紅星、ただ一天に瞬きて惜別を報ずること①
整いました。
ラストスパート、行きます。
気がつくと、いつか見た静かな園にいた。
相変わらずそこは、夜であり、芳しい花々の咲き誇る、まったく蒙古高原とほ対照的な風をなしている。小癪なことには柔らかに暖かい微風など吹かせて、こちらの頬を撫でてくる。
「ッハ────────ッッ。やれやれッ」
月塊は盛大に息を吐き出し、ドサリと草の上に座りこんだ。
癪に障らぬわけがない。が、どんなにがなったところで逃れられぬこともまた、よく解っている。
せめて、大いなる力と繋がったままであったなら、快復の時を得たのだと自分を説得できようものだが、あいにくというかやはりというか、外界とは完全に隔絶されてしまっているらしく、力の充填は直前までの感覚で止まってしまっている。
「なんのつもりだ、こりゃあ」
月塊は夜空を見上げ、文句のひとつも呟く。やはり、答えなんか返ってこないとは承知のうえだし、訊かなくてもその理由くらい解ってはいる。
天主の食事を邪魔させない······いや、奴が確実に南下するまで閉じ込めておく気か······
対話は期待しない。少なくともこちらはそのつもりであった。
だが、どうやら向こうはそうでもないらしいことが、程なくわかった。
ポッ、と離れたところへ蛍火のような淡めきが灯ると、それが徐々に人の形を成していく。
『──やあ、落ち着いて言葉をかわすのははじめてだね』
その、橙色の輝く陰は衣の裾らしきものを揺らして声を発した。やわらかく、男声というにはたかく。どちらかというと女声に近かろう。
「ああ」
月塊はそうとだけ答えて、その人もどきを睨みつける。
「どうせ遭うなら、もっと洒落た恰好ででてきて欲しかったぜ。まるで幽鬼だな」
『そんなことをしたら、君は僕に襲いかかってくるんだろう? いや怒るな、ほんの戯れだ。
実際、それについては許容してもらうしかない。僕の実体はあくまで外の輪であって、君らのように、人に似せた五体を持ちあわせないのでね』
フン、と月塊は、どこか上機嫌そうな陰を鼻であしらう。
「で? いつになったら出してもらえるんだ、俺は」
『我が主の命があるまで──かな?』
主? というと嫦娥のことか。と言うか、そう考えると、あの女が邪魔してくるだろうことは明らかだったろう。
正直天主に食い下がるので精一杯で、そこまで気を回す余裕なんかなかったのだ。いずれにしても、この時代この場に、もうひとつの天仙大宝が居合わせていることを失念していたのは不味かった。
月塊は、乱暴にザッ、と足元の草花をすくって散らすと、大の字になって寝転んだ。
「だいたい何なんだ、あの女は。なんで敵なはずの俺を見逃し続ける。さっさと始末しにくりゃあいいじゃねぇか」
『可愛いからじゃない?』
「あぁ?」
『覚えていないでも無理はない。天主も君も、あの方の月の宮殿で創られたのだよ。もちろん、私もね。
つまり、我々は人でいうところの姉弟、という関係になるのかな』
ほぉ〜、っと月塊はまったく関心のなさそうな息を吐く。
『率直にいうと、僕も可愛いと思っているよ?
だから、生意気なコは閉じ込めておけと命じられたときには──そう、嬉しかった。
僕はたしかに、傷ついて欲しくはないと感じている。君にも、天主にもね。せっかく数百年ぶりに生まれた我が弟たちを、どうして失いたいだろう』
月塊は腕枕をして、胡乱な眼を陰──月輪円舞鏡にむけた。
「······昔、ある変態野郎にも、おなじような台詞をくらったことがあるぜ」
『フフッ、彼とは違うよ。なぜなら、僕たちは一門なのだから』
よほど可笑しかったのか、円舞鏡の陰はさわめくように揺れ続けている。
月塊ははやくも癇癪をおこして叫ぶと、バッと跳び起きる。
「問答にゃ飽き飽きだぜ! アンタが俺の姉貴を名乗るんなら、俺をとっとと帰しちゃくんねぇか!? 外にゃ、いまも俺を信じて待っててくれてる奴らがいるんだ!!」
ふるふる、と無言で円舞鏡は頭を横に振る。
月塊はジャギリと鋼殻に覆われた左腕をあげて、眼差しにより真剣な光を増していった。
「──本気だぜ。アンタが何者だろうが、今は容赦する気にゃなれねぇ」
ハハハハっ。月輪円舞鏡は声をあげて笑った。
『相変わらず君はわかり易くていい。けど、いったい誰と喧嘩するつもりなのかな? 僕とはできないよ? なぜなら僕はここにいないのだから。
······まあ、そうだね。大事が片付くまで退屈だろうから、どうしても闘りたいというのなら──』
ヴツン。
空間が歪んだ音がして、呆気にとられたような顔をした男が、いきなり月明かりの下に現れた。
「!!」
「なっ?」
『彼となら遊んでいていいよ』
ひと目見て、たがいに神経を集中させるよりほかない。
月塊の目の前に現れた男。それは、天仙最高府の総議長、赤松子だった。




