第28話 テンション上がる
ノービスプレインのモチベーション問題について熱く語り合った俺達は、そのまま雑談を交えながら目的地へと向かった。レイコも社長なら車とか用意できないのか? なんて質問を投げたりもしたんだが、ノービスプレインの景観と合わないから駄目なんだそうだ。妙なところに拘る腹黒社長である。まる。
「けどよ、レベル1が卵でレベル2が雛なら、いっぱしのカードマスターのレベルはなんぼになるんだ?」
「いっぱしの定義にもよるけど、企業がスポンサー契約を持ち掛け始めるのは、一般的にレベル3からになるわね。レベル3になれたという事は、運の良し悪しを含めたとしても、一応は凡才の域を抜け出したって認識なのよ。だからこそ、誰かしらから注目を集める事になるわ」
「ほーん? なら、レイコ社長は随分と気が早かったんだな。レベル3どころかレベル1の新人戦を観戦して、俺達に目を付けるなんてよ」
「馬鹿ね。原石を見つけるのなら、早いに越した事はないじゃない。特にうちみたいな新鋭企業が成り上がる為には、その程度の努力は必須事項――っと、確かこの辺りだったかしらね。グラサン、シラス、私から離れないように」
「おう」
「了解」
隠し場所なんて一切見当たらない、この真っ平らな平原エリア。そこに裏闘技場がどう隠されているのかと言うと――
「おおっ、本当にあったわ。これまた不思議パワーだな」
「怪し気な地下への階段、ですね」
――不思議パワーを用いた光学迷彩で、その入り口を隠していた。入場権限のある者、今回の場合で言うレイコの近くに居ないと、どれだけ近づいても俺とシラスには見えない仕様なんだそうだ。
「これ、見えないまま足を踏み外したら、そのまま転がっていかねぇか?」
「大丈夫よ。仮に盛大に転げ落ちたとしても、カードマスターは僅かなダメージも負わないもの」
「ああ、そういや無敵状態だったっけ、俺ら」
「それに、記憶もちゃんと消して処理しているから、問題な――あら、これ言っちゃ駄目な事だったかしら?」
「あー、急に耳がキーンとして、何も聞こえなかったわー。シラス、お前さんは何か聞こえたか?」
「いえ、私も急にお腹が減って、一時的に目を回してしまいまして。何も聞こえませんでしたよ、はい」
唐突な危険な香りを感じ取った俺達は、雑な猿芝居でこの場をやり過ごす事にした。うっかりミス、つうかわざと俺らを巻き込まないでほしい。
「フフッ、やっぱり優秀ね、貴方達。アイスブレイク代わりになったかしら?」
「はて、何の事やら。それよりもほれ、行かねぇのか?」
「あっ、本当にお腹が空いてきました……」
シラスの腹の音を聞きながら、裏闘技場へと突入。緊張感の欠片もなく、何か門番っぽいガードマンも笑うのを必死に我慢している様子だった。NPCも仕事とはいえ大変だね。で、そんな彼が開けてくれた鉄扉の奥には――
「うおおおおおお! 殺せぇぇぇぇぇ!」
「ビビんじゃねぇぞ! 殺られる前に殺ってやれやぁぁぁ!」
――物騒な声援に包まれた、試合真っ最中の闘技場があった。つくりは表のもんとそう変わりなく、低レベル向けの為なのか、それともそもそも装飾などはじめから気にしていないのか、何とも粗雑なものである。ただ、バトルを観戦している輩の方々の質は悪い方へと振り切っており、声援と同様に見た目も少々アレだ。まあ、表の観客も素行が良いとは言えなかったんだけどな。ん? そういや……
「なあ、観客達が何を言っているのか分かるんだが、これもレイコ社長の近くに居るからか?」
「そういう事。有象無象の連中だから気にする必要なんてないけど、不便ではあるからね」
「有象無象って……汚い金持ちって聞いていた気がするんだが?」
「それは観客じゃなくて、うちみたいな会社に依頼を出す側の話よ。まあ、この闘技場は他よりもカジュアルな方だから、客層もそっちに寄ってるかもだけど……さっ、もっと見やすい場所へ移動しましょうか」
