紅星、ただ一天に瞬きて惜別を報ずること⑥
文字通り、無人の境を往く。
何者も彼の往く先を咎めることは適わない。
それは人に限らず。天地の要害をもってしても同様だ。山は削られ、緑は枯れ、川は空となる。すべてが等しく終焉へと向かう。
いよいよ奇怪きわまる変貌を遂げた天主を追い越した月塊は、いま、ただひとり、その正面を妨げる者として降りたつ。
もはや奴はこちらを意識すらしていないのか、ただ粛々と雪をまとい嵐を起こしながら迫ってくる。あれには比べるべくもない、なんと礫のような己か。
「ったく。馬鹿みてぇにデカくなりやがって。相手する身にもなれっつの」
そうして悪態をつきながらも、いささかも衰えぬ闘志を瞳にたたえて、月塊は顔をあげる。真っ直ぐに障害だけを見据えて。
「たぁ言えだ、よく解ってるじゃねぇか! 俄然燃えてきた!!」
ジャッと帯を鳴らして腰へと巻く。
「悪ィな、御三方! 大欝気に付き合ってもらうぜッッ!!!」
応えてふたつの宝珠が稲光を迸らせ、暗がりに沈みつつある世界を照らす。
「ウラッ!!!」
地を蹴り、月塊は駆けだす。瞳には紅く闘志を輝かせ、身には蒼い気流を漲らせ、真一文字に天主へと迫る。
反応してか、帯のようにたゆったっていた蒼い腕の残骸が地表をべたりと撫でる。万物を凍てつかせる冷気が噴き、広大な範囲をおおう氷の結界が結実する。
積み重なった立像は亡霊のような氷の死兵となり、得物を手に天主を護らんと屹立する。さらに赤紫の毒々しい巨大華の上部、八本の腕の掌がぐぱりと開き、ふたたび古の滅箭が地上へと解き放たれた。
「おオオオオッッッッ!!!!」
気合とともに巨大な円陣がひろがり、ダンダンダンと力を込めて駆け抜けられた跡からは、八本の土龍がいななきとともに鎌首をもたげる。敵を見据えると怒りの哭き声を発して突進し、滅箭の虚影を我が身もとろもに打ち砕く。
一歩。氷の結界に踏み込んだ途端、足が一気に凍りつく。
「ヌェエエエエエアアアアッッッッ!!!」
縛めを力任せに引きちぎり、両の腕を無造作に振るう。
腕から伸びた二本の剣は鞭のごとく、遠大な間合いのうちをうねり、向かってくる死兵どもを軒並みに砕き狩る。
その際も、彼は一歩として立ち止まることはない。
足元に繰りだされた槍をすかして躱すと、前へと倒れ込みながら腕で自らを支え、今度は両足をまわす。腕のみならず、なんと足からも剣の鞭が伸び、さらに氷の茨を噴き飛ばす。
止まらない! 止まらない! どれ程の圧力を受けようとも。自身の具足が砕け飛ぼうとも彼は止まらない!
ついにその身を天主の目前へと運ぶ。
「──今、解き放ってやるぜ」
カッ、と拳の輝きが走り、天主の底部にふたつ目の極大妖火円陣が浮きあがる。
ドズン! ザグリッ! ビシイッ!
間髪入れず地を踏みしめる。
そこからは天主の総身に相応しい巨大な蒼光の戟が顕現した。撃ち込まれる一撃ごとに天主の巨身が揺れ、ついにその前進がおし留められる。
「······止ンまれェェェエエエエイッッッッ!!!」
月塊は右、左と腕を振り上げ、斬り刻み、足でも一閃。さらに追撃は止まらぬ。
「ウォオオオオオオオラァァァァァァァァ────────ッッッッッ!!!!」
渾身の拳による連撃。見る間に天主の花弁を思わせた逆立つ鋼殻が砕け飛び、割れ、穿たれる。
それは最後の呻きか。
──ヌェェェェェェェェ··················ッッッ······
天主からぬける虚ろな響きが辺りを震わせ、ついに月塊がその身を喰い破って天へと飛翔する。
──く
宙空でむき直った月塊は、しぶとく追い撃ってくる無数の光矢にその身をさらしつつ、まだだ、まだだと消えかける意識を奮い起こす。
ガッ、と月塊の白い具足が砕け散り、見事な──彼の背丈を超える程の得物へと変じる。
極限までみずからを使い尽くし、削ぎ落とし、それでも抗う彼の意志は、自身を根源へといたらしめた。
その様は紛うことなき弓の形。
亀裂だらけなれど白い、真珠のような虹の光沢をまとったそれはまさに、天の賜物と呼ぶに相応しい美しさだ。
雪中に南天の実ひと粒、持ち手のうえに核たる紅玉がはめ込まれている。
「······」
フーッと息をつぎながら、全身を蒼い気流と一体化させた月塊は、動きを止めた天主をみつめる。
絞り切ればいい······これで最期ッ!!
撃てばどうなるか。それは思案するまでもない。
「······あ〜ッ、ったく······物好きな連中ばっかだったなァ、オイ! 面白ェ一生だった! 悔いはナシだ!」
いまだ腰にあった鎖帯を外して放り投げ、自らを矢として鋼の弦に足裏を預けてギリギリと引き絞る。
「······さァ、俺が手を引いてやる! 共に天へと帰ろうぜ、天主ッッ!!!」
フ。
弦が弾け、その身が全てから解き放たれた。胸によぎった刹那の想いを諸共に。
───墜陽箭───
放たれた蹴撃は一条の閃きとなって天主を射抜く。
瞬きの間に貫いた直後、巨大な蒼の鏃が血のごとく赤黒い巨華を地へと串刺しにし。
ヌォォォォォォンンン────
押しつぶす大気をいななかせながら、ついに天主は大地へと墜ちたのだった。
成すべきを成し、支える理を失った白銀の弓は傾きながら、ゆっくりと落下していく。
············いや、ウソ、だわ、やっぱ。
叶うなら、もう、少しだけ──────
向かいくる光のなかへと、意識は埋没した。
······まるで、紅い星が輝いているよう。
離れて仰ぐ親子の瞳にも、それは儚くも美しく映った。
暗天に紅星がただひとつ。
いつまでも、別れを惜しむように瞬いていた。
次回更新は翌月曜日となります。
宝珠の数を修正しました。




