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魔導具と魔法の併用について他の本でも調べていくとわかったことがある。それはこの世界の魔力に対する理解度の低さだ。もともと魔法使いも少なく魔力というものがわかっておらず、体力を消費していると記載されていた本もある。体力を自分で操ることなんて出来ないし、魔法の熟練も回数をこなして無意識に鍛えていくなんて非効率的なことになっているのもそのためだ。
魔力の存在を認知している人がこの世界にどれだけいるかはわからないけど、周知されていないというのは私の大きなアドバンテージになる。だって魔力を知っている分、魔法の熟練速度は桁違いだからだ。
魔力の流れがわかるから、無駄を省いて魔力の消費も抑えられるし複雑な仕組みが作れるから強力な魔法だって使いやすい。他の人に出来ないことができるのだ。
それこそ、魔導具と魔法の併用で新しいことだってできるかもしれない。今思いついているのは、兵舎で聖魔法を使ったときに考えていた魔法陣についてだ。例えば魔導具で魔法陣を一瞬で展開できるようになれば、それに魔力を流して範囲的な魔法が使えないか、なんて考えている。
実際に魔法陣の範囲上で魔法が発動するかはわからないから魔導具と併用する以前の問題となるかもしれないけれど、なんだか考えているだけで楽しくなってくる。たまには自分で何かを作り出す、っていうのも悪くないかもしれない。
魔法について書かれている本をだいたい読み終わって、最後に冒険者の自伝を手に取る。
はじめにラクセングルにくるまでの経歴が書かれていて、どうやら著者はもとはガイゼンガルグから遠く離れた国で生まれたようだ。生まれ育った街で冒険者になって、色々な国や街を巡って、ラクセングルにまで来たと。
男はそれなりの実力があったと自負していて、実際魔物との戦闘が多いラクセングルでも大きな怪我をすること無く引退まで至った。その後は冒険者ギルドで実力のない初心者や始めてラクセングルに訪れた人への指導役として働き、この本も指導役の仕事として残したそう。
実際中身はラクセングルの街の作りや歴史、そして生活のことが書かれている。この街で生きる上で知っておくとやりやすいことらしいが、私が一番助かったのは時間についてだ。食堂でアンナたちがアドリーの怪我で気を落としていたとき、アドリーは正午の鐘までにつく、と言っていた。その時はスルーしたけど、正午の鐘について私は知らなかったのだ。
言葉のとおりならば、正午になる鐘のことだろう。でもここ数日この街で行動してきて、時計を一回も見ていない。まだ技術がないのかもしれないけれど、じゃあ正午ってどうやって判断しているのかわからなかったのだ。
幸運なことにこの本にはこの街の時間感覚についても書かれていた。というか、街によって時間の区切りは違うらしい。
ラクセングルでは夜明けの鐘と正午の鐘、日暮れの鐘の3回鐘が鳴る。この街で生活する人は、この鐘を大まかな時間として生活しているようだ。雨や曇りの日のように太陽が見えないときは、鐘を鳴らす仕事をしている人の感覚で鳴らされているらしい。なんとも大雑把なことだが、この街ではこれが普通だ。
著者がいままで訪れた街の中には、もっと細かく鐘を鳴らす街もあったらしい。だがそういった街は国の首都として栄え特別な道具を作れるほどお金のある街だけで、その他の普通の町や小さな村では太陽の位置で時間を知るのが一般的らしい。
ラクセングルの、ひいてはこの世界の時刻事情がわかった。あとは冒険者について読み進める。
ガイゼンガルグ以外の冒険者は基本的には何でも屋のような役割らしい。商人の護衛をしたり、特殊な花や草を集めたり、村の警備にあたったりと仕事は多岐に渡る。基本的には人対人、もしくは人対物の仕事ばかりだ。
だがガイゼンガルグは違う。同じような仕事もあるが、それに加えて人対魔物の仕事が増えるのだ。魔物との戦闘は危険性が桁違いに高いが、その分報酬も高いし何より知名度が上がる。その国も実力者は欲しいので、ガイゼンガルグで名を揚げれば貴族になることだって夢ではない、のだそう。
そうして実力に自身のある者がラクセングルに集まり、仕事をこなしていくのだそう。基本的には森などを抜けてきた個体を軍からの依頼で討伐したり、近くの村からの討伐依頼や素材採集の依頼を受けることになる。といってもそこまで命を賭けたい人がいるはずもなく、仕事を奪い合うほどにはなっていない。そうしてここの冒険者ギルドは成り立っているようだ。
はじめ宝石店で会った冒険者ギルドの男が護衛を雇えと自身満々に言えたのは、この街にいる冒険者のレベルが高いことを自負しているのもあったからかもしれない。それを知っても冒険者と関わろうとは思わないけど。
そう言えば、冒険者たちは魔物との戦闘で怪我をしたらどうするんだろうか?ベルグ要塞やラクセングルには聖魔法の使い手が派遣されず、兵士たちが死にかけていたほどだ。冒険者達だって無傷ばかりとはいかないだろう。
ただの傷ならまだしも瘴気に侵された場合は聖魔法での治療が必須だ。だが教会で治療してもらうには金銭が必要かつ、高額であることがこの自伝には書かれている。優秀な冒険者でお金に余裕があるならそれでもいいだろうけど、そうじゃない人はどうすれば良いのか。
答えはこの本には書かれていない。瘴気の危険を前提とした報酬が支払われるためしょうがないのかもしれないけど、私にはリスクが高すぎるようにしか思えない。
これでは私は冒険者ギルドも警戒しないといけないかもしれない。ギルドだって大金を払わないと治療してくれない教会ではなく、自由に働かせられる聖魔法の使い手のほうが確保したいだろう。
この世界は魔物が強く、かつ瘴気に怯えて生きている。対抗できる魔法はすでに廃れ始め、誰もを救ってくれる奇跡は起こらない。
魔物に、瘴気に対抗できる方法が見つかるか、それとも滅びるか。なんとも面倒な世界に転移させられてしまったってことだ。