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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
370/403

天地双璧し、天仙大宝激突すること①


「〜〜〜〜〜」


 馬弦は、奇怪な建造物のごとくなった天主を絶望の面差しで仰いだ。


 駄目だ、駄目だ駄目だ············! これはもう──この世のものがどうにか出来る域のものじゃない!! 何百万の兵でかかろうが······もしかすると月塊だって──


 言葉もでない様子の彼を、劉豹は横目で──すこし注意してみていればいささか不可思議にもおもえる視線で──みていたが、なにかいうでもなく踵をかえす。

 だがいま馬弦がそれに気づく訳もない。必死に己の考えにあらがい歯を食いしばる。

 いや、月塊を信じている。信じてはいるけれど、いくら何でもこれをどうにか出来るとは······!

「それに、まだ見つかっていないんだっ」


 駄々をこねるように独り言を吐きだし、走りだす。

 蔡琴箭はいまだ見つかっていない。結局つかめた手がかりらしい手がかりは、あの時の絹の小袋だけ。それを加味して思い返してみれば、たしかにあの時の天主の様子は気にはなる。

 だが、天主と蔡琴箭との間になんらかの関係があるなんてことが、そもそもあるのか? 天主と劉豹は漢帝国にとって代わろうとしている加害者で、琴箭は巻き込まれただけの、いわば被害者だ。あるとすれば、それだけのはずだろう。

 だったら、あんなものが何の助けになるというのか。冷静にみればただの勘、思いつきへの(すが)りでしかない······!

 馬弦は頭をふってあやふやな期待を振りきり、とにかく陣へと戻ろうときめ向きを定めた。

 と、その直後、




「テェーーーーーーーーーーンシュウーーーッッッ!!!」




 あたり一帯をしめる騒音にまけぬとばかりはり上げられた声。

 カッ、と宙に吊り上げられた天主の肩辺りに強烈な閃光が走る。軋むような、腹の底に響くようなあれは、天主の怒りの声なのか。

 あれだけの(うで)に支えられた天主を揺るがした張本人は、くるくると宙返りを決めながら地面へと落ちた。



「チッ! クソッ······硬ェッ!! 見るたびにコロコロ姿ぁ変えやがって!!」


「──月塊ッ!!?」



 待ち望んだ者の到着だ。が、そういう彼もなかなかに様変わりしている。面相とてずいぶん変わっているし、全身のあちこちに鳥の卵のような白い殻をいくつもはりつけており、左腕なんかはすっかりその殻だか鎧だかに覆われてしまっている。


「なっ、なんだあ奴はッ!」

「ええい、天主様に手出しさせるなッ、かかれッ!!」



 襲撃に驚いた匈奴兵が武具を手に月塊を囲む。しゃらくさいと当身で動きを止めにいった月塊だったが、その掌底をうけても匈奴の兵は一瞬たじろぐだけでまた剣を振るって襲いかかってくる。遠巻きからはなたれた匈奴自慢の矢が月塊の鋼殻におおわれた肩に突き刺さり、跡をのこす。


「ッ! 嘘だろ?!」


 一歩退いてみている馬弦からはその理由がはっきりと見えていた。天主へとのびる四本の巨神の腕を中心にして、輝く『流れ』が古木の根さながらに緻密に絡みながらのび、兵らの影に注がれている。

 あの流れ! あれが匈奴の兵に力をあたえているんだ!



「何者か知らんが行けるぞッ、押しこめッッッ!!」


「······ああそうかい、加減はいらねェってことでいいんだなッ!!」



 天主の力を得て人を凌駕した匈奴の兵たち。だが、所詮は強くても只人。たとえどれだけでかかっていったとしても、いまの月塊の敵ではない。むしろ手加減をしなくてよくなった彼にまとめてなぎ倒されてゆく。


「左賢王様ッ! あ奴ッ!」


「愚か者どもがッ! 捨て置けッ!」


「は? しかし······」


「兵を下がらせよッ、大事の前に失いたいか! あんな奴にわれらの天主様が遅れをとる訳があるまいが!!」


「──ハッッ!!」



 急速に下がる匈奴兵をみて、逃げるものは追わずと、月塊はふたたび天主を睨みつける。



 ウォォォォオオオンンンッッ!!!



 まるで大峡谷に吹き荒れる猛風のような響きが天主からもれる。


「なぜそこまで······しやがる! 言葉さえ忘れたかよッ!」


 月塊は巨大な透ける腕を駆けのぼり、背後から天主に肉薄する。

 だが二度目はない。天主のよっつの顔はこのためにあるのだ。しっかりと背後の眼がその影をとらえ、十本の腕が絡まることもなく、攻防さえ不可能なほどの連撃をたたきこむ。



「うぉぉぉおッッッ!!!」



 月塊は右腕に鋼殻をあつめ剣となしてこれと斬り結ぶ。今回ばかりは左腕の、我が意に反する動きがありがたい。勝手に動いて猛烈な攻撃をいなし続けてくれている。


「いいコだぜッ! このまま頼む!」



 グワッと天が怒ったように裂け、白龍のごとき雷が敵を貫こうと幾条もの柱となって降りそそぐ。手数勝負をしいられる月塊はこれにも対処を余儀なくされ、その隙をついて胴をかすった天主の大きな拳のそれは、ただの一撃にして部位を鋼殻化させてしまった。

