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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
351/403

雪華仙、導きの楔をのこすこと②


 吹雪いてきた。こんな天候のなか、童子ひとりが置き去りなんて冗談じゃない。

 月塊は、凍えては溶け、を満遍(まんべん)とくり返してもろくなった岩壁に苦戦しながらも、極力直登しながらぼやいた。

 季節柄、いくらなんでも怪しかろう。あきらかに拒まれている。


 前にもこんなことあったなァ······っ!

 ──チキショウ、ガキの頃のツラならいくらでも思い出せるのに、俺はなんで大人な琴箭(ヤツ)の姿は思い出せねェんだ······!




 さっきから雪華仙はピクリとも動かない。

 ひととおり話をして満足したのか、片膝を抱いて岩壁にもたれかかり、瞑想でもするようにずっと(まぶた)をとじている。

 立て膝にまわした左腕に、さきほどまではなかった腕輪の、黒い鎖の装飾がチリリとゆれた。


「お師匠様はさいきんアレばっかり」

 馬弦の膝を枕に顎をのせていた弟子豹がささやいた。

「ずーっとああして座って、時々わらう。きっと面白いものを観てるんだ」

自分ばっかり、と不貞腐(ふてくさ)れる弟子の柔らかな毛をなでてやりながら、馬弦も雪華仙をみつめる。



 そろそろ一日がたつが、月塊はどうしているか。

 気配をたどってここまでは来てくれるだろうが、すこし前から外は嵐の様子。もしかすると雪華仙が術で何らかの妨害をしているのもしれない。それは月塊にたいして──というよりは、あの天主にすこしでも見つかりにくくするためだろう。



 馬弦が考えごとを終えるのと、雪華仙がわずかに潤んだ瞳をあげるのとが、ほぼ同時にかち合った。

 目があうとなんとなく落ち着かず、馬弦は彼女の左手首にまかれた腕輪に目をそらす。


「······これ、ですか?」


 視線に気づいた雪華仙は袖をあげて腕輪をみせてくれる。


「······これは導きの(くさび)。わたしの秘宝······みたいなものです。封じ込めてある過去をみせてくれるのです」


 それはなにか、遥か昔の風景がみえる、ということか? それは何とも······


「見てみたいですか?」

 雪華仙はクスリと、すこしイジワルクく笑む。

「でも残念······貴方と私とでは、見える景色は違うでしょうね。その人の過去はその人だけのもの。······苦しかったことも、嬉しかったことも······」

 つまりあの腕輪を借りられても、僕にみえるのは、たいして長くもない僕自身の昔ってことか。

 馬弦はちょっとだけがっかりした。もしや古き時代の先祖の姿を垣間見ることができるのでは、と思ったんだけどな······。



 そのとき、雪華仙の面からきゅうに微笑がきえた。

「──どうやら来たようですね」




 弟子豹になにがあろうと絶対に出てこぬようにと命じておいてから、雪華仙は粛然として洞穴をでていく。

 まるでそれか決まり事であるかのような、乱れのない足どりだった。馬弦もあわてて後を追った。

 彼がついてきたことに雪華仙はとりたてて言及はしなかったが、念のためにと洞穴の入口にむかって(しゅ)を唱える。雪がふき寄せ、あっという間にその辺りは白一色となった。


「出てきた、ということは、お覚悟はよろしいのですよね」


雪華がこちらと目を合わせずに問うてくる。その、どんな強風のなかでも聴こえてくる金属の音にも似た声音が、冷ややかに告げている。




 ······相手は月塊じゃない············!



馬弦はふり返ると、上空の一点を睨みつけた。




「······天主·····ッ!」


逆巻く凍風をうけ、衣と髪をはためかせながら、天主が傲然と両者を見下ろしていた。




(やはり月塊の予測どおり、空を自在に移動していた······!)


 あるいは、呑んだという大鷲の獣仙の力なのかもしれない。だがそれ以上に、身体が三回りは大きくなっているのに目を見張る。

 以前遭ったときは自分と大差ないほどであった。だのに、いまや九尺(二メートルごえ)はあろうかという堂々たる風貌だ。衣の上からでもわかる筋肉の膨れ上がりとて尋常ではない。



 雪華仙もこれを見上げていたが、正対すると、雪を踏んですすみでた。


「貴方が簒奪(さんだつ)者か。お名前をうかがっても?」

「──天主」

 天主は朗々と響く低音でこたえた。


「俺も問う。貴様が獣仙・雪華でちがいないな?」

 雪華仙は両の袖を掲げて、天主にむかって礼をとってみせる。

「かさねて問う。大人しく鍵をさしだすか、喰われて果てるか」


 フ、と雪華はうすく(わら)った。


「鍵を献上すれば(ゆる)す、ということであれば考えもしましょうが······他の方々をみれば結論はひとつのようですが?」


 スイッと袖を横にはらう。

 と、足下から氷床がひとりでに迫りあがり、砕け散る。のこったものを彼女がとってひと振りすれば、その氷柱は長大な刃のついた長柄の得物へと変じた。

 後世、青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)と称される重量級の薙刀である。


「······喰われるを望むか」


 満足いく返答がかえってきた、とばかり、天主は凄みのある笑みをみせつけ、風に乗ってフワリと地に降りた。


「······皆さんお行儀よく接されたゆえか、どうも誤解なさっておられるようね」

 雪華仙も(しと)やかに歩をすすめ、間合いをつめる。一步すすむたび、その跡へは氷の華が咲いた。


「われらはこの大地の護り手。それがどれほどの重責か。どれほどの修養をもとめられるか······」

黒々としていた髪は最高の透明度をほこる氷のごとく薄青に透け、そのしろき頬とはためく衣には、黒の縞が亀裂のように(にじ)んでゆく。


「お見せしよう······六獣仙の真髄!」


 もはや抑える必要なし。

 瞬時にして彼女の周囲に猛烈な気流がたち昇り、吹きつける風雪すら巻きこんで、近くのものを理不尽に弾きとばす。

 息もできないような突風から顔をかばい、わずかに残った視界で、彼女の周囲に稲光がはしったのをみたのを馬弦はたしかにみた。


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