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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
384/403

幽州の権、覇者に帰すること


 人界の戦いも大詰めを迎えていた。



 曹操の立場からすれば、ぼやぼやしてもいられない。

 こちらは遠路をはるばる強行軍でやってきており、しかも、背後には劉備など、虎視眈々(こしたんたん)と許都を狙っている輩がいる。

 早急に敵軍を降すにはどこを制すればよいか。これを見出すことが、今回の遠征の成功には急務であった。


 大雨の影響による糧食、その他輸送・補充の難、将士の健康など、気にかけねばならぬことも多かったが、なかでも最大の懸念は、敵地に深く入っている、ということだろう。

 兵の数こそこちらが上だが、それも時をかけるほど欠点となってゆきかねない。



 一方の遼西側には、余裕がある。

 なにせ背後からは圧倒的な援軍が押し上がってくるのだ。


 たしかに、兵力も将の質も劣ってはいる。


 だが、地の利は間違いなくこちらにある。守勢にまわって踏ん張ってさえいれば逆転できることは約束されているのだから、張り切りがいもあるというものだ。

 予測より士気の衰えがなかった裏に、まさかそんな理由があろうとは、さしもの曹操にも解らないことだった。



 ここに結論はでた。すべては地の利だ。

 戦略の根幹にからむ最大の懸念。逆の発想をすれば、これをいかに対等へ近づけるかが、速戦即決の鍵となる。




 軍議の席で曹操はきり出した。



「ここだ。この白狼山をとる」


「······おそれながら、主公に申し上げます。敵の落ち着きぶりが何やら不気味です。いま軍を分けることは危険では?」


「なに、奴らは怯えているだけよ。城からも出てはこられまい。迅速にこの地をとってしまえば柳城へのさらなる圧力になる。

 (わし)みずからがこれに当たるゆえ、その方らは儂の旗をたて、敵をひきつながら行動せよ。万が一、城側が兵を差し向けてきたら、その背後をつけ」



 そうと決まれば曹操の動きは速い。百戦錬磨の軍を操り、一路白狼山へと進発した。



 一方の遼西軍側でも、おなじことが討議されていた。


「敵は速戦に持ちこみたいはず。であれば、白狼山を抑えておくべきかと存じます。

 さすればいざとなれば退け、いざとなれば応援にもなる。ただ籠城するよりはながく時も稼げましょう」


 右北平単于の臣下、抵之(ていし)はそう進言した。

 曹操は、敵には血の気のおおい異民族の猪武者と、生っ白い袁家の坊主どもしかおるまいと侮っていたが、けしてそうではなかったのである。

 楼班(ろうはん)はこの策をとり、蹋頓(とうとん)が軍を率いて白狼山へ布陣するために、陣を押し上げにでた。



 なにせ勝手知ったる己の庭。彼の軍は易々と目的地にたどり着いた。敵の姿はいまだ見えない。蹋頓はすこし安堵して築陣にとりかかった。


 だが。

 敵の先手はとった。後は堅陣を築き、守りきればよい。そんな、言ってみれば、本来追い詰められた側にあるまじき一種の油断が、僅かながらも、彼の判断を緩慢にしたことは否定できないだろう。





 曹軍は粛々と、迅速に進んだ。

 なんといっても、彼には確固たる自信があった。この遠征は敵に数万の軍勢ありといえども、我軍はそれ以上の大軍であり、配下にも絶対の信頼をおける者が揃っている。

 たとえこの策の成功の鍵は時だとしても、敵に出し抜かれることがなければなんの問題があろうか。



 だが山にたどり着いてみると、そこには何と敵軍がすでにおり、態勢を整えつつあるではないか。

 これには将たちも鼻白んだ。

 こちらは山上にあり、いまだ敵軍には気づかれてはいない。とはいえ、とりあえず出立に間にあう隊だけ連れてきたため、一時的にも兵の数は逆転して、さらに具足や糧食は輜重(しちょう)の隊──兵糧や武器などを輸送する部隊──と共に後方にある。将でさえ、満足に鎧を着けている者すら少ないのだ。



 これはたんなる不運か? 

 さしもの彼もすこし動揺したが、そこは経験豊かな曹操のこと。逆境などいくらでも越えてきていると、おくびにも表にはみせず、まず冷静に敵の配置を見下ろした。


「······文遠」

「はっ」


 曹操はちかくに張遼をよんで、敵陣を指し示した。


「わかるか」


「はっ······。なるほど、敵軍もいまだ万全ではない様子」


「今ならば間にあう。我が軍の先鋒としてあの部隊に当たれ。脆弱な脇腹を見事喰い破ってみせよ」


「──ハッッ!」


 張遼は命を承って(きびす)をかえすと、配下に号令をとばす。



「敵はいまだ我らに気付いておらぬ! ゆえにッ、攻められるなぞ露ほども思ってはおらぬぞ! 今こそが好機! ともに先陣をきり大功を立てようぞッ!!」



「「──オウッッ!!!」」





 どちらにも弛みはあった。だだ、そのほんの少しの差が仇となっただけだ。

 ほどよく追い詰められて一心となったのはむしろ曹操軍のほうであり、しかも率いるのが、味方きっての名将のひとり、張遼である。そんな大将が真っ先に、槍を手に突っ込んでいくのだから、配下は嫌が応にも奮いたつ。

 常日頃曹操のいう、「天は我に味方している」の意識がのり移ったかのごとく、猛然と蹋頓らの陣に襲いかかった。


 まさかこの間隙を縫って攻められるはずはない。そう思っていた所に奇襲を、それも的確な弱点に受けてはどうしようもなかった。

 こうなっては誰が指揮をとっていようが同じで、蹋頓は這々(ほうほう)のていで逃げ出した。

 柳城の方でもこれを察し、楼班らが加勢にとび出したが、横合いから密かに進軍してきていた曹軍の別働隊に突っこまれて分断され、混乱をきたした。




 かくて、ここに勝敗は完全に決した。

 烏桓の兵は一気に士気を失い、我先にと投降をはじめる。

 楼班は討死。蹋頓は曹純らに捕らえられ首を討たれ、ほかの多くの王らも同様の末路をたどった。



 ただ、単于のひとりと、遼西・北平の豪族の一部が一族を捨て、兵数千と袁尚、袁煕をつれて遼東へと落ち延びていったが、やはりこれも報われることはないのである。


 いったん傾いた天の秤は、軽んじられた側に容赦しない。

 やがて遼東の主・公孫康によって尚・煕ふたりの首は曹操のもとへと届けられることになる。

 彼らにとっての唯一の救いは、天主らが破られた事実を知らなかったことかもしれない。



 この勝利によって、胡人、漢人の者、二十余万人が曹操に降伏。幽州もそのほとんどが彼へと帰した。



19日まで連日更新いたします。

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