 例の大宝の防衛本能だ。これにはさしもの彼も冷や汗をみる。


 チッ! こいつは予想以上に······ッ。


 喰らい続ければ自我をもってゆかれかねない。そうなれば戦闘はもちろん、琴箭どころではなくなってしまう。

 いっぽうの天主は巨神の腕とつながったまま、ようやく月塊に対して臨戦態勢をとる。この期に及んでも貪欲に、力の吸い上げを止める気配はない。



《貴様ァッ······! いまさらそんな恰好でしゃしゃり出てきおって!! どういうつもりだァッッ!!》



 不思議な、男声とも女声ともとれるような声。まるで大気が震えて直接言語になったような音が響きわたる。

 このときの月塊や馬弦には確かめようもないことではあったが、この声は漢人だろうが匈奴人だろうが鮮卑、烏桓だろうが、あらゆる者に通じる言語となって聞くものの耳に届いていた。

 予想に反し、これ程の変容をとげていてもなお、天主は自我を失ってはいないのだ。


 巨神の腕をねじり、月塊の正面にむいた天主は一段出力をあげた。

 ただ腹に力をこめただけ。それだけで、グワッ、と大気の壁が彼の巨体を中心にひろがり、あらゆる者を吹き飛ばす。大地の表面はめくり上がり、いったん宙に巻き上げられた岩塊が、まともに頭上から降ってくる。



「······ちっ、なんて力だ! これが獣仙ご自慢の大いなる力かよ」



 ほかの者ならその力を実感せぬうちに潰されていただろう。

 ──だが月塊だけはそうではない。



「だけどよ、おなじ天仙大宝を相手にしたこたぁねェよなッ! そんなモン想定さえされてねェはずだぜ、違うかッ?!」



 ドスンドスンと、地面を突き破って巨獣の爪のような氷塊が彼を串刺しにしようと迫りあがる。月塊はそれらの突先に負けることなくとび渡り、振りきたる衝撃や弾岩はまともに打ち伏せ、巨神の腕の一本へとたどり着く。

 いただき、とばかりその透明な力の流れに左腕を突き刺すが、腕はまるで不快にまとわりつく害虫をはらうように拒み暴れて、たやすく月塊を弾き飛ばしてしまった。


「?!」

 ······すでに天主のモノってわけかい! ならッ!!


 今度は大地へと拳をつきたて、戟をだす要領で呼びかけた。

 来い! 偉大なる力って奴ッッ!!



 ──だが反応は依然として皆無。むなしいほどに皆無。

 岩塊が頭上に迫り、かろうじてこれをかわす。



「クソッ!」


「──どうしたんだよ月! 出し惜しみする状況なの?! それとも」


「バカ、そうじゃねえ! 駄目なんだ! なにかこう、上手く要領がのみ込めねェ!」



 あの刺客どもの剣の影響がまだ残ってんのか?!


 ──いや、違う。

 月塊は、とっさにマヌラ仙のいっていた言葉を思いだす。



『器はあくまでも器』



 ! そうだ、あのときも後も、宝珠を託されたのは俺じゃねえ、託されたのは




 ──!──




「お前じゃねぇか馬弦ッ! こいッッッ!」


「ええっ?!」


 突然呼びかけられ、馬弦があたふたするのも無理はない。目と鼻の先には、吹き荒れる人智外の現象が吹き荒れているのだ。さすがに彼も鼻白んだ。それでも、


「ッッッ!」


意を決して走りだす。

 両者を押し潰すように氷壁が迫りくる。



「馬弦ッッ!!」



すわ間を分断されるか、というところで、月塊はやむなく宝珠ふたつを放ってよこし、氷塊の向こうに見えなくなった。

 馬弦はなんとかこれを受けとめはした。だが。


「とったよ月塊! けど──けどどうすればいいんだよ、どうすればッ!」 


必死に問いかけるも答えはこない。自分の頭で考えようにも、たかが十年も生きていないような人の子になにを求めるというのか。



「······そうだよな。僕はただそれだけのものじゃないか······」


 只人で、それも大人ですらない我が身。ならば出来ることはひとつだ。

 馬弦は天変地異が吹き荒れるなかで膝を屈した。


 祈ること、それしか出来ないのなら──



「どうか地の神よ。月塊(まもるもの)に力をお与え下さい。どうか······っ」



 宝珠ふたつが切り裂くような輝きを放った。

 これに呼び寄せられるように、なにか黒い輪が空を切ってこちらに近づいてくる。


 これは──雪華様の導きの(くさび)っ?


 黒い鎖飾りはいよいよ回転を速くしてみる間にその輪の径をますと、みあげる馬弦の頭上から彼を内につつみ、急速に縮んで腰にはりついた。ついでふたつの宝珠は鎖の輪の隙間にガチリとはまりこむ。

 その様、まるで皇帝の帯びる玉帯のごとし。



「う······わぁぁぁぁ············っ?」



 全身からたち昇る自身以外の気流。

 そのなかに、彼は確かに感じる。マヌラ仙が、鉄馬仙が。そして雪華仙がいることを。

 そしてさらにもうひとり······

 これは······この懐かしい感じは、この温もりは······?




「願いますっ、大いなる力よ! 天仙大宝を、僕の朋友(とも)を助けてください!!」




 ガッ、と雷鳴があらたにおこる。

 馬弦の足元を突き崩した巨大な奔流が岩氷ないまぜな瓦礫のなかへと殺到し──そして塞いでいた岩塊が重さを失ったかのようにもちあがってゆく。


 全身、白き古金の具足に身を包んだ月塊が、兜の赤い尾飾りをたなびかせながら立ちあがった。



次回も土曜日(仮)の更新を予定しています。

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