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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
369/403

天主ついに戴冠し、嫦娥、叛意を匂わせること

前回焦って更新したために、次回の予定を書き忘れておりました。ごめんなさい。


 上空に雲がはためく。

 風はゆるく湿っておもく、一種異様なこの熱気を閉じこめこそすれ、とり払う役にはたちそうになかった。


 匈奴左賢王・劉豹を筆頭に、鮮卑、烏桓の諸単于・王たちが顔を揃えたのは、いまにも幽州の地が臨めそうなほどの場所であった。

 列席者の正面には祭壇が組まれ、羊、山羊などの生贄(いけにえ)と酒が供えられ、これを背にして天主が玉座へと腰をかけた。

 補佐するようにたった劉豹が、ひとつおおきく息を吸って声をあげる。


「皆の者! 我らは今、ここで、天の御使いたる天主様に忠誠を誓うために集った!

 この偉大なる力におすがりせよ! さすれば我らの子らは、永遠なる繁栄にあずかれるであろう! もはや凍えることも飢えることもない! なぜなら! 豊かな! 暖かな南方の地が我らのものとなるからだ!!」


 ドァーン! と銅鑼が鳴り、鼓角が天高らかに音を響かせた。

 これを合図に、劉豹はともに供えてあった短剣をもって生贄を(ほふ)ると、その血を天へ、そして地へ(たてまつ)って、天主に深々と平伏の礼をとった。他の者もみなこれにならい、口々に天主の名を呼びながら叩頭平伏する。


 天主はこれを迎えてみなを立たせた。フワリと宙空へ浮かび上がる。


 いよいよだ。俺は地の力とひとつとなり、かの者らを導く存在(もの)となる······!





「晴れの日に顔をださぬとは──慎み深いことだ」


 はるか西の(ふん)陽上空。

 さすがに離れているだけに、こちらはうってかわった晴天である。

 赤松子が霊羊にのってたずねると、嫦娥はあらかじめ、只人の目につかぬ上空で待っていた。こちらの厳しい面相にも臆する風もなく悠然とかまえている。


「ええそうね。あちらは()が万事上手くやるものだから······私は留守をまもるだけでよくてよ」

「フン」

赤松子はにべもなく一笑に付す。

 と、横あいから浮き上がってくるものがある。麻姑であった。


「······」


「ふたりのみでは支障があろう。麻姑にも同席して貰う。よろしいな?」


 つまりこれは、正式な質疑応答の場であるということである。


「······貴女も御苦労なこと。ずっと私の監視なぞさせられて」

「······構わぬよ。お主は見ていて飽きぬのでな」

ホホホ、と嫦娥は愉快そうに笑った。



「我々がやってきた訳は理解しているだろう。では聞こうか」


 言葉が途切れる。

 三人はそれなりの間をとって形成した三角を維持しながらただおし黙り、衣裾を風に遊ばせつづけた。

 やっと嫦娥が口を開いた。


「······旧式(げっかい)についての見解は、私の誤りであった。素直に認めましょう」


 だが赤松子の面相に変化はない。彼女の言を額面どおりに受けとる気はハナからないのだ。

「······私は以前にそれを指摘し、お主は心配ないと請け合った。請け合った以上しくじるとは思えぬ。お主はそれだけの者だからな」

 それは偽りなき賛辞。と同時に確信にちかい疑いへの問いかけでもあった。そんな彼の対応に、嫦娥のたおやかな笑みもわずかに曇る。


「アレ、が、私の意図したことだと?」

「──────」


 彼女はたれた艶髪のさきを弄っていた手をとめ、袖をあわせる。


「確かにあのふたつは、我が月世で生み出されたもの。だから私があえてそう細工した、と仰るの? そんな面倒なことを?」


 赤松子は眉毛を険しくする。

 先程から彼女が(もてあそ)んでいた銀髪の隙間から風にそよいでのぞく耳。そこに下がるのは、日に雷鳴のような照り返しをみせる古金の輪──


 月輪円舞鏡······


 霊杖をにぎる手に静かな力がこもった。わずかの緊張を感じてか、左隣に浮く麻姑も、手にある赤霄(せきしょう)の鍔にそっと指をかけている。

 理解しているのだ。嫦娥のこの問いは、ある種の誘導をふくんでいると。そして、言葉を重ねたその先にある答えも見え透いていることを。



「······昔。天帝が舜の代であった頃······」


 赤松子はいってチラと彼女の様子をうかがうが、嫦娥の面にはかわらず変化がない。


「天帝の天子(むすこ)十人が背いた。地上へと降りておのが国を建てんと図ったのだったな。

 彼らのために地上は戦乱と旱魃(かんばつ)にまみれ、当時の地の帝・ぎょうは大いに悩み、これを天へと訴えた。

 やむなく舜は彼らを討たしめるため、ひとりの英傑に宝弓と宝箭をさずけて遣わした。

 ──それがお主の夫、后羿(こうげい)だ」


生き別れたままの夫の名がでても、嫦娥はいっこうに動じる気配はない。


「······后羿は見事に九人までの天子を射止め、最後のひとりも観念させ天へと帰せしめた。

 だが天帝は、しだいにおのが息子を討った彼を疎んじるようになり、ついに羿(げい)と、従ってともに降っていた伴侶のお主を神籍から外した······」


「······そうして、不死ではなくなった私と夫は地上をさまようこととなった。

 夫はたまりかね、崑崙の西王母様におすがりして不死の仙薬を授かった。でもそれを私が盗み飲み、ただのひとり月へと逃れ、あるまじき裏切者と呼ばれるようになった············ね」

 嫦娥はチラと、わずかの遠慮をしめした麻姑の気配を察しながら声音を冷たくした。


「よくもこんな場で、そう無神経に切り出せたものね」


 ふたたびの沈黙。

 だがそれを破ったのは、意外にも耐えがたいと唇から零れでる彼女の笑い声であった。


「ウフフフフッ。だから私は、天へと復讐の機会を狙っているに違いない?

