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2 何故死ななければならなかった?

「続いてのニュースです。昨日午後13時頃、高館市内の繁華街の路地で「人間の頭部のようなものが落ちている」との通報があり、通報を受けた警官が駆けつけたところ、男性の右側頭部であることが判明しました。付近にあった遺留品から、遺体は高館市内に住む中学校教諭・保坂繁明さん(47)と判明しました。保坂さんの遺体は激しく損傷しており、未だ左の側頭部以外の部分は発見されていません。警察は殺人事件もしくは熊などの野生動物の犯行と見て捜査を行う方針です」


 目に入ってくるのは、モノクロの景色。黒と白の幕、黒と白のリボンで飾られた写真、白い菊の花、そして黒い服……そして、青白い顔をした大人たち。

 僕は自分の父親の遺影を持ち、初めて着る喪服に身を包んで、お経を聞いていた。お葬式というイベントがあるというのは知っていた。でも、なんだかイメージと違った。まず、出席者がとても少ない。父さんは、きっと先生や生徒たちから慕われていたはずなのに。それどころか、おじいちゃんとおばあちゃん……つまり、父さんの両親も来ていなかった。正確には、ショックで来ることができなかったのだ。だって、発見された父さんは首から上のみ、それも顔の左半分だけになって死んでいたのだから。

 密葬というものがある、というのは今回で初めて知った。凄惨な事件に遭って死んだ人のお葬式は、家族だけでひっそりと行うことが多いとか。まさか僕の父さんが密葬されるなんて。まだ47歳。もうすぐ教頭先生になれるかも、という噂は僕の耳にも届いていた。弱小だったパレー部を県大会準優勝に導いたのも父さんの功績だ。父さんは、もっともっと長生きして、みんなに囲まれながら惜しまれて送られるべき人なのに。もう、会えないんだ。もう、一緒にサッカーをすることも、あの大きな手に頭を撫でてもらえることも無い。

「ねえ、母さん」

「……うん、何?」

 目の周りが腫れ上がって別人のようになった母さんに僕は問う。まだ意味の無い読経が続いているし、話す気力が無いのだろう。消え入りそうな声で返事が返ってくる。

「どうして父さんが殺されなければならなかったの? なんで僕の父さんが……あんな殺され方」

「ごめんね、洋介。あの時あなたたちを一緒に警察署に連れて行くべきではなかった。お父さんのあんな姿、子どものあなたにはショックだったでしょうに」

「僕が無理やりついて行って勝手に見たんだ。母さんは何も悪くない」

 事件直後に警察署の霊安室で見た父さんの一部のことは、鮮明に脳裏に焼き付いている。母さんや警察の人は「見るな」と止めたけれど、僕はこの目で本当に父さんが死んだのか確かめたかった。結果、変わり果てた姿だけれど、その遺体の欠片は僕の父さんだった。僕と同じく少し面長で、最近気にしていたもみあげのところの白髪の具合も見覚えがあった。顔の右半分が欠落しているせいで、自慢の歯並びは見る影もなくグチャグチャになっていたけれど、あれは間違いなく父さんだった。顔の断面は、家族のものとはいえ口元を抑えたくなるような様だった。昔科学の本で見たような人体の断面図のようにスパッと切れている訳ではなく、おそらく脳と思われる臓器や血管が引っ張られるようにはみ出していて、まるでものすごい力で無理矢理にちぎられたように見えた。引きちぎられた衝撃なのか、残った眼球は奥に引っ込んでいて、生前いつも力が宿っていた父さんの目には今は空虚は穴が空いているだけだった。そして、部屋中に広がる生臭い匂い。初めて嗅いだが、これが腐った肉の臭いなのだろう。母さんが崩れ落ち、父さんの名前を呼んで泣き叫ぶのが横目で見えた。父さんは、犯人によって一瞬にして「僕の父さん」から「腐臭のする肉塊」に変貌させられてしまった。こんな残酷な殺し方を一体誰が。警察の人も見当がついていないようだった。確かなのは、こんな所業は絶対に許されないこと。そして、父さんをこんな風にした犯人がどこかに必ずいるということだ。泣くな、しっかり見ろ。僕は自分に強く命じる。この光景をしっかり目に焼き付けて、忘れないようにするんだ。

 密葬が終わり、警察関係者が母さんに聞き込みを始めた。僕と姉ちゃんは別室に追い出され、母さんと親戚のおじさんたち大人が何人か入って、込み入った話が始まる。

 犯人を見つけたら、八つ裂きにしたくらいでは足りない。大切な人を失った苦しみがどれほどものか、きっとそいつには分からないんだろう。犯人の一番大切なものを奪って、ぶっ壊して、それからありとあらゆる痛みと苦しみを味あわせてようやく死なせてやるんだ。絶対に。

 僕は待機部屋を抜け出して、母さんたちの部屋へ向かった。慎重に、音を立てないように、ドアに耳を当てる。僕だって、子供だけど父さんの家族だ。大事な事件の手がかりを聞く権利はあるはずだ。自分の呼吸の音すら邪魔なので、息を止めて、室内の会話に全神経を集中した。男の声が聞こえる。おそらく刑事さんが、母さんたちに事件の状況を説明している。途切れ途切れに単語が聞こえてきた。

「現場には……トウモロコシのひげのようなもの……落ちており……」

 ん? トウモロコシのひげって何だ?

「洋介、盗み聞きやめなよ。子どものあんたが聞いてどうすんのよ」

 夢中になっている僕を呼び止めたのは、姉ちゃんだった。

「……ほっといてよ」

「何を企んでるんだか知らないけど、そんなに意地になっても子どもには何もできないよ」

 姉ちゃんは淡々と言い放った。今のところ姉ちゃんは父さんの死を知っても涙ひとつ流していない。

「子ども子どもって、うるさいな。姉ちゃんこそ、父さんが死んでもまだ反抗期とかやってんの? 葬式にも出ずに。ふざけるのもいい加減にしろよ」

 僕は普段と同じ、キャラクターのパーカー姿で来ている姉ちゃんを睨みつけた。姉ちゃんは一瞬黙ったが、やがてため息をついて言った。

「洋介はいいね。父さん父さんって、純粋にただあいつを好きでいられて」

「はあ?」

「あんなクソ野郎、死んで当然—」

 姉ちゃんが最後まで言葉を言い終わる前に、僕は彼女に殴りかかっていた。犯人の次に、今は姉ちゃんのことが憎いかもしれない。ありとあらゆる罵詈雑言を吐きながら、自分の姉を生まれて初めて殴った。騒ぎを聞きつけて、部屋にいた親戚や警察のおじさんたちが飛び出してくる。争っている僕ら姉弟を見て泣き崩れる母さんの顔が見える。すぐに僕は大人たちに凄い力で押さえつけられた。僕の家は滅茶苦茶になった。つい数日前まで、ごく普通の4人家族だったのに。

「絶対に犯人を見つけてやる。僕が犯人をこの世から消してやるんだ!」

僕の声は廊下に響き渡り、何人かの大人がそれを見て憐れんだのか、啜り泣きが続いた。

数日後、僕は「父親を亡くしたショックからくる心身喪失状態」として保健室登校が決定した。


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