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そうしてしばらく待っていると男が急に話しかけてくる。
「俺が誰なのか聞かないのか?」
「冒険者ギルドの人間だと聞いた。」
「…それだけか?名前も、仕事も何も聞いてこない。俺を知っている様子も無ければ、訝しげる様子もない。はっきり言って今後一人で生きていけるようには見えないが。」
「そんなこと貴方に関係あるの?」
「あの魔結晶は日の目を見れば、お前のもとに多くの人が探りに来るだろう。大金を持っていることも簡単にバレる。そうすれば命の危険だってあるのに、お前は買い取りの条件を何もつけず、金だけで売り払った。お前には正直身に余る大金だと言わざるを得ない。」
こちらの言葉も答えずつらつらと話す男に面倒になって聞き流す。何か言いたいならはっきり言えばいいのに長いと眠くなる。彼は真剣なのか真面目なのか真顔でこちらを見つめながら話し続ける。
「その金が犯罪者にわたってこの街が荒れるのを見逃すわけには行かない。身寄りが無いのなら、しばらくは適当な冒険者を護衛に雇え。こちらで何人か見繕って…」
「いらない。」
「…何?」
勝手なことをペラペラと喋って決めようとしているところでそれを断ると、男はにらみつけるようにこちらを見て来る。
「それって全部そっちの都合でしょう?興味ない。」
「お前の頭は飾りか?俺の話が何もわかっていないようだが、これは決定事項だ。これが嫌ならこの街で安全に住めると思うな。」
「貴方が私を追い出すって聞こえるけど。」
「俺がやらなくてもお前は身ぐるみを剥がされてそうなるだけだ。むしろ追い出されるだけならまだましな目にあう。」
「物騒な話をここでされるのは困るのですが…。」
小切手を作っていたルイガノが部屋に戻ってくるが、私と男の会話を聞いて苦笑するように間に入ってくる。慌てている様子もないし、警告のようなものをしてきていることは想定内のようだ。
「彼は言葉は悪いですが、悪い男ではないんです。信用出来ないのはわかりますが、どうか一考願えませんか?」
「じゃあこれの買い取りはなかったってことで。」
「それは困ります!!」
「わがままをいっている場合じゃない。お前はもうその魔結晶を店先で出している。耳の早いやつにはもう情報は渡っているだろう。」
「だから何?貴方が街の治安を考えてるとかどうでもいいし、その後私がどんな目に合おうがそれこそ貴方達には関係ないでしょう?私は貴方に金貨1億枚でこの魔結晶を売ることを了承してそれで売買は終わり。どうして後から要求が通ると思っているの?」
彼らからしてみれば私の言葉が理解できないんだろう。だけど私からしたらこっちの台詞だ。さっき冒険者の男が言ったように、私は何もルイガノに要求していない。あるのは魔結晶の売買だけだ。なのにあちらは後から冒険者を護衛につけることが決定事項とか言い出している。
最初に危険なことを言わずに、話が進んだら後から追加で言われている状況でしかない。
「冒険者を護衛につけるとか、それが前提条件ならはじめに言ってくれる?言ったでしょう、私は貴方達を信用していないって。」
「…これはお前の身を守るための話だとわかっているのか?」
「くどい。自分の身は自分で守るし、死んだらそれまでってだけでしょう。」
私がそう言うと男は顰めた表情のまま黙り込む。私が本当に言う通りにするつもりがないことがわかったようだ。
彼が黙っているうちに私はルイガノに話しかける。
「そういうことなんだけど、どうする?」
「彼との話がまとまらずと言うのは残念ですが、こちらの買い取りとは関係ございません。ですのでこのまま買い取りさせていただければと思います。こちらが小切手にございます。おそらく初めて見られると思いますので説明させていただきますが、こちらは銀行より発行されました特殊な紙を使用しております。こちらの現物以外では金銭との引き換えはできませんのでお気をつけください。」
青みがかった紙に金貨1億の値と、商会の名前やルイガノのサイン、それに精巧な細工の押印。他にも銀行の押印などがあるが、この紙のどこが特殊なのかはわからない。だが銀行ではこれが本物かどうか判別する方法があるのだろう。
小切手を受け取るとルイガノに魔結晶を受け渡す。彼はそれを大事そうに布に包むと、満足そうに微笑んだ。この魔結晶をどうしても見逃したくなかったらしい。
「銀行へはどう行けばいいの?」
「目の前にある東の門から伸びる大通りを行き、大きな十字路のところにございます。兵士が立っておりますのですぐにわかりますよ。」
「そう、ありがとう。」
そう言うと私は小切手をバックに入れ早々に立ち上がる。もうここに用はない。冒険者ギルドの男ももう何も言わないし、このまま立ち去れそう。ルイガノも引き止めることなく見送ってくれるようだ。
「もしまた買い取りなどありましたら、ぜひ当商会にお任せください。今回は良いお取引をありがとうございました。」
そう言って店の出入り口まで送ってくれるルイガノに軽く会釈をしながら銀行に向かってあるき始める。