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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
355/403

常娥、大任をほしいままにし、天主、さらなる恨みを集めること②


「······ッ! 無駄グ。人風情がいくら寄ろうが、ワシを倒すことなどできんグ!」


 またひとり、匈奴の兵を蹴り飛ばしたマヌラ仙は優雅に着地をきめる。

 彼の言葉どおり、相手はただの独りとはいえ、生物を超越した獣仙。寡兵(かへい)でとり囲んだ程度ではどうにもなるものではなかった。

「漢人に飼い馴らされ、地の神への敬意をうしなった愚か者ども! これ以上くるなら我が爪の(サビ)と化してくれるグゥッ!!」


鋭く伸びでた爪は、その気になれば甲冑なぞ掻き切ってしまいそうな硬度に艶光る。さしもの匈奴兵らも一瞬唸ってたじろいだ。

 が──


「ずいぶん威勢がよいな」


 天上よりの声にみなふり仰げば、そこにはすべての元凶たる天主その人がいた。これにはマヌラ仙も喉の奥でうなり、ぎゃくに匈奴の兵はおおっ、と意気を盛り返した。

「捜したぞ。お前で最後だ」


 目標完徹に疑いない天主のなかに知った気配を感じとり、マヌラ仙は瞳孔をひろげて牙を噛みしめた。


 ······雪華よ、麗しの人よ。お主もかグ············


 ドサリ、と彼に正対して地を踏んだ天主に、マヌラ仙はジリと一歩退がる。

「──(とん)走は時の無駄だぞ。いくら主が逃げ隠れの名手とてもな」


「できれば解りたくはないが······残念グ。こうなったら············」


とマヌラ仙は袖の中に手をつっこむ。ズルリとなにかが引き出された。その手にあるは、岩をも砕く革の鞭である。


「月塊どもにも見せなかったワシの奥の手! こいつの出番グッッ!!」


 月塊。その名をきいて天主の眉根にシワがよる。

「······上等だ。それでこそこの大地の守護者よ······!」





 ボトリ。


 獣仙の手にしていた鞭が音はかなく草のうえに落ちたことで、匈奴兵はようやく息をついて武器をおさめた。


「お迎えにあがりました、天主様」

そろって天主の前に膝をつく。


「大儀。そちらはどうか」

「「ハ、順調であります」」


 天主はすこしの間をおいて言葉をつづけた。

「もうしばし待てと劉豹に伝えよ。ひとつふたつとり逃してまだ完璧とはいえぬ」


 匈奴兵らは顔を見合わせてどうしたものかと案じたが、けっきょく天主の言に逆らうことなど出来ようわけもない。

 黙って天主の飛翔をみとどけると、マヌラ仙のつれていた馬三頭をくわえ、一路東へと報せに帰ってゆくのだった。



 ······まだ足りぬ。力が、想いが。より強大になるために············!



 天主がつぎに降り立ったのは、やはり起伏いがいは何も無い大草原の只中だった。


 ここだ。現在(いま)よりざっと三百年の昔。単于・壺衍鞮(こえんたい)の世。

 王墓を暴いた烏桓への報復にでた匈奴は、漢へ介入への口実をあたえたばかりか、帰途に大雪害でおおくの民を(うしな)った。これにより傘下にあった丁令、東西の烏桓に攻められ、結果、従属していた諸国にも背かれて、滅亡への分岐点となったのだ······。


 天主は(まぶた)を閉じると、なにかを捧げもつように両腕をあげた。


「······感じる。そなたらの無念、恨み、憎悪。すべて余に預けよ。かならずや果たしてくれよう。そなたらに替わり、余が······!!」

 大地から不気味に湧きたつ暗流が、空を満たすように溢れかえる。そのすべてが、すがるように天主の周りへと集束していく。

 叶う。この地に眠る匈奴の民の残滓(ざんし)をあつめれば、充分に。──いや、それ以上ともなろう······! かならずや我らが悲願、とげてみせようぞッ!!




 ピクリ──

 わずかに眉毛がゆれる。まぶたを上げると、そこはゆらめく虹彩の綾なす不可思議な空間。


 もういくどとなく見上げてきた······


 蔡琴箭はゆっくりと、乳白色の棺のような寝床から起きあがる。

 あるき回ったところで、この空間には果てがあるのだけれど。そのかわり、いくつかある窓をひらけばかろうじて外がみえる。

 いまだ朦朧とした目つきの琴箭は、馴染みの窓をあける。

 そこに見えたのは、どこであろう、雪におおわれた偉大な高山の峰々であった。



更新が遅れがちで、まことに申し訳ないです。

なんとか最低一週間にいちどは更新できるよう頑張りますので、ひらに······


誤字を修正いたしました。


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