そう言って、観客席の前へ前へとズンズン前進するレイコ。そうなれば既に居る観客に前を塞がれるものなのだが、彼女が「どきなさい」「クズが」「何で私の前を塞いでいるの?」などと言葉の刃をぶつけるたびに、質の悪い筈の観客達は嬉しそうに道を空けてくれるのであった。いや、それで嬉しそうにすんなよと。観客達もレイコと同じく上位存在の筈なんだが、ひょっとしてレイコはその中でも更に位の高い存在なんだろうか? そもそも社長だってのはあるが、普通はこんな反応を示すもんじゃねぇし……まっ、便利だから今はそれで良いか。
「結局、あのノリで最前列まで来ちゃいましたね。私にはよく分からない世界のようです」
「シラス、別に理解しなくても良い世界ってのもあるんだぜ? さっきのが好例だ」
「貴方達、そんな事よりも試合を見なさいよ。何の為にわざわざここへ来たと思っているのよ」
と、レイコに注意されてしまったので、大人しく裏の試合を見る事に。今やり合っているカードマスターは……その筋のもん、ってよりも不良の成れの果てって感じだ。片や相手を痛めつける事に執着し、片やライフを削りに削られ、次の手をなかなか打てないでいる。
「へへっ、どうしたよ? さっさと次のカードを選ばねぇと、新たなペナルティが発生しちまうぜ?」
「う、うるせぇ! 今は俺のターンなんだ、黙ってろ!」
はて、ペナルティ? そんなもの、バトル中にあっただろうか。
「ペナルティってのは? ここの特別ルールか何かか?」
「ま、そんな感じね。ここ、裏闘技団体『業火』はダメージを負うと相応の痛みが伴う、リアルダメージマッチを採用していてね。1のダメージでも食らっちゃうと、洒落にならない激痛が走るのよ。それまで痛みを知らずに生きてきた人間からすれば、ちょっとした拷問に近いかもね」
「へえ、そいつは怖いな。で、その特別ルールってのは?」
「フフッ、顔色ひとつ変えずに言う台詞じゃないわね。まあ、話は単純よ。ここでの試合では、ターンが回ってきてから30秒が経つごとに、あるペナルティが発生するの。そのペナルティというのが――」
「――ぐうあああああッ!?」
レイコの言葉を遮るようにして、苦痛に満ちた叫びが辺りに満ちる。声の方を見れば、バトルで押されていた方の男が地面に倒れ、涙と鼻水、その他諸々を撒き散らしながら悶え苦しんでいた。うわ、いたそ。
「あんな風に、重ねてきたペナルティの数に応じた痛みが発生するのよ。ええと……あの様子から察するに、もう3回は時間をオーバーしているんじゃないかしら? 3度目ともなれば、もう立ってはいられないレベルの痛みに達するから」
「なるほど、ゲームを円滑に進める為のルール作り、そして裏の闘技場らしく試合を盛り上げる要素を押さえている訳ですか。なかなか考えられていますね。物販に食事系のものがあるのも素晴らしいと思いまもぐもぐ」
「……お前、いつの間に飯を買って来てって、おい待て! これ、酒も売ってんじゃねぇか!? 業火ビールとか売ってんだけど!?」
売り子らしきNPCを呼び止め購入画面を開くと、そこには俺が欲していた酒が山ほど並んでいた。見た事のない銘柄ばかりだが、この世界の企業基準と考えれば不思議な事は何もない。そう、今気にするべきは味と喉越しであり、それ以外の要素は些事に過ぎないのだ……!
「ノービスプレインらしからぬ強きの値段設定……! だが、ここでしか飲めないのであればそれも仕方のない事で、試合というエンターテイメントを見ながら飲めるプラスアルファの要素を加味すればむしろ妥当……! クッ、これは買わざるを得ないッ! ここは夢の国か何かかよっ!?」
「グラサン、ここの物販は肉料理も普通に並んでいますよ。牛、豚、鶏、その他馴染みのない肉も盛り沢山、料理の種類も豊富です。もちろん他のサイドメニューも抜かりがなく、ノービスプレインらしからぬ健康に悪そうなものも一杯で、あっ、何ですかこの揚げバターって私の嗅覚がこれを食えと叫んでいます……!」
「アンタら、試合を見なさいよ……」
結局、俺達は見学前に散々に散財してしまうのであった。