 愛らしい。貴方ともあろう方が、まだそんな可愛げのある発想ができるのねぇ、ふふふ」


「······答えになっていないな」

赤松子の眼が鋭さを増す。

「断っておくが三度目はない。つぎに私が直に顔を見せるときは······わかっているな」


「······おお怖い。

 でも困ったわ。

『こうなることは想定外だった、私が望んでこの状況を作り上げたのではない』

 ──これで勘弁してもらうしかないのよね······」

 白魚のような指が、耳にさげた古金の輪にふれる。




 宙に浮かびあがった天主は仙気をとめどなく放ちつづける。天は分厚くどす黒い雲におおわれ、極太の雷が目を焼くほどの明滅とともにその間を縫って轟く。暴風の狭間に聴こえるは、まさか龍の哭き声ではあるまいか。

 ヌッ、と、天主の四肢からよっつの宝珠が抜けでてる。

 雪華仙ら六獣仙が護っていた「鍵」の宝珠

──これらが阿吽の呼吸をとるように輝きながら彼の周囲をスワと浮遊する。


「鍵の宝珠······主たる俺を、得るべき力へと導け······!!」


 サッと天主が令をくだして右腕を天へかざす。よってきたよっつの宝珠を、さらにはやした二対の掌のうちに握りこむと、無慈悲にもいっきに握りつぶした。かたい拳から流れでた黄金色の滴りが風に散りながら、地中へと溶け込んでゆく。

 見守る観衆が、ゆっくりと自身の足元が鳴動しだしたのに気づいた。悲鳴が上がると同時、轟音とともに四本の金色の鎖が大地を突き破って現れ、天主へと迫る。とてつもない、まるで宮殿の柱のような太さをもつ巨大さだ。


 だが天主はフッと嗤うと、副腕を四度脈動させ、その度に太さを増して、あっという間に巨大な鎖をつかむに相応しいものとなす。難なく四本の鎖の鉤を鷲掴み、いよいよその先につながれたものをひきだしにかかる。

 あまりの光景に、誰かがオッ、と叫ぶ。

 鎖のさきに絡げられたのはあれは······

 巨大な腕! 氷のように美しく透けた、巨神の腕だ! 不遜にもみずからを無理矢理にひきずりだした天主に怒るように、捕らえようとしている。


 だが天主は鎖をひきしめ、この巨大な腕を見事に制す。痛みにうめくように腕は震えると大人しくなった。その資質を認めたか、あとはゆっくりとやさしい動きで彼の身体を包みこんだ。

 巨神の腕を伝って、天主自身をはるかに凌駕したゾッとするような霊力の流れが吸い上げられ、流れこんでいく。


「おお······おお······おおおおっ!」


 変容をはじめる天主の偉大なる姿に、仰ぎみる劉豹はいつしか涙さえ流している自分に気づくこともなかった。

 さながら花の蕾がひらくように、フワアッと、やわらかに包んでいた掌が一枚ずつひらきはじめた。



「むっ!」

「!!」

「······」


 はるか遠方に爆ぜるように顕れた巨大な仙気の奔流を感じ、三者は三様の反応をしめした。


「······成ったようだの、赤松子」

「··················」


「──これはなかなか。よい出来でなくて?」



 赤松子はジッと、笑み以外の表情をみせない嫦娥の鉄仮面を視すえていたが、

「······いいだろう。人間たちが動いた結果、ということなれば、お主だけを咎めることもせぬ」

と矛を収めた。

 そのまま踵を返すのかと思われたが、さも、もうひとつ尋ねごとがあるのを思い出したようにふり返る。


「いまひとつ。さきほどの霊弓と霊箭の行方も判然とせぬ。アテはないか」


「──ああ、アレ。さぁ?······最後にみたのはいつだったかしら······」


 曖昧なつぶやきを答えとして、赤松子はフンと鼻でふくと、麻姑とともに、そのまま霊羊にのって飛び去っていくのだった。





 中より現れたのは、まさに完全無欠を体現したかのような姿だった。


 兜をつけた下には四方にそなわる顔と、十本の腕。神々しい赤の具足をつけた体躯はおおきさこそ増しているが、これまでの雄々しい巨漢というよりは、どちらかといえばたおやかな、女性的ともいえる線をともなっている。どの顔もいまだ眠っているのか、(まぶた)を閉じたままだった。

 力の吸収はまだまだ終わらぬようで、四本の腕をのぼる大河のごとき流れはとどまる気配はない。


「──みよッ! これぞ我らが勝利の証ッ! 進めッ、進軍せよォッッッ!!!」


 ウォォォッ、と怒号がこれに応えた。



「そう。私は天仙境の思惑を阻む気はない······

 もちろん、信じてもらわなくて構わなくてよ」



いつぞやほざいていた定期更新の件ですが、なんか無理そうなのでこのまま行かせてください。

次回更新は、翌金曜、もしくは土曜日(予定)となっております。


※こまかいことですが、「月輪の円舞鏡」の表記から「の」を抜いて、月輪円舞鏡となおしました。

なんか中国モノっぽくないので。


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