美味い! 新鮮な野菜、それに手を加えた料理達、何もかもが瑞々しく、素材ごとに味が違う。美味い!! 裏闘技場で提供される種類豊かな料理の数々、もう言葉にできない。自身のボキャブラリーの少なさが憎い。美味いッ!!!
表情筋が死んでいるのか、殆ど自身の気持ちを顔に出さないシラスであるが、実際のところは心の声を大にして、そんな事を思っていた。レベルアップをして次なるエリアに行けば、もっと美味しいものが食べられる。もっと色んな味が楽しめる。そんな風に彼女のモチベーションは常にマックスを更新し続け、カードゲームに勝つ為の最善手を導き出す。
(――さっきの痛み、少しだけ懐かしい感じがしましたね。四肢が千切れたのであれば、肉を食らって新たな手足を補充する。脳が壊れるほどに殴られたのであれば、脳に頼らず食欲のままに体を動かす。この世界に来てまだ日は浅い筈ですが、遥か遠い昔のように感じてしまいます。痛みを感じるとお腹が空く癖だけは、相変わらずのようですが……まあ、この身が五体満足のままなら、痛みなどどうとでもなりますよ)
現代人が怯む程度の痛み、それはシラスにとってはないようなもの。拷問に近いレベルになったところで、懐かしさを覚える程度にまで引き上げられるかどうか。まあ、つまるところ業火のリアルダメージマッチなんてものは、シラスに何の影響も与えていなかった――いや、多少腹を空かせるくらいの影響は与えるかもだが、所詮はそれまでの存在。負けたら死ぬ? 当たり前だ、闘争とはそういうものだ。最悪を提示されたところで、彼女が操るカードの流れが乱れる事など、あり得る筈がない。
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5ターン目
フミタオシ ライフポイント8 手札2
『緑の領土レベル2(緑2)』=『カエル森のトード(5/6)凍結2』
『生湿るカエル森レベル2(緑2)』=『強制鎮座の保管庫(0/2)凍結1』
『緑の領土レベル1(緑1)』=『カエル森のキングトード(4/5)凍結2』
シラス ライフポイント5 手札7
『青の領土レベル3(青3)』=空
『氷の調理場レベル1(無1)』=『氷砕きの料理人(2/2)』
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「ド、ドロー……」
シラス有利な状態で迎える事となった5ターン目、未だ混乱の最中に居るフミタオシは、恐る恐るといった様子でカードを引く。しかし、そのカードを加えたとしても手札は3枚のみ。シラスの手札、その半数以下の選択肢は、彼に光をもたらすのだろうか。
「『緑の領土』をレベルアップ、もう1回ドロー……」
自陣と手札を何度も見比べ、動き出す術を真剣に考える。思えばフミタオシの圧倒的有利な状況から始まったこの戦い、こうして真剣にバトルに臨んだのは、これが初めての事かもしれない。それだけ彼は余裕だと思い込み、慢心していた。くだらない作戦でどうにかなると安易に考え、少しずつこの状況を作り出してしまったのだ。真面目に考え始めたからと言って、果たしてここから巻き返す事ができるのかは疑問であるが、今の彼にはその道しか残されていない。時間ギリギリまで考えに考え、彼が出した答えは――
「――俺様は【税】4つを使い、『トードの次なる王』を発動する!」
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『トードの次なる王』
分類:戦略 レア度:R コスト:緑2無2
自陣の【トード】の【領主】1体を対象とし、それを破壊する。破壊された【領主】のコスト+3となる【トード】の【領主】をデッキからランダムに召喚する。それは【突撃】を得る。
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そのカードを使った瞬間、フミタオシの自陣で凍っていた『カエル森のキングトード』が破壊され、『緑の領土』が漆黒の闇で包まれ始めた